表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天と悪の授才 〜ジュサイ〜  作者: ロディ森
2/3

01. Gift for me

 都会から少し離れた場所にある、古びた一軒家。ところどころ亀裂の走る白い壁。屋根から庭まで緑の蔦が伸びる幽霊屋敷。

 そこには十六歳の少年、大克だかつ 治幸ちゆきと白猫のゆきが住んでいる。

 しかし、それも過去形になりつつある。


 夕日が射し込んだ穏やかな窓際。

 大克に残された家族は、夕日の光を浴びながら横たわっている。


「……ニャー」


 最期の力を振り絞るように、白猫の幸は弱々しく鳴いた。


「置いていかないで」


 小さな頭を撫でながら、込み上げてきた言葉を投げかける。それを何度も何度も、心の中で繰り返す。

 繰り返しているのに、その言葉は神様には届かない。


 瞬きは徐々に減っていき、やがてゆっくりと目を閉じた。

 細く息を吐き出した大克は胸裏で嘆く。



 あぁ、俺は昔から周りの人を不幸にしてばかりだ。両親も、友達も、ばあちゃんも。

 そばに居て手を握ってくれた人達は、気づけば誰一人居なくなっていた。

 幸も俺なんかに懐かなければ、俺なんかに拾われなければ、もっと幸せになれたはずなんだ。

 ごめんね――



 動かなくなるその瞬間も、大克は幸に触れながら彼女のことを想った。


「ありがとう、ごめんね」


 流れるはずの涙はもう枯れてしまったが、大克は精一杯の想いを込めて別れの言葉を口にした。




 ――その時だった




「っ!?」


 突然、なんの前触れもなく、幸の体が光り出したのだ。目を開けているのも困難な程の白光。


 幸に触れていた手の平には熱が伝わり、その熱は腕へと上っていく。

 じわじわと胸の辺りが温かくなっていき、最後には心臓がドクンッと跳ねた。

 大きく脈打った心臓は今までにないくらい温かい。


 やがて光が消えると、体の熱も自然に引いていった。光も熱も、大克にとっては何とも初めての感覚。

 しばらく意識が宙を彷徨った後、ハッとして自分の手の平を見るも、特に異常は見られない。


 今しがた起きた一連の流れを思い返し、数十秒後ある一つの可能性に思い至った。

 もしかして、と幸の方を見れば、そこにいたはずの幸は光と共に消えていた。


「まさか幸が……?」


 自分の考えに疑心暗鬼になりつつ、大克はこの状況と推測によく似た話を思い出した。


 定説では天使や悪魔の形に近い人型に宿るとされる授才。しかし稀に、人間以外の動物にも宿るとされている。

 だが猫のような体の小さい動物は、授才が消えた時の負担に耐えきれず、体ごと浄化されてしまうらしい。

 そして宿主を無くした授才は、通常なら新たな生命を探すが、死の瞬間に触れていた者がいればその者に宿る。


 そんな話を思い出し、大克はハッとした。定説から準ずるに、幸の持つ授才を受け継いだことになる。


「幸は天の授才を?」


 気がつかなかった。でも考えてみれば納得出来るのかもしれない。

 幸の高潔な白い毛や、時々悟ったようになる顔付き。辛い時に与えてくれる温もり。

 猫らしからぬ点は確かにあった。どれも憶測に過ぎないが。


 ただ、一つはっきり分かることがある。

 幸は「天の授才」を宿し、それが今、大克の中にあるということ。



 何も持たなかった非力な少年が手にしたのは、唯一の欠片で最愛の形見だった。











 ひとりぼっちになってから二日後。


 久々に太陽の光を浴びた大克は、強い眩さに目を細めた。もう昼過ぎだというのに、梅雨明けの空はいつまでも明るいようだ。


(眩しいな……)


 幸がいなくなったあの日、大克はやっと決心した。


『家族の分もまともに生きる』


 幼い頃から周りに疎外されたせいで、人と関わるのが怖くなった。

 それでも育て親のおかげで、なんとか高校入学が決まり、いざ高校に通おうという時期、育て親が他界した。


 あれから二ヶ月。入学式当初から不登校だったが、幸のおかげで不幸から立ち直りつつあった。


 今朝、大克が教室に顔を出した時は、クラスメイトだけでなく先生まで驚いていた。

 初登校で馴染めるとは思わなかったが、誰か一人は話しかけてくれるんじゃないかという淡い期待は、見事に打ち砕かれた。


(まぁ、不登校だったやつが突然現れたら、そりゃあ珍獣扱いされるよな……)


 今日のことを振り返りながら、一人白線の上を歩く。

 真っ青な空を仰ぎ、ふと横を見ると、塀の上に座る猫と目が合った。

 水色の瞳に鼻上の傷、茶色と白の綺麗な毛並み。とても珍しい見た目の猫だ。


 じっと見つめる大克とは反対に、猫は素っ気なく顔を背けて歩き出す。歩く後ろ姿はどことなく優雅で、幸を彷彿とさせた。

 そして気づけば、自然と猫の後を追っていた。


 どんどん進み行く猫は、家と家の間をすり抜け、茂みの中をかき分けていく。

 大克も無意識のうちに猫へついて行き、いつの間にか知らない道まで出ていた。


 辺りは建物の影に隠れて薄暗い。顔に暗い影が差し、そこでやっと大克は我に返った。


 これ以上深追いしても道に迷うだけだ。大きく伸びをして首を鳴らすと、来た道を引き返そうとした。が、この路地からは簡単に抜けられない。




 ――トントン


 ソフトなタッチで誰かが大克の背中を叩いた。

 妙に入り交じったこの路地で迷子になり、高校生に道を聞こうとしたのだろうか。


 一瞬で色々な考えが頭を巡ったが、何故だか振り向いてはいけない気がして薄い肩を竦める。

 だが、慄然とする大克の様子はお構いなしに、後ろから無遠慮な声がかかった。


「ねぇ、君。突然だけどさ "授才" 持っているでしょ。いきなりで悪いんだけどさ、ソレ、私に譲ってくれないかな?」


 背筋が凍る、鋭くて低い声。

 恐怖心に駆られ、つい振り向いて顔を見る。次いで、すぐさま振り向いたことを後悔する。


 自分の頭より、二十センチは高い位置から聞こえる声。見上げた顔には、光なく細めた目が笑ったフリをしていた。

 前髪一筋だけが白い、きっちりの黒髪オールバック。

 大人びた見た目と落ち着いた口調は、大克を威圧するには充分だった。


 長身の男が何かを呟く。


「 」


 ぶわり。


 気味の悪い効果音に併せ、二人の頭上に巨大な瞳が出現した。人間の目を何百倍にも引き伸ばしたような大きな瞳。

 五メートル近くある瞳には、ご丁寧に睫毛も生えている。細部までいやにリアルな形状。


「それを今すぐ譲ってくれるなら、私の可愛い"目玉"が君を殺すことは無い。さぁ、どうする?」


 男は頭上の瞳を指さしながら、ニヤリと笑う。


 授才を持っている者が他人の授才を奪うなんてこと、普通はしない。色々とリスクが高いのだ。

 加えて、授才を発揮したことない宿主からは、授才のオーラは出ないはずなのに。


 それにも関わらず、男は大克に目をつけた。


「……こ、こここ、この力がどんなものかは分かりませんが、俺にとっては最後の希望なんです。だ、だから譲れません」


 必死に涙を堪え、真っ直ぐに言葉を並べ立てる。体の震えを抑えながらも、目は逸らさなかった。


「ほぉー、君の強い意志には感心するよ。その意を汲んで、出来るだけすぐに殺したげるね」


 口角を上げたまま、男は腕を持ち上げる。大克を指さすと、スナップを利かせて指先を上から下へ。


 その合図で、ギョロリとした黒目が標的を捉える。


 ガクガクと震えながらも、今更逃げることも出来ない。体に力を込め、覚悟を決める。


 自分から差し出すなんて考えはない。譲るくらいなら、最期までこの力を感じていたい。大切なものを手放すのはもう散々だ。


 瞬きする瞳。


 黒い涙の粒が大克に降り注ぐ。粘性のある黒粒には確かな重みがあった。




 ――わずか二秒後、視界は暗転した。


 大克は冷静に、意外と呆気ない終わりだったと実感する。痛みも感じない程に一瞬だったのかと。




「ちょっと〜。未来ある若者になんっちゅうことしてんの」


 おちゃらけた声は天使でも悪魔でもない、普通のものだった。飄々とした口調で、どこか軽々しい雰囲気を感じさせる声。


「お、お前……」


 次の瞬間、真っ暗だったはずの視界が晴れ、目の前には見知らぬ男がもう一人立っていた。


 黒いワイシャツに、グレーの入り交じった黒髪。喉全体を覆うように巻き付いた黒い布。

 一見胡散臭そうな見目の男は、確かに大克を助けてくれたようだ。


「まさかここで、ルシファー共同体さんに会っちゃうとは。とんだ災難だなぁ。てことで面倒なんで、ばぁい」


 突如現れた男は片手をひらひらさせ、口を大きく開けると雄叫びをあげた。



「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」



 地を揺らすような声の直後、首元の布から黒い影が染み出てきた。

 その影は目にも留まらぬ速さで瞳の男を覆う。


 避けきれなかった男は影に覆われ、黒いミイラに成り代わっていた。


「今のうちにお暇しちゃおう」


 笑顔でそう言った男は、大克の腕を掴んだかと思うと、驚異の身体能力で大克ごと空へ飛んだ。

 さっき出した黒い影を、次は雲のように点々と浮かべ、その上を移動する。

 この状況もだが、速さも異常だ。


 三十秒後。

 再び地に足つけた時には、後方に浮かぶ黒い影は跡形もなく消えていた。

 男は程なく大克の腕を離し、二人向かい合うように立つ。


「いやぁ、通りがけに襲われそうな子を見たら、さすがに放っておけないじゃん? で、咄嗟に首突っ込んじゃったけど、怪我はない?」


 ヘラヘラと笑いながらも、相手の頭に手を置いて顔を覗き込む仕草は、案外あやし慣れているものだった。


「だだ、大丈夫です。その、わざわざ助けてもらってすいません。有難うございました」


「いんやぁ、何も無いなら良かったよ。……にしても、あいつに目をつけられる程の授才なんて。君、すごいもん背負い込んだね」


「すごいもん」と言われても、残念なことに何も分からない。


「……あの、そんなにすごい力なんですか? 正直なところ俺には分からなくて」


 ボソボソとした大克の問いかけに、男は少し驚いた表情を浮かべた。


「君、名前は?」


「……大克治幸です」


「俺は音道おんどう芭生はせい。天地の職員してる者なんだけど、治幸ちゃん、天地に興味ない?」


 音道と名乗る男の唐突な勧誘に、目の前の少年は驚嘆の表情を浮かべる。音道はその顔付きを気にも留めず話を進める。


「一応審査はあるけど、俺からの推薦ってことでさ。天地に来たらその力がどんなもので、どう生かせるかが分かるよ。大事な授才のこと、知りたくない?」


 あまりにも唐突な話だったが、音道の言った「大事な授才のこと、知りたくない?」という問いかけに、大克は一も二もなく飛びついた。


「俺みたいなのでもチャンスがあるなら、挑戦したい」


 か細い声で、だけど力強く答える。その目にはこれまでの彼とは違い、はっきりと光が宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ