02.first test
首都トウキョウの真ん中には、ポカンと穴が空いたように円形の湖がある。名をホール湖という。
そこに浮かぶは、ホール湖より一回り小さい人工島。
島には、遠くから見ても分かる程に木々が生い茂り、緑の隙間からは立派な建物が覗いている。
この人工島はただの島ではなく、島全体が巨大な施設になっている天地島という場所なのだ。
施設の名称は【天地ヶ為施設】
"悪魔"と"裏の授才者"により、三度も乗っ取られかけた地上。
これ以上同じ事態を招かぬようにと、地上にはいくつかの対襲施設が建てられた。その一つが【天地ヶ為施設】だ。
今では授才を使った悪事を防いだり、未知なる者との対峙を主としている。
島の中心部にある十字型の寮棟や、隣接された学校棟。島のあちこちにある訓練場。
授才を宿した者達が、"裏"という絶対的な支配から人々を守る為に訓練し、生活する拠点。
勿論、授才を持っていれば入れるという訳でもない。
まずは訓練生として授才の特訓をする。年齢によっては学生として勉学にも励む。
その後、いくつもの試験などをクリアし、やっと本格的に授才を発揮して世に尽くす。
――そんな天地ヶ為では、今日も色々なストーリーが生まれていた。
ある者は真面目に勉強をし、ある者は実戦訓練を受け、ある者は森の中を駆けずり回っていた。
* * * * * * * * * * *
「ハァ、ハァ……」
だだっ広い森の中、大克は息を切らしながら木に凭れていた。
木の幹はいくら体重をかけても、ビクともしない。
「俺なんかには無理だよ……」
ぽつりと吐いた弱音。大克は今、大きい壁にぶつかっている。
というのも、今は天地ヶ為施設入団審査の真っ最中なのだ。
その審査というのが、広大な森から手のひらサイズのぬいぐるみを探し出すという、シンプルながらも無理難題なもの。
無謀とも言える審査ではあるが、大克はかれこれ三十分以上も頑張っている。その間、ただただ走って探し続けた為、足は悲鳴を上げ始めたいた。
元々引きこもりだった者には、三十分の運動でさえ、身体に相当なダメージを与えてしまう。
この審査では体力や幸運、探索能力、場合によっては授才能力も測るらしいが、現時点ではどの力もゼロに等しい。
結果は見えているようなものだが、それでも何とか足に力を込め、とぼとぼ歩き出す。
しかし探すあてもなく、けもの道とさえ言えない細道を、左右に揺れながら進んでいく。……辺り一面、緑しかない。
(でも、いくら無謀だとしても、やるしかないんだ)
天地ヶ為入団へのチャンスを掴んだ五日前から、運動や良質な食事を心がけたものの、そんな短期間で体の基礎を変えられるはずもなく……。
細く白いままの軟弱な体は、大克の今までの生活や不健康具合を、まさに体現していた。
――残リ時間二十分デス
十分刻みの経過時間が、耳から脳内へと伝わってくる。
時間を伝える機械的な声は、大克の焦燥感を見事に煽ってきた。
早足で木々の隙間を縫い、枝の上や茂みをかき分け、ただ闇雲に探す。
数メートル毎に立ち止まっては、その周辺を見回すという動作を繰り返す中、進行方向から微かに音が聞こえた。
大克とは別に、何かがガサガサと茂みをかき分けている音。
猪や熊が出てもおかしくない程の巨大な森だ。音道からは何も聞かされていないが、野生の動物でもいるのだろうか。
着実に近づいてくる何かは、やがて目の前の茂みを揺らす。
大克は迎え撃つ勢いで、でも念の為と木の影に隠れた。一応、唯一支給されていた小型ナイフを胸の前に構えて。
「ギャッ」
短い叫び声と共に、赤い制服に身を包んだ女性が飛び出してきた。
その拍子にスカートの裾が枝に引っかかり、彼女は慌てて枝からスカートを外す。
制服の汚れを払うと、ため息を吐きながら金の長髪をなびかせた。
「全くもう、無駄に広いから困るわ」
頬を膨らませて独り言をこぼし、辺りをキョロキョロと見回す。
なんというか、動き一つ一つが慌ただしい。
木の影から一連の流れを見ていた大克は、恐る恐る声をかけた。
「だ、大丈夫ですか?」
女性は急な大克の声に肩をビクつかせた。それから直ぐに状況を把握したようで、驚いた顔は少しずつ赤くなっていく。
「アア、ア、アンタ、いつから見てたのよ」
「茂みから出てきた時くらい…?」
大克が素直に答えると、彼女は耳まで赤くして、何故か怒気を顕にした。
「こんのっ、出歯亀ヤロウ!!」
「……え、出歯亀?」
憤慨した彼女は、地団駄を踏んで大克に近づき、咎めるような視線を浴びせた。
大克は、これでもかと言うくらい首を横に振るが、怒りで震える彼女は白い光を宿した両手で、大克を思い切り押した。
――ドンッ
女性とは思えぬ怪力で、大克の体は軽々と飛ばされた。
青い空と眩しい陽が視界いっぱいに広がる。空中で仰向けになったことがいやでも分かる、素敵な景色だ。
数秒後、体にむず痒い感覚がしたと思えば、重力に引っ張られて落ちていく。
「うわぁぁぁああ」
――ガサガサガサッ
巨木の上に落下し、背中と腕にチクッとした痛みが走る。
幸いなことに枝がクッションになり、骨が折れた感覚などもなく、段々と失速していく。
それでも一瞬一瞬、枝にぶつかる衝撃は充分にあった。
やがて背中から地面に打ち付けられ、体中に鈍痛が這う。
「いたたたた……」
大克は腰を擦りながら体を起こす。すぐに体が動いたため、大きな怪我などはしていないようだ。
一旦息を吐き、目の届く限り見ると相当飛ばされたことに気づいた。
さっきまで見えていたはずの建物は、高い木々に隠れて見えない。
(ことごとくツイてないなぁ)
深く息を吐き、膝に手をつく。
しゅん、と気持ちを沈めつつも、ゆっくり立ち上がろうとした時、頭に何かが当たった。
柔らかい感触のソレは、地面に落ちて微動だにしない。
小動物かと思い、声を上げそうになったが、正体は意外なものだった。
黄色いリボンがついた、薄茶色のぬいぐるみ。
愛らしい見た目の熊は、感触もふわふわとしている。
「――あれ、ぬいぐるみ!?」
それはまさに偶然の産物。
たまたま空へ飛ばされ、たまたまこの木に落ちて、たまたまぬいぐるみを見つけた。
今まで運がなかった大克にとって、一生分の運を使い切った気分だ。
「み、み、見つけました!」
右手に持ったぬいぐるみを空に掲げ、腹から声を出す。
「ククッ…。声裏返ってるし、本当に大声出すとは思わなかったわ」
イヤホン越しに音頭の笑う声が聞こえた。
「見つけた時は大声を出すって……。説明の通りやったと思うのですが?」
「いや、面白そうだったから一応見つけた時は大声出してねとは言ったけど。常時モニターされてるから見えてるって言ったじゃん? でも治幸チャンのへなへなした大声、なかなか悪くなかったよ」
大克のこめかみに、うっすらと血管が浮かぶ。
「…………。見えているのなら聞きますが、この見つけ方でも良いんですか?」
「もちろん。それは立派な運だよ。第一審査では重要なこと」
この大克が受けた第一審査は、上級な授才でない限り、運が大きく作用してくるらしい。
だが、皆が皆同じ審査方法ではなく、第一審査はそれぞれに向かないものが適用されるシステムになっているようだ。
そして大克には、このラッキーという審査が一番不向きな項目とされていた。
それを無事にクリアし、審査員側は再度話し合いをしていた。
* * *
モニター室side
部屋の中心にある大きな机を、三人の人間が囲んでいた。
髪をいじっている女性と、机に伏せる幼い容姿の少年。白い髭を生やした老人。
そこに音頭の姿はない。
「僕ちんが選んだ審査だったのに、まさか通過されるとは思わなんだ」
「しかし、あの音頭が選んだやつだ。ワシらには分からん何かを持っているのだろう」
「私には音頭が言うことってだけで審査をするなんて、納得いきません」
顔を上げた少年は、仏頂面の女性を見て笑った。
「鞠ちゃんは本当に頑固者だね〜」
「はぁ〜? あ、あああなたに言われたくありませんわ」
咄嗟に言い返そうとしたのか、それでも言葉が上手く出せなかった。
そんな二人を横目で捉えた老人は、空気を変えるように一つ手を叩いた。
「とにかく、次の審査で決まる。それに彼はまだ若い。学力の方も見なくてはならんな」
モニター以外の光がない薄暗がりのこの部屋は、張り詰めた空気が充満していた。