アントレ達と地底探検
よろしくお願いします。
ザクッザクッと音がする。チョコが畑の土を掘っている音だ。
ごろりと、茶色いかたまりが地上に出てきた。土の匂いがする、立派なサツマイモだ。
チョコの小さな手がサツマイモをひろい上げた。
「アントレ! サツマイモたくさん取れたよ! レモンさんに蒸してもらおうよ! 美味しいよ!」
「僕は、サツマイモの葉っぱの方が好きなんだ」
楽しげな、のんびりとした声が、ミント家の小さな畑に響き渡った。
アントレは、チョコと畑で穏やかな時間を過ごしていた。
兎獣人のアントレは、よく洗い水気を拭いたサツマイモの葉っぱをシャリシャリモグモグと食べている。
兎の姿が全身モフモフで、今日も可愛いらしい。背中を丸めた後ろ姿は、巨大な茶色い毛玉のようだ。
私がこの異世界にやってきて、月日が流れた。実りの秋がやってきていた。畑には、南京やサツマイモ、ジャガイモなどが所狭しと実っている。
私はこの家の子になってから、いろいろなことを学んでいる。食事の準備を手伝ったり、畑を手伝ったり、好きな本を読んで過ごさせてもらってる。 2人とも優しくて、いつも褒めてくれるので張り切ってしまう。
私達の家は、王都のはずれの荒地にある大楠の樹だ。大きな扉を開けるとリビングがあって、その奥に台所や食堂、レモンさんの部屋がある。リビングにある階段を上がると2階に私の部屋がある。外の大枝へ出られる窓がついていて、日当たり抜群なんです!日向ぼっこしながらお昼寝するの、大好き!
アントレの部屋は、リビングの左側の扉から行く半地下室である。
「つまり君は…チョコは今日のお出かけ決定権を、近所にするつもりなんだね」
「どうして分かったの? まだ話してないのに!」
巨大な毛玉が喋った。私は驚いて、尻尾がブワッと膨らんでしまった。
まだ秘密にしていたことを言われたからだ。
お出かけ決定権とは、私が月に一度、外出先を決めていい日のこと。
日帰りできる範囲で予算も決まってるけれど、2人とお出かけできるのがとても嬉しい。
「ビックリした? いつも君を見ているから分かるよ」
「ビックリしたよ! 教えて! どうして分かるの?」
「簡単に教えるとつまらないかな。どうしてだと思う?」
アントレがこっちを向いて、ニコニコと笑っている。私はしばらく考えたけれど、分からなかった。
「降参します! 教えて!」
「そうだね。まず、チョコは、レモンさんに作ってもらったカボチャ帽子とキャンディ型バッグが大のお気に入りだよね。お出かけする時はいつも身につけている。汚したくないから、引き出しに入れて大切にしまっている。そんな君が、泥だらけになってサツマイモを掘り出していたら、今日は遠くに出かける気がないと分かるよ。
それで、どこへ出かけたいの?」
「ああそっかあ…言われてみれば確かにそうだね。実はね。クンピララ山で洞窟を見つけたの。そこを探検したいの」
アントレお得意の観察力というやつに、私はすっかり感心してしまった。
この兎獣人は、私よりも私のことを知っているに違いない。
「クンピララ山の洞窟…?」
「うん。散歩してたら、山の中腹の地面に大きな穴があったの。きっと洞窟だよ!みんなで探検しようよ!」
「チョコの最近の愛読書は『地底洞窟の探検』だったね。なるほど…。レモンさんにも相談するよ。否定して知らないうちに探検されて、怪我でもされたら駄目だからね。少し中を歩けば、大丈夫だよね」
「んん?」
「好奇心は猫を殺す、ってこともあるんだよ。大丈夫、行こう。用意をすれば安全だと思うよ」
アントレは、チョコをじっと見つめた。
チョコは両手いっぱいにサツマイモを抱えて、嬉しそうに笑っている。
アントレは、頭や尻尾を左右に振って微笑んだ。
アントレは、家へ帰るチョコの背中を見ながら考えている。
チョコがこの家に来たばかりの頃は、不安がって鳴いてばかりの子猫だった。
アントレが、移動するたびについて回って離れなかった。夜もくっついてきて一緒に眠った。
今は、だいぶ落ち着いてきた。
こんな風に、外出先を考えられるのはいいことだ。
獣人化もスキルの発動もできた。彼女は可能性に満ちている。
より可能性を広げてあげたいな。
チョコ達との生活は、やりがいのある楽しいものだ。
この国の平和を、仲間達と陰ながら守る仕事も、やる気が出るというものだ。
家に帰ると、レモンさんが「猫とウサギと仲良くなる方法100」という本を熱心に読んでいた。
私達が洞窟探検に行きたいと伝えると、にっこり笑ってくれた。
そして、水筒やおやつ、大きいタオルなどのお出かけグッズをバッグに詰めだした。
チョコは、子龍達はどうするのかなと思い、周りを探してみた。
アントレが、収穫してきた果物を小さく切り、4個の小鉢に盛りつけてる。
「アントレ。それどうするの?」
「お留守番していてほしいから、おやつを作ってるんだ」
「へ?お留守番?」
いつの間にか子龍達が来ていた。アントレの用意した果物を食べている。
子龍達はニコニコして頷いていた。
いつの間にか仲良くなってたんだ!アントレ、凄すぎる…!!
用意が出来たので、私達は出発した。
お隣のドレ夫妻が花畑で作業していたので、ご挨拶をする。
ジョン刑事も地面から、体を半分出して現れた。
そして不思議な話をしてくれた。
最近地下から、女の人のすすり泣く声が聞こえてくるそうです。
モグラ警察の皆さんがどんなに穴を掘って探しても、声の主が見つからないそうです。
もし声の主について分かることがあれば、知らせてほしいと言われました。
そして、ついに洞窟の入り口に着いた!
ところが、洞窟の入り口はレモンさんには小さすぎるみたいでした。
レモンさんはしばらく考えると、ムニャムニャと口の中で唱えました。
体が、みるみる小さくなっていく。
アントレと同じくらいの背丈になってしまった。
まるで子どもか小人みたい!可愛い!
思わず頭を撫でてしまった。だって獣人化した私より小さかったから。
兎のアントレよりも、小さくて可愛いです。
レモンさんは、照れたような困ったような表情をした。
抱っこもしたいけど…、困らせそうだからしなかった。
皆で洞窟の中へ入る。中は薄暗かった。
「アントレ。レモンさん。暗いけど大丈夫?」
「僕は音と匂いに敏感だから大丈夫」
「私は空間認識能力があるから大丈夫ですよ」
「それってレモンさんの魔法?凄いねー!」
「レモンさんは、いろいろ規格外だからね」
私達は和やかに話しながら、奥へと進んでいった。
「チョコちゃんは、スキルの練習の調子はどうですか?」
「さっきの、地下から聞こえる女性のすすり泣く声ってさ。気になるよね」
2人が同時に話題を出してきた。私は2人に答えようと一生懸命考える。
「ええっとね。右手が金運を招くみたい。いっぱい練習してアントレ達をお金持ちにしてあげるね!左手が人を招くのね。こんなふうに動かすの。それでね。すすり泣く女の人心配だよね。早く見つかるといいね!」
「チョコ!待って!それは不味い!そのやり方だと…」
「えええ?」
びっくりして、アントレの方を向いた。途端に、地下から女の人のすすり泣く声が聞こえてきた。
とても哀しそうな、弱々しい声……
「チョコが呼びよせちゃったね…」
「まあ…可哀想に。泣いているわ。どこにいるのかしら…?」
「私のスキルが呼びよせたの?どこにいるか分かればいいのに」
「チョコは、迷子探しの職も大丈夫かもしれない…。帰ってジョンさんに報告をしなきゃ」
アントレがそう呟いた。…まだ帰りたくない。
でも女の人も心配。何て言ったらいいか分からなかった。
私は、体をもじもじさせて一歩下がった。
そこは穴が空いていて、私は体勢を崩して落ちてしまった。
「ミギャー!?」
「チョコちゃん!?」
「チョコ!?レモンさん!!」
落ちた私を追って、レモンさんとアントレが穴に入った。
アントレがとっさに幸運のスキルで私達を包んだのが分かった。
私の魔眼には、アントレから出るきらきら輝く光が私達を包むのが見えた。
きっと怪我はしないですむと感じられた。
私は黒猫の姿に戻っていた。小さいレモンさんが、私とアントレを抱きしめる。
怖いけど3人一緒なら大丈夫!
すぐに底につくと思ったのに、私達はどこまでもどこまでも暗い穴の中を落ちていった…。
私達は、長い間穴の中を滑り落ちていった。
私とアントレは、レモンさんにしっかり抱きしめられていた。
ようやく土を滑る音がしなくなって、レモンさんが地面に立つのが分かった。
レモンさんは、私達を優しくそっと地面に降ろしてくれた。
「やっと底に着いたようです。思ったより深い穴でしたね」
「レモンさん、怪我はありませんか?」
「レモンさん。大丈夫?」
「ええ。大丈夫ですよ。服がちょっと破けてしまったようです。ちょっと待っててください。直しますからね」
レモンさんが目を閉じて、口の中でムニャムニャと唱える。
ふわっと風がレモンさんから吹いて、服は元通りの綺麗な状態になった。
魔法って凄い!
アントレが荷物が無事か確認して、周りの様子をぐるりと見回した。
「美しい不思議な場所だ!こんな景色は見たことないよ!レモンさん、ここから地上へ魔法で帰ることはできそうですか?」
「ええ。問題はありません。転移魔法が使えます」
「それは良かった!帰り道の確保は大事ですから」
2人ともしっかりして頼もしいです。私も安心して、周りを見回した。
幻想的な世界が目に入ってきました。
淡く光る茸が、遠くまでびっしりと生えています。
上の方も、星のような光がずっと向こうまで続いている。
不思議な美しさだった。
「光る茸に星空?こんな地下なのに?なんて綺麗…!」
「ツキヨタケに、星空はヒカリゴケ…ツチボタルもいるかもしれない。環境的に謎だけど…」
「こんな場所があったんですね。魔力を感じます。誰かが作り出した場所だと思います」
「ツキヨタケっていうんだ。光る茸…美味しいのかな?」
私は好奇心で、ちょっぴりだけ光る茸をかじってみた。
アントレが慌てて、私の口から茸を引き抜いた。
「吐き出せ!ツキヨタケは毒キノコだ!飲み込んでないよね!?」
「毒!?ぺっぺっ!飲み込んでないよ!」
「ほら!口をゆすいで!」
「うう〜…」
私は涙目になった。猫耳尻尾の獣人化をして、レモンさんが持ってた水筒の水で口をゆすいだ。
綺麗な茸は毒がある。
チョコはもう光る茸は食べない…!
そんな私達の騒ぎを、じっと見ている存在があった。
それは、ゆっくりと私達に近づいてきた。
私は、ゆっくりと動くその光に気がついた。
「アントレ!動くツキヨタケがいるよ!!」
「違うよ。それは螢だよ。ここは螢までいるのか。こんな地下深くに…?」
「この螢、怪我してるよ。助けてあげようよ」
「こんなに薄暗いのによく分かるね。猫の目って凄いな」
「本当ですね。回復ポーションで治るかしら」
「大丈夫だと思いますよ」
レモンさんが、回復ポーションを螢に優しくかけてあげた。
螢の酷い怪我が治っていくのが見えた。私はほっとしました。
螢は元気になって、私達の周りを嬉しそうにくるくると飛びまわります。
「螢、嬉しそう。怪我が治ってよかったね」
「ありがとうございます。なんとお礼を言えばいいか分かりません。もしよかったら、我が家に来ていただけませんか?歓迎いたします!」
「……え?今の…螢?」
「螢が喋った!?」
「まあ!喋る螢もいるんですか!」
私達は大騒ぎになった。
螢は飛ぶのをやめました。
そして、螢の姿がどんどん大きくなり、女性の姿へと変化していったのです。
「失礼いたしました。私の名はメイフォアといいます。この地底王国の住人です」
「「「えええええー!?」」」
私達の前で、螢が女性の姿に変わった。
腰まであるサラサラの黒髪、アーモンド型の黒曜石の瞳、整った上品な美しい顔立ち。綺麗な人だった。
痩せて枯れ木のような手、服の左右の布を体の前で重ね合わせた服、お腹の周りを別の布で巻いている。その服は着古されてつぎはぎだらけだった。
メイフォアと名乗った女性は、優しく微笑んで話を続けた。
「地上の方ですよね?さっき猫が獣人化されましたし…私も昔地上にいたのです。お話を伺いたいわ」
「地底王国ですか…初めてお聞きします。どんな所ですか?それから、地上では螢は人化しません。貴女は何者でしょうか」
アントレは慎重に質問をしているように見えました。
この世界では、螢は獣人化できないんだ。私が元いた世界は、獣人化できる動物もいなかったと思う。この世界は、不思議に満ちている。
私はレモンさんの方を見た。レモンさんは興味深そうにニコニコしている。
「私は…旦那様に魔力を与えられてこの姿になって、地底王国へ連れて来られました。ここ地底王国は旦那様と三人の王が治めています。あの…うちなら椅子もありますし、ゆっくりお話できます。お邪魔なら、早く地上へ戻られた方がいいと思います。ここは毒キノコだらけで体にいいとは言えません」
「そうですね。僕は詳しくお話を伺いたいです。国の地下に王国があるなんて…!放っておいてはいけない。チョコ達はどうする?」
「チョコは、地底王国探検したい!!」
「私も地底王国を見たいです」
「決まりだね!案内をお願いします。晩ご飯までに戻ります。お話を聞かせてください」
「よかったわ。こちらです。私の後をついてきてください」
メイフォアさんは、光る茸がない所を慣れた様子で歩き出しました。
こんなに綺麗なのに、毒があるのだ。私はふと疑問になった。
長く居てはいけない場所に、どうしてメイフォアさんは居たんだろう?
時々こちらを振り返るメイフォアさん。その顔に泣いた跡があるのに気がついた。
地下から女性の泣き声が聞こえるという話を、私は思い出した!
アントレとレモンさんに、コッソリとその事を伝える。
私達は声をひそめて話し合った。
「チョコは本当に目がいいね!僕は彼女の声から気づいたけれど」
「チョコちゃん。お手柄です!帰ったら、ジョン刑事に伝えましょうね」
「うん!ジョン刑事喜ぶかな。でも…どうして泣いてたんだろうね」
「そうだね…プライベートに踏み込むことになりそうだし…。お話を伺う時に、さりげなく聞いてみよう」
「うん!」
やがて大きな広い空間に出たました。
明るくて、たくさんの建物が建っています。見たことのない建物。そこに居る人達は、メイフォアさんに似た服を着ていて、頭に角が生えていました。
メイフォアさんは、人気がない道を歩いていきます。
やがて街外れの、大きくて古い建物に連れてきてくれました。
掃除は行き届いて清潔で、庭に畑があります。
頭に角の生えた人達が、畑仕事や掃除をしていました。
そのうちの1人が、メイフォアさんに声をかけてきました。
「奥様、お帰りなさい。お客様ですか?」
「ええ。そうなの。お茶の用意をしてくれるかしら。ここが、我が家です。ゆっくりしていってくださいね」
居心地のいい部屋へ案内される。
椅子とテーブルは、大きな茸でした。
地下なのに明るく暖かいのは、魔力を使っているんだろうとレモンさんが言いました。
メイフォアさんが、角の生えた人達と部屋へ入ってきました。
綺麗な水と、何か甘い食べ物を出してくれました。
「ごめんなさいね。地上はたくさん食べ物があると思うのだけれど、うちではこれが精一杯なの」
「ありがとうございます。いただきます」
アントレはお水を少し飲んでいた。
私もお水をいただく。
レモンさんは、角のある人達をじっと見てつぶやいた。
「鬼族…の方でしょうか?地上では、絶滅したと聞いていたのですが…」
それを聞いた角のある人達は笑い出しました。
「地上の鬼族は、根性がないねえ!」
「この国は、4人の王と鬼族だらけさ!」
「奥様が連れてきたのでなかったら、子供と兎なんて晩ご飯かと思っちゃうよ!ガハハハ!」
「これっ!怖がらせることを言わないの!!大丈夫よ!ここに居れば安全ですから!」
アントレが苦虫を噛み潰したような顔をした。耳や尻尾をピンと立て、目も吊り上がっている。「カチカチ」と歯ぎしりの音が聞こえる。怖くてストレスを感じてるんだ!!
私は落ち着かせようと、アントレの体を撫でてあげた。
レモンさんも優しく声をかけてくれた。
「大丈夫ですよ!いざとなったら、私がなんとかします!火魔法で焼き尽くしてもいいです!」
「それ…僕達も丸焦げになるので、却下でお願いします…!」
「ご、ごめんなさい!小さい子は丸焦げになっちゃうのですね…。火魔法を小さく扱うのは難しいのです!」
「こんなチビっ子でも魔法が使えるのか!たいしたもんだ!火魔法はこうやって扱うんだ。見ててごらん!」
レモンさんは今、小さい姿になっている。チビっ子にしか見えないんだろうな、とチョコは思った。
見た目と中身が、この世界では違うことが多すぎる。
鬼族のお兄さんは、小さな炎をたくさん出してフワフワと部屋へ漂わせた。とても綺麗だった。
メイフォアさんは、糸を張った小さな楽器を出してきて、弾き始めた。
私達を楽しませてくれる気持ちが伝わってきた。
胸の中がぽかぽかしてきた。楽しい。
曲が終わり、和やかな雰囲気になりました。
メイフォアさんが話し出しました。
「この地底王国は、昔地上にいた4人の王が戦で負けて、封印されたのだと聞いております」
「封印された地なのですか」
「はい。王達の名は、コントン様。キュウキ様。トウテツ様。私の旦那様はナンクン様といいます」
「それは…伝説の…!!」
アントレが驚いたように叫んだ。目はどこかを見つめている。アントレが考え込む時のクセだ。
「伝説の四凶の名前です。僕達は伝説の魔王が封印された場所に落ちてきたのか……!!」
「四凶ってなんですか?」
チョコはキョトンとして質問した。異世界からきたチョコは、知らないことが多い。
アントレは四凶の伝説について、頭の奥から記憶を引っ張りだした。
チョコに話して教える。
「四凶とは、4人の魔王のことだね。かつて天の神と戦って、地に放逐されたという伝説があるんだ。大きな犬の姿をしたコントン。これが怠惰を司る悪獣。翼の生えた虎の姿をしたキュウキ。悪人を助けて善人を陥れる。羊身人面でわきのしたに目がある姿のトウテツ。目につくものは何でも食い続ける。貪欲と貪食を司っている。
そしてナンクン…人面虎足で猪の牙を持つ姿をしていている。
その…人様の夫を悪く言いたくないのですが…、他人の言うことを全く理解せずに、常に自分勝手に荒々しく振るまう悪獣といわれている」
「四凶…おそろしい…!」
チョコは目をまん丸にして、黒い尻尾がぶわっと膨らんだ。耳は後ろに伏せられた。
アントレは、チョコを優しく撫でて慰めた。
レモンも小さい姿のまま、チョコの手を優しく両手で包み込む。
「チョコ達は、僕が守る。魔力回復ポーションを飲んだ僕は強いよ。安心して!」
「恐いなら、そろそろお家に帰りましょう。転移魔法ですぐ戻れますからね」
「うん…。ありがとう。アントレ。レモンさん」
アントレ達を見守っていた鬼族が、前に出て話しかけてきた。
「お待ちください!」
「アントレ君達が魔力回復ポーションを持っていて、地上に戻れるなら、奥様も一緒に逃してあげてほしいんです!」
「奥様は元々地上の方です。旦那様が封印の隙間から、分身を地上に飛ばした時に、連れてこられたんです。魔力回復ポーションがあれば、人の姿を保ち生きられます」
「奥様への扱いが酷すぎて、見ていられません!」
口々に叫ぶ鬼族達に、チョコ達は呆気に取られた。会ったばかりなのに、連れて逃げてと頼まれたのだ。
アントレは鬼族達の言葉の中に、気になることがあった。
「封印の隙間があって、魔王が分身を地上に送ったって、どういうことですか!?」
言葉から察するに、この地底王国は魔王達が封印された場所だろう。だが、その封印に隙間がある。分身とはいえ、魔王が地上に出られるのだ。放っておいたら、地上にどんな被害が出るか分かったものじゃない。
「遙か昔の封印だから、劣化してきてると言われてます。地上へ続く穴が見つかった。ナンクン様が見つけた。そこから地上へ偵察に出て、メイフォア様と出会って連れてきたんだよ」
「ナンクン様は地上への穴が広がったら、手始めにそこにある町を滅ぼして、世界中で暴れるおつもりなんだ」
アントレ達は心底驚いた。
ナンクンが最初に滅ぼすつもりの場所は、自分達の住む町だ。
アントレは、チョコとレモンにメイフォアを連れて戻るように頼みこんだ。
「急いで戻って、ジョンさんやジャムさん、王様や守り神様に相談しないといけません!証人として、メイフォアさんを連れて行きたい。彼女のその後は、僕が面倒みます。僕の分の魔力ポーションを分け与えます。住む所や生活も、その都度世話しますから。お願いします!」
「アントレ君がそのつもりなら、私もお手伝いします!」
「チョコもお手伝いできる!一緒に私達のお家と世界の平和を守ろう!」
「ありがとう!チョコ。レモンさん。ありがとう…!」
アントレは、胸が熱くなって涙ぐんでしまった。
メイフォアは迷っていた。
みんなの気持は嬉しくて、とてもありがたいものだった。
ナンクン様は、出会った時は輝いて見えたのだ。
夢のような約束をたくさんしてくれた。理想的な相手に見えた。
彼から魔力を与えられて人の姿になり、地底王国へ連れて来られた。
しかし、この国のやり方が分からず戸惑っていたら、恐しいほど叱責された。
恐ろしさは、どんどん酷くなった。
生活費もくれず、美しく装って上手に接待しないと、酷く暴れた。
仕えてくれる鬼族達が、畑で作った作物を売って、食うや食わずで生きていた。
他の鬼族は、メイフォアが我慢するのが当たり前だと言う。
自分が至らないから悪いのだと思った。何十年も心を削られながら努力した。
でももう、心も体もボロボロだった。
逃げられるものなら、逃げたい。
でも、自分が逃げたら、仕えてくれる鬼族達はどんな目に合うか分からない。
メイフォアの迷いにも関わらず、鬼族達はアントレ達に助けを求め続けた。
「お願いします!」
「ナンクン様は大変ケチなんです。奥様に生活費を与えず、他の20人以上の愛妾達に貢いでるんです!」
「奥様を否定ばかりして、暴力や暴言で傷つけるんですよ!見ていられません!俺達がかばうのも限界があるんです!」
突然、玄関から騒がしい音がした。
酔った男の声が響き渡る!
「出迎えもなしとはどういうことだ!?またお仕置きが必要だな!メイフォア!とっとと出てこぉい!!」
暴れて物を壊す音が、聞こえてくる。
噂をすれば影というが、ナンクンが泥酔してやってきたのだ。
メイフォアは、青ざめて恐怖でガクガクと震え出した。
メイフォアは、チョコ達が大好きだ。
小さくて頼りない子ども達と大きくてモフモフの兎。とても愛おしい。
そして、自分達の話を否定せず、理解を示してくれた。
地上が懐かしくて、螢や星に似せて光る洞窟を、メイフォアは作った。
夫に傷つけられて哀しい時、彼女はその洞窟で1人で泣いていた。
逃げることもできず、夫と心を通わすことも諦めた。
努力して、怒りの矛先をかわすことを祈るだけの年月だった。夫は恐しいだけだった。
彼らが洞窟に落ちてきた時は、とても驚いたものだ。
あの子達は、小さな螢にもとても優しかった。
この恐しい地底で、他の鬼族に捕まらないように家に匿った。
話をしたら、すぐに地上に帰すつもりだったのだ。
夫はたまにしか家に来ない。他に20人はいるという愛妾宅にいるはずだった。
だから酔った夫が急に来て、暴れだしたのは想定外だった。
これは、自分の責任だ!
暴れる夫の相手をして、その隙に彼らを地上に帰さねば!
メイフォアは、震える体を叱咤して立ち上がった。
「私がナンクン様の相手をします!その間にチョコちゃん達は地上に帰って……」
言いかけたメイフォアの服を引っ張る者達がいた。
見ると、アントレ達だった。
アントレは、目の前で弱いものが犠牲になることが許せなかった。
かつて自分が育った兎村が、蹂躙されたことを思い出してしまう。
チョコやレモンも、メイフォアを止める。
「駄目です!行っては駄目です!!」
「あの人、恐いぃー!!」
「あの方は、殴り倒してもいい気がします!」
仕えてくれる鬼族達にも、口々に引き止められた。
「逃げてください!奥様!この子達と一緒に、地上へ逃げてください!」
「ナンクン様は駄目男です!モラハラです!奥様は悪いことしてません!自分を信じてください!」
「逃げて、そして生きてください!体を悪くして取り返しのつかなくなる前に!」
「あなた達はどうするの!?」
「鬼族仲間のツテを頼って逃げます。俺達は大丈夫です!俺達がここにいるのは、奥様が心配だからです!」
アントレは部屋にあった鏡を使い、入り口で暴れているナンクンと従者らしき鬼族達の姿を見た。
彼らは皆、とてもいい身なりの服を着ていた。体つきも立派だった。
痩せ細り、つぎはぎだらけの服を着たメイフォア達と対照的だ。
生活費を入れてないのも本当だろう。
怒りで思わず、足をダンダンとスタンピングしてしまう。
どこかを見つめ、アントレは考えにふける。
考えろ!考えるんだ!弱者が考えることを放棄したら、蹂躙されるだけだ。
伝説の通りなら、ナンクンは話し合いができる相手じゃない!!逃げるのが最適解だ!
僕達が今、行動できることは何だ!?
彼のクセでバッグの中の魔力回復ポーションを握りしめると、兎手に当たるものがあった。
おやつに持ってきたドングリだ。
ドングリは季節限定のおやつで、熊獣人やリス獣人にも大人気だ。
特売日は、幸運系のスキルを駆使して買わなくてはいけないほどだ。
アントレは、ドングリを見つめて閃いた!
レモンは、一夜で大木の家を作る魔法がある。
チョコは、人やお金を招くスキルがある。
「いい手があります!チョコ、レモンさん、強力してくれる?」
「もちろん!」
「おまかせください!」
2人は力強く頷いてくれた。
アントレは作戦を説明する。
「時間があまりないんだ。いいかい?レモンさんは、このドングリを、ナンクン達を巻き込んで急成長させてください。それからチョコは、他の魔王達の意識をこっちの方角へ招きよせてほしい」
「チョコ、悪い奴を呼ぶの!?」
「ちょっぴりだけだよ。ほんのちょっぴり!」
「ちょっぴり…ならいい」
「ちょっぴりが大事なんだ」
「うん。分かった。悪い奴…悪い奴…」
チョコは手を招いて、スキル「招き猫」を発動させる。
レモンはドングリを握りしめて、口の中でムニャムニャと唱え出した。両目が濃い緑色に変化した。
アントレは、メイフォア達に話しかける。
「ナンクン達を抑えて、騒ぎを起こして時間を稼ぎます。その間に、お別れと地上に持っていきたい物を用意してください。もうここへは、戻って来れないと思ってください」
「分かりました!ありがとうございます!」
「奥様!お元気で!お体に気をつけて長生きしてください!」
「奥様!ようございました!」
「ありがとう…!皆さんもどうかお元気で…!」
メイフォア達が別れの挨拶をしている間に、レモンの魔法が発動した。
ドングリから可愛い芽が出たかと思うと、みるみる成長してナンクン達のいる方向へ伸びていった。
そしてドングリの木は、ナンクン達を巻き込み、巨大に成長した。
ナンクンの怒りに満ちた咆哮が、地底王国に響き渡る。
「何だ!?これは何だ!!うがあぁぁぁー!!!」
アントレは続いて、3個のドングリを出した。彼の幸運系のスキルで、狙った相手に当たるようにしてある。
レモンに渡して指示を出す。
「これを、できる限り勢いをつけて、他の魔王達に飛ばしてください!当たるはずです!」
「分かりました!」
レモンが口の中で、呪文をムニャムニャと唱える。瞳はきらめく黄緑色に変わる。
ドングリが恐ろしい程の勢いで回転しはじめた。
アントレの魔力が、ドングリに吸い込まれ、彼は念じ続ける。当たれ!当たれ!当たれ!!
ドングリが3方向へ発射された。
ドングリは壁をぶち抜き、飛んでいった。少し時間が経ってから、飛んでいく音が聞こえた。
そして3方向から、それぞれ怒りの咆哮が聞こえた。
ドングリが、他の魔王達に当たったのだ。
他の魔王達は、チョコのスキルでこっちに意識を向けている。
その方向から、ドングリが飛んできたのだ。あの勢いなら痛かったろう。
ここには、怒りでドングリの木と格闘しているナンクンがいる。
魔王達は思うだろう。この飛んできたドングリは、ナンクンの仕業だと。
魔王達の次の行動は、ナンクンを怒りで締め上げることだ。
アントレの予想は当たった。
恐ろしい咆哮を上げて、こっちに爆走してくる音がする。
4人の魔王の大喧嘩が始まった。世にも恐ろしい光景だ。
「メイフォアさん。今のうちに地上へ転移しましょう!」
「はい!いろいろと本当にありがとうございます!」
メイフォアとアントレ達は、近くに寄って集まる。
レモンがムニャムニャと唱え、4人の体が淡い光に包まれた。
気がつくと、メイフォア達は探検で入った洞窟の入り口に立っていた。
「皆さん、大丈夫ですか?転移は慣れないと酔うことがあります」
「酔った〜…」
「できれば先に教えてほしかった…」
チョコとアントレが、ふらふらと座り込んだ。
メイフォアは、空を見上げる。
夕暮れの空に、星が瞬き始めていた。
メイフォアは、もう見ることはないと諦めていた星が見えたことに、胸がいっぱいになった。涙が溢れてくる。
自分は、ずっと恐怖に支配されていた。
もう、その恐怖に怯えなくていい。
どこまでも突き抜けるような解放感があった。思わずこぼれた言葉。
「…自由だわ…」
アントレは体調が回復すると、メイフォアを連れて、今回の事件を相談する為に走り回った。
緊急会議が開かれた。洞窟は巨大な封印石を置いて、塞ぐことが決定する。
今後は、地底から変な音がしないか、モグラ警察が警戒することになった。
チョコとレモンは、早めに一度家に帰り、後で事情を聞かれる流れになった。
家では、子龍達が仲良くブランケットにくるまって休んでいた。
アントレとメイフォアは、夜遅くになってから帰ってくる。
アントレは疲れきって、そのまま動かなくなって眠ってしまった。
チョコも疲れていたので、アントレに寄り添って眠ってしまった。
レモンは部屋の明かりを消して、2人にブランケットをかけてあげる。
メイフォアは、2階のチョコの部屋で休ませてもらうことなった。
レモンも、子龍達と自室に戻って休んだ。
チョコはウトウトしながら、アントレに話しかける。
「私達…、世界を、お家を守れたよね」
「そうだね。今後の警戒は怠らないようにしないといけないけどね…。とりあえず…」
「よかったね。おやすみ。アントレ」
「おやすみ、チョコ………」
ゆっくりと秋の夜がふけていく。
夜空には満点の星。
大きな木のお家の窓から、一匹の蛍が夜空の星を、いつまでもいつまでも見つめいた。
「どうぞ。たくさん食べていってくださいね」
レモンは、庭に設置した木のテーブルの周りに座っているアントレ達に声をかけた。
テーブルの上には、所狭しと秋の味覚が並んでいる。
遠くから、太鼓や笛の音が聞こえてくる。今日はクンピララ神のお祭りの日だ。
夕方になると、クンピララ神が黄金の華やかな神輿に祀られ、山から降りてくる行列が見られる。
お祭りのお祝いのために、レモンがご馳走を用意したのだ。
台所には、育ちすぎて西瓜サイズの栗や1mはある柿が転がっている。
それを見たアントレに「武器ですか?」と問われたのは、記憶に新しい。確かに西瓜サイズのイガ栗は武器になるかもしれない。
気がついたら育っていた。悪気はない。魔法のコントロールは加減が難しいのだ。
後で加工してお祭りで売ろうとアントレが言ってくれたから、多分何とか片付けられるだろう。
先日の地底への探検で大騒ぎになって、皆疲れてしまった。
だから、元気づけようと頑張って作った。作っても失敗することが多い。
「兎や猫が食べられる物・食べられない物」という本も読んだ。きっと大丈夫。
蛍が人化したメイフォアは、1日にスプーン一杯の魔力回復ポーションを飲めば大丈夫だった。
しかし、レモンはこの国の「普通」が今だに分からない。不安である。
「お口にあうと嬉しいです」
「とっても美味しそうです!レモンさん」
「嬉しい!ありがとう!レモンさん!」
「地上の秋は、こんな感じなんですね。体験できて嬉しいです!ありがとうございます」
皆がニコニコと満面の笑顔で喜んでくれて、レモンは胸が暖かくなった。
光の玉に包まれている子龍達も、小さくカットされて小皿に盛られた果物を美味しそうにいただいている。
それを見て、とても幸せな気持ちになった。
チョコは、自分が作ったカボチャの帽子とお菓子の形のバッグを着けている。
不器用な自分の手作りだが、チョコは気に入ってくれて大切にしてくれていた。
アントレは、初めて出会った時は本当にボロボロの状態だった。
今は、彼が元気になったことが本当に嬉しい。駄目かもしれないと、涙ぐんだ日々が懐かしい。
そして今、いろいろと助けてくれたり教えてくれている。感謝しかない。
メイフォアも助けられて良かった。2階の部屋に強化ガラスのミニ温室を作って、ホタル草の鉢を置いた。メイフォアは夜になると、蛍の姿でホタル草にとまり、星空を見るのが好きだ。
いつまでも、こんな日々が続けばいい。
「美味しいね!」
「チョコ、少しずつ食べるんだよ。お腹がびっくりしちゃうからね」
「はーい!」
アントレとチョコは、いつも仲良しで微笑ましい。
少しずつ味わっていたメイフォアが、弦のある楽器を取り出した。
「もうお腹いっぱいです!とても美味しかったわ!ありがとう!お礼に少し演奏してもいいかしら」
「どうぞ!僕達はまだ食べてますね」
「ええ。耳コピなのだけれど、この町の曲よ」
メイフォアは、弾き始める。お祭りで流れている曲だった。
チョコがその曲を聞いて、目を輝かせた。
「チョコ、その曲踊れるよ!」
チョコは立ち上がり、曲に合わせて踊り始めた。チョコに誘われて、レモンも踊り出す。
その後に、子龍達やアントレも続いて踊り出した。
食事のマナーは悪いが、今日はお祭りで家の中なので無礼講だ。
やがて、音楽に誘われて隣家のジャム夫妻も加わってきた。ジョン夫妻も、お祭りの挨拶に来て、踊りの列に加わりだした。
踊り疲れては休んで、食べては踊り出す。
にぎやかな時間が流れていく。
レモンは、メイフォアと目があった。
メイフォアは優しく微笑んでいる。
「これだけの用意、大変だったでしょう。ありがとうございます」
「あ、いえ。アントレ君やチョコちゃんもお手伝いしてくれましたから」
「この家は不思議な所ですね。異種族なのに、皆さん仲良しです」
「ええ、本当に。ありがたいことです」
「私もお手伝いしたいです。もしよければ、ドングリの苗木を手に入れたいです。それらを、家の周りに植えたいわ」
「ドングリの苗木を植えるんですか」
「ドングリを使って、私を助けてくれたでしょう。だからドングリの木をたくさん育てて、アントレ君にお腹いっぱい、おやつのドングリを食べさせてあげたいんです」
「手に入れられると思います。アントレ君もきっと喜ぶと思います」
レモンがこの地に来た時、ここら一帯荒地だった。それはもう荒れきっていた。
レモンが、魔法で巨木の家と庭を作ったのだ。
そこへアントレが来た。続いてチョコが。
ジョン夫妻を助けたら、隣に住んで、荒地に花を植え出した。
今度は、地底王国から助け出したメイフォアが、荒地にドングリの木を植えるという。
少しずつだが、荒地に緑が増えていく。不思議な暖かい感覚だ。
兎が木の皮を齧っても大丈夫な種類を調べてみよう。猫にも大丈夫な植物も調べよう。
知ろうとするのは大事なことだ。
お互い違う存在なのだから。知らないことの方が多いはず。
そしていつか、自分は天へ還る日が来るだろう。
どうかそれまで、こんな穏やかな日が続くといいとレモンは祈った。
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