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3.大学四年 六月 勇吾②

 恭介の部屋へと向かう階段を登りながら、オレはさっきから何回も出てくるあくびをかみ殺す。もう少し早く寝れば、良かった。けど、二人の思い出になるだろう旅行だ。良いものにしたい。いろいろ考えているうちに、随分と夜更かしをしてしまった。一週間、練りに練ったプランだが、恭介は気に入ってくれるだろうか。

 オレは緊張しながら、部屋のインターフォンを押す。中からガチャリと音がして、ドアが開いた。出てきた恭介はTシャツにスウェットパンツだ。ボディラインがわかる、あまりに無防備な姿にオレは思わず目をそらす。

「真鍋、お疲れ」

「お疲れ」

「まあ、上がれよ。って、何持ってるんだ?」

「お土産に酒と、つまむものを買ってきた」

「おお、サンキュ」

 恭介はレジ袋を受け取って、部屋の中へ入っていった。オレはゆっくり靴を脱いで、落ち着きを取り戻してから、玄関へ上がる。部屋の中から、うれしそうな恭介の声がした。

「これ、俺が好きなヤツじゃん。真鍋って本当に気がきくよな」

 彼は手にコンビニスイーツのプラスチックカップを持っている。ゼミの時に恭介が他の奴と話していたのをチラッと聞いていたので、探して買ってきた。見つけるのに数軒回ることになったが、この顔を見たら、その苦労も報われるというものだ。

「へぇ、そうなんだ。目についたから、買ってきただけなんだけど」

「いやぁ。これ、なかなか売ってないんだから」

「じゃあ、ラッキーだったんだな」

「本当。美味いから、お前もこっち来て食えよ」

 手招きする恭介の隣に座ると、カップを差し出してきた。間接キスじゃん。って、中学生じゃないのだから、そんなこと喜んで、どうするんだ。オレは受け取って、ねぶるように一口食べる。

「んまい」

「だろぉ」

 恭介は自分の手柄みたいにドヤ顔だ。こういう子どもっぽいところもかわいい。のたうちまわりたい気持ちを抑えるために、オレはテーブルに出されたアルコールの缶を手に取る。恭介も自分の分を選んだので、二人で乾杯をした。

「かんぱーい」

 アルコールを飲みながら、オレは今日の目的である卒業旅行についてプレゼンをはじめた。

 話に対する反応を見ている限りでは、興味を持ってくれたみたいだ。タブレットで前の旅行の時に撮ったのと、画像検索で見つけた良さげな写真を見せたら、恭介は声をあげた。

「へぇ。こんな綺麗なところがあるんだ」

「現物はもっといいよ」

「そう言われたら、行って、見てみたくなるなぁ」

 肩に恭介の存在を感じた。酔っ払っているのだろうか。さっきからよく身体が触れる。本能が刺激されていることを隠すため、オレは体育座りに変えた。恭介は持ってきた旅行雑誌に手を伸ばして、読みはじめる。

 付き合っているカップルってこんな風なのだろうか。もっと恭介の身体に触れたい。今だったら酒のせいにできそうだ。気が付いたら、手が恭介の肩にまわりそうになっていた。流石にそれはダメだろう。じゃあ、どこまでが自然なんだ? ボディタッチはカレとの距離を縮めるのに有効。ってそれは女の子の場合だ。男同士の場合はどうなのだろう。余計なことばかりが頭に浮かぶ。誰かこのバカな思考を止めろ。ダメだ、何かで気をそらさなくては。オレはアルコールに手を伸ばしながら、部屋の中を見渡すとゲーム機が転がっていた。よし、あれだ。

「そういえば、新井。新しいゲーム、買ったって言ってなかったっけ?」

「ん? ああ」

「それ、オレも欲しいと思ってたんだ。画面見せてよ」

「オッケー。ちょっと待ってな。対戦モードもあるから、一緒にやろう」

 恭介は立ち上がって準備をはじめる。テレビのチャンネルを変えるとオープニング画面が出てきた。


「っしゃあ」

 オレはガッツポーズをする。最初はボロ負けだったが、操作に慣れてきて、ついに勝てた。シリーズ前作をやっていたからとはいえ、初めてプレイしたにしては健闘した気がする。

「くそっ、負けた。もう一回やろう」

「もういい時間だから、今日はここまでにしておこうよ」

「えぇ? お前、勝ち逃げする気か」

「新井、明日の朝は用事があるんじゃなかったっけ。あんまり遅いとヤバいんじゃね?」

「うーん、そうだな。でも、これで勝ったと思うな。次はリベンジしてやる」

「受けてたってやるよ」

 恭介はニヤリと笑う。

 いつも通り順番に風呂へ入って、寝る準備ができるとオレたちはそれぞれの布団に入った。真っ暗闇の中、恭介はオレに尋ねる。

「そういえば、真鍋。気になってるって言ってた相手とは、どうなった?」

「何もない。なかなかこっちの気持ちに気付いてもらえなくて」

「ふぅん。はっきり告白したらいいじゃん」

「それができたら、苦労しないよ」

「そっか。まあ、そうだよな。けど、お前いい奴だから、いけんじゃね」

 本人からお墨付きをもらってしまった。自分がその相手だと知った後も、同じことを言ってくれるのだろうか。

「ありがとう」

「気休めじゃないって。俺は本当にそう思ってるから」

「新井はどうなんだ」

「んー。俺はダメ」

 恭介は答えながら、寝返りを打った。

「人のことは誉めておいて、えらい弱気だな」

「だって、俺。今日、聞いちゃったんだ」

「何を?」

「大久保さん、柳沢と付き合ってんだって」

「そっか。で、諦めるのか」

「しょうがなくね。友だちの彼女は取れないよ。それに俺じゃ、あいつには敵わない」

「わかんないだろ。オレは柳沢よりもお前の良いところ、いっぱい知ってるよ」

「サンキュ」

 恭介はため息をつく。なんて声をかければいいのだろうか。考えていたら、恭介が小さな声で呟いた。

「でも、俺ダメだ」

「そんなことないって」

「女の子の前じゃ、上手くやれない」

「好きな相手の前だったら、誰だってそうだって」

「女の子の扱いだって下手くそだから」

「誰に言われたんだよ、そんなこと」

「前の彼女。女の子の気持ちが全然わかってないんだってさ」

「他の男に乗り換えた女の言うことだろ。気にすんな」

「でも、あいつ。先輩とはまだ付き合ってる」

 部屋の外で、車が通り過ぎる音がする。明かりを点けたら、さっきまでの楽しい時間が戻ってくるのだろうか。オレがベッドから起き上がろうとしたら、恭介の震えた声が響く。

「俺のこと、好きになってくれるヤツなんて。どこにも、いないんだ」

 アルコールを飲み過ぎたせいだろうか。その言葉を聞いて、思わず言葉が出ていた。

「オレは好きだ」

「ありがとな。慰めてくれて」

「違う。オレは恭介のことが恋愛対象として好きなんだ」

 プツリ。

 心の中で何かの弾けとんだ音がした。

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