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6.大学四年 七月 勇吾

 恭介の声が教室中に響く。オレの頭は真っ白になった。何か反論しなくちゃ。頭に浮かんだ言葉を強引に口から吐き出した。

「それ、アウティングっていうんだよ。人権侵害だ。やっぱりお前ってそういうヤツだったんだな」

 とっさに教室内を見渡すと、みんなオレたちのことを見ていた。誰も言葉を発しない。オレは席から立ち上がり、教室から出た。そのまま全速力で校門まで向かう。

 さっき教室の中には、オレたち以外にまだ四人、ゼミ生が残っていた。恭介の言った言葉は聞かれている。つまり、そいつらに「オレがゲイだ」ってことはバレてしまった。恭介以外にいたのは誰だ。

 柳沢はあまり差別意識がないヤツだと思っていた。けど、同じように考えていた恭介から、あんな仕打ちを受けた以上は信じられない。それに恭介の言葉をオレに言うようなヤツだ。オレがゲイだってことも、誰かに話してしまうかもしれない。そもそも恭介とグルなら、その危険性は高い。

 柳沢と一緒にいたのは大久保だ。あいつの情報網にかかったら、ウワサ話は一瞬で広がる。そういう意味では、もう一人残っていた阿部も同じだ。にしても、なんで恭介があの女のことを好きなのかわからない。自分がかわいいことを知っていて、あざとく男を利用している。愛されるのは当たり前だ、という態度が無性に腹立たしい。なんで、恭介はそこに気がつかないのだろう。

 そして、本田。一番聞かれたらまずい奴だ。オレがゲイだと知ったら、いつもの聞き捨てならない言葉をこちらへ向けてくるに違いない。しかも、あいつとは就職先が同じだ。会社の中でバラされたら、一貫の終わり。オレのことを知りもしない敵が一気に増える。そんな奴らのために、オレが転職しなくちゃいけなくなるのだろうか。理不尽だ。そういえば、オレが教室を出る時、本田はオレの顔を見て、笑っていた気がする。その瞳はまるでネズミを見つけたネコみたいだった。思わずため息が出る。

 こうなったのも全て恭介のせいだ。あいつがみんなの前でオレの秘密をバラさなければ、今こんな惨めな思いをしなくて良かった。なんで、あんな奴のことを信じてしまったのだろう。

 オレの告白に恭介が「付き合えない」と答えたこと自体は、想定内だった。けど、あいつは「気持ち悪くない、お前はお前だ」と言ってくれたのだ。純粋にオレ自身を受け入れてくれたように思えて、うれしかった。それに今はピンときていないだけだったら、可能性はゼロじゃない。だって、「告白されて、うれしい」と言ったんだ。時間をかければ、わかってくれるかもしれない。そう思わされた。

 そんなある日、ネットで女性が意中の男を落とすための記事を見かけた。接触する回数を増やすこと、ボディタッチを増やすことが関係を深めるために有効。大体、そんな内容だった。正直、男同士の場合も有効なのかは疑問だったが、オレには他にアイディアがなかった。だから、やってみたが今の状況を考えれば、効果はなかったのだろう。

 もしかしたら、もっと強引な方法を選んだ方が良かったのかもしれない。けど、それはオレが嫌だった。メディアで目にする「性的にどん欲なゲイ」っていうステレオタイプには、うんざりだったからだ。もちろん、恭介をそういう目で見たことが全くない、と言えばウソになる。けど、あいつに求めていたのは、もっと精神的なつながりだったのに。オレが恭介のことを愛していることを受け止めてくれさえすれば、良かった。それなのに、あいつは柳沢を使って、オレのことを遠ざけようとした。それを指摘したら、逆ギレして秘密をぶちまけた。それはオレと恭介との間でだけ共有されるべきものだったのに。よりにもよって、オレを切り捨てるために使った。周りにも秘密が共有されれば、他意のない行為までレッテルが貼られてしまうだろう。そうすれば、オレを自分の周りから排除できる。そうだ、そうに違いない。

 あー、裏切られた。裏切られた。裏切られた。なんて酷い奴なんだ。許せない。こんな仕打ちをしたことをきちんと謝らせなきゃダメだ。いや、そんなんじゃ足りない。一生、オレの言うことを聞いても、良いくらいだ。

 でも、本当にあの恭介がそんな酷いことを考えたのだろうか。だって、オレが本当の自分をあいつに見せるまでは、仲の良い友だち同士だったんだから。それに秘密を共有した後、恭介が言ったことも全てがウソだったなんて思えない。何かボタンの掛け違いがあったのじゃないだろうか。だったら、あいつを責めたことを謝って、じっくり話し合った方が良い。

 けど、そういうオレの甘い対応が、今の状況を生んでいるような気もする。でもーー。

 オレの頭の中で喧騒が鳴り止まない。

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