『アントレの冒険』
よろしくお願いします。
ある日、大きなモグラ獣人が、荒地の家にやってきた。
モグラ獣人は、黄色い体で丸いサングラスをしている。
名前は、ジョン・エリンギと名乗った。刑事だという。アントレと親しいそうだ。
もぐらは、明るいところが苦手なので眼鏡をしているそうです。
最近、ライオン獣人の子どもがさらわれる事件が起こっていて、危険だから気をつけるようにと教えてくれました。何か気づいたら教えてほしいとも言われました。
「アントレさん!こんな奇怪な事件は聞いたことがない!きっと『魔眼』の奴だ!可哀想に!ライオン獣人のお子さんは、魔眼に魅入られて不思議世界へ連れ去られたのだ!」
ジョンさんは、哀しそうに嘆いた。
「魔眼って何?アントレ」
「人には見えないモノを見る瞳のことだよ。瞳に魔力があって、見た相手を魅了したり。石に変えたりするらしいんだ」
「魔眼持ちと分かれば、王国で保護するのですよ、可愛い子猫ちゃん。王国で管理すれば、悪さはできない」
私は真っ青になった!黒い毛だから、気づかれなかった。私はきっと魔眼だ!
私は人には見えないモノが見えている。ケサランパサランとか……。知られたら国の管理下に連れていかれる。アントレやレモンさんと離れたくない!ばれないようにしなきゃ!
アントレは私を見た後、別のことを言いました。
「何か、手がかりはあるんですか?」
「これは内緒ですが、犯人の落とし物があるんですよ」
「犯人の落とし物?」
「ええ。それで明日、罠を仕掛けるんですよ。内緒ですよ!明日新聞を見てください」
次の日、新聞の警察の落とし物のリストに、白い犬の首輪が掲載された。
「落とし物リスト? これが罠かな」
「きっとそうだと思います」
「気になるね!犯人が引き取りにくると思う?」
アントレとレモンさんと私は、新聞を囲んで話し合いました。
「今日買い物するついでに、警察の近くを通ってきてもいいですか。何も分からないかもしれないけれど」
「チョコも一緒に行きたい。着いていっていい?」
「近くを通るだけなら大丈夫かもしれません。何かあったら逃げるんですよ」
僕はチョコとお買い物をして、警察の見える丘でひと休みしていた。
しばらくすると、人懐こい瞳の可愛らしいコーギーの犬獣人が現れた。
警察に入っていって、白い首輪を持って出てきた。
「あの犬獣人さんが犯人なのかな」
「チョコ。静かにして。あの獣人さん、こっちに向かってきてる! それに急に白い靄が出てきた…!」
白い靄は辺り一面を覆った。
僕とチョコは、コーギー獣人に気づかれないように、草むらに隠れて見守った。
「この靄、変だ! 匂いと音が分からなくなった。チョコ、大丈夫?」
「うん。大丈夫! なんだか怖いね」
アントレと私は、じっとしていた。
コーギー獣人さんは、私達の近くを通りすぎていった。
私は、コーギーの背中に羽根の生えた小さな生き物がいるのに気づいた。
レモンさんに見せてもらった本にあった妖精だ!
アントレには見えないみたいだった。
妖精は、コーギーの背中でくるくると踊っている。
モグラ警察達が、地面から出てきた。
匂いと音が分からなくなって、困ってるみたいだった。
「どういうことだ、これは!? どんなに地面を掘っても、霧の中から出られない!」
霧の中で、妖精の影が音もなく、私達の周りを踊っている。
私は必死で、レモンさんに教えてもらった本の中身を思い出そうとする。
妖精を追い払う方法! それは、ベルをゆっくり鳴らす!
今日、アントレはお買い物で、私に鈴のついたリボンを買ってくれた。
鞄の中を探り、鈴のついたリボンを身につける。 ゆっくり何度も鳴らした!
妖精達は消えた。霧も消えていった。
アントレは私を見た。そして笑った。
「思い出したよ。コーギーのスキルは『妖精召喚』だね。妖精を背中に乗せて、その力を借りることができる。妖精を追い払う方法は、ベルをゆっくり鳴らすことだったね。お手柄だよ、チョコ!」
「お手柄だよ。黒猫のお嬢ちゃん!助かったよ。ありがとう!」
私は嬉しくなって、喉をゴロゴロ鳴らした。アントレが抱きしめてくれて、顎をスリスリしてくれました。
モグラ警察さん達も、私達に気づいて、こっちへ来ました。
コーギー獣人さんが去っていった方向を見て、残念そうでした。
アントレと私は、レモンさんのいる大きな木の家に帰りました。
「まあそんなことが! あなた達が無事でよかったわ」
「ライオンの子、助けたかったね」
「きっと助けられるよ。コーギー獣人が怪しいって分かったしね。今頃、しらみつぶしに犬獣人達を調べてるよ。僕も少し、調べてみるよ」
「アントレも調べるの」
「うん。気になるよね」
家の塀の辺りに、小さな小さな兎達が来ていた。アントレは彼らと話を始めた。
私はおやつをもらった後、レモンさんの膝の上に乗せてもらった。獣人のスキルの本を広げて、ぼんやりと眺める。
レモンさんが話しかけてきた。今の彼女の瞳は紫色に輝いてて、気持ちが落ち着いた。
「チョコちゃん、大活躍でしたね」
「コーギーの『妖精召喚』と出会ったの。私が強かったら、ライオンの子どもを助けられたのかな」
「コーギーの『妖精召喚』か。可愛かったでしょうね。興味があるなら、魔法教えましょうか? まずは基礎訓練からですが」
「本当!?」
「ええ。獣人化しなくても、体も丈夫になります。いいことです」
「ありがとう! お願いします!」
私の気分は、上がりに上がった!
夕食時にこの話をして、私はアントレの獣人化した姿を見せてもらった。
頭と耳は兎のままで、もふもふした人間のような姿になった。背丈はレモンさんより高い。服も魔力で作り出せるそうだ。便利でいいな。
「カッコいい! いつも獣人化していればいいのに!」
「魔力が消耗するんだよ。僕のスキルは魔力を大量にくうんだ。レモンさんに、お手伝いの代わりに魔力回復ポーションをもらうくらいなんだ」
「そうだったんだ!」
「レモンさんのポーションは質がよくてね。それから、スキルは基本的に他人に教えないこと。弱点をつかれることにつながる」
「分かった! 私もいつか獣人化してスキルをもつ!」
私は夕食後、レモンさんと特訓を開始した。自分の魔力を感じること、それから獣人化した時のイメージが大事らしい。アントレみたいな全身もふもふも捨てがたい。レモンさんみたいな姿もいい。
いつの間にか眠ってしまい、ふわふわのブランケットでくるまれていた。
次の日の朝、ジョン刑事の声が響いた。
「アントレさん! 犯人を捕まえましたよ! 首輪を売っていた店の男です! 首輪の聞き込み調査をしていたら、店員が真っ青な顔をしたんですよ。それでピンときましたね。さっそく捕まえて牢に入れましたよ! まだ口は割りませんが、時間の問題です!」
「そうですか。首輪は、その店のオーダーメイドだったんですね。店員は担当者だった」
「さ、さすがですね。アントレさん。そこまで分かりますか」
「それで、首輪の持ち主は誰だったんですか? これで、動機が分かると思います」
「それがですね…。持ち主は、ジャンヌ。ジャンヌ•ピール。救国の乙女犬獣人だったんです。送り主は、ジャム•ドレというチャウチャウ犬獣人でした」
「なんてことだ……! 動機は復讐ですよ…! こんな哀しい事件は聞いたことがない」
アントレは、哀しそうに前足で顔を覆ってしまった。それを2階の窓から見ていた私も、哀しくなってしまった。後で詳しく教えてくれるかな。ジャンヌ・ピールとジャム・ドレという犬獣人のことを。
私は階下に降りていくと、ジョンさんが幸せそうに、朝食の席についていた。
「いやー、いつもここの畑の野菜は美味そうだなと思ってたんです。食べられて 嬉しいです。地下にまで魔法障壁がはってあるから…ごほん。もちろん、はってなくても我輩は食べませんがね!」
「ふふ。たくさん食べてくださいね」
レモンさんが、朝食の準備してた。
アントレも、1個だけ林檎の木になっている金色の実をもらってニコニコしていた。きっと特別な林檎。元気が出たんだ。よかった!アントレは林檎が大好きで、一週間に一度だけ、特別に食べる。毎日食べると、食べ過ぎになるらしい。じっくりと味わって、大切そうに食べている。
ジョンさんも、ニコニコしながら無言で食べている。
美味しいものを食べる時って、無言になるよね!元気が出てよかった。
朝食を食べ終わった後、事件の話になった。
この国は、山向こうのライオンの一族と王位継承で争っていたそうです。
もう少しでこの国が負けそうになった時、クンピララ神の啓示を受けて、一頭の雑種の子犬獣人が立ち上がった。それが、ジャンヌ・ピール。圧倒的なカリスマ性と天才的手腕で、この国の犬の軍をまとめ上げ、勝利に導いた。
ジャム・ドレは、ジャンヌの副官だった。だった、というのはジャンヌは、現在山向こうの国に捕らえられてしまっている。莫大な身代金を要求されたが、この国は要求を無視しているという。
そして、ライオンの子どもの誘拐事件が起こった。…つまり???
「つまりね。今回の誘拐事件は、この国の犬軍が関わっている。犬獣人は仲間意識が強い。仲間を裏切った王族を許さないだろう」
「ジャンヌ様の件は、同じ国に仕えるものとして、我輩も腹に据えかねていました。無視はないだろう! 酷い話だ!」
「ううーん。難しい。哀しいお話です…」
「うん。だからきっと、この誘拐事件は………」
その時、急に鳩の郵便屋さんが号外の新聞を投げ込んでいった。新聞には、ライオンのお子様さらに誘拐される! とでかでかと書かれてあった。
「この誘拐事件は終わらない」
アントレが、哀しげにつぶやいた。号外を見たジョンさんも、哀しげに眉をひそめた。
「誘拐は秘密のはずだった! また誘拐があっただと!? 警察に戻ります」
「ちょっとだけ、待っていただけますか?少しだけ、話し合いの機会を作れると思うんです」
「は? 誰とですか? アントレさんが待てというのなら、待ちますよ」
「犯人とです。きっと来てくれます。レモンさんにお願いして、魔法障壁も何重にもかけてもらいました。あの首輪は、犯人にとって大切なものだ。おそらくジャンヌさんに渡すはずだった。そうでしょう?」
アントレはそう言って、玄関の方を見た。
玄関には音もなく、大きな長い茶色い毛のチャウチャウが立っていた! 青い舌が、印象的だった。瞳は暗く、憎しみに満ちていた。庭の入り口あたりで、たくさんの犬がいた!怖い!!…でも彼らは入ってこれないみたいだった。レモンさんの魔法かな。
「何者かはしらないが、こちらがおとなしくしているうちに首輪を渡すんだ。どうやって我々の居場所を突き止めたのか知らないが……!」
「ジャム・ドレさんですね。兎は耳がいいんです。国中の兎にお願いして、犬と子ライオンの鳴き声をする所を探してもらいました。そして、あなたに手紙を出したんです。本物の首輪はここにあるとね」
「アントレさん、できたら我輩にも情報共有してほしかった……」
「すみません。確証がとれるのが遅くなってしまったんです」
ジョンさんは情けなさそうに言った。アントレは申し訳なさそうに謝った。
ジャムさんは唸り声を上げると、アントレに向かっていった。アントレは突撃をかわした! ジャムさんに足払いをかける! ジャムさんがバランスを崩しところを、ジョンさんと2人がかりで抑え込んだ。2人とも獣人化していた。
ジョンさんの獣人化は、背の高い男性でほぼ人型だった。丸い眼鏡と魅力的な声で、やんちゃなイメージの男性だ。
私は、レモンさんに抱きしめられていた。
ジャムさんが叫んだ!
「俺を捕まえても、ライオン獣人のお子は帰ってこないぞ! あいつらも、愛する者を奪われる哀しみと絶望を知ればいいんだ!ジャンヌが捕まったのだって、ライオン獣人族が戦いに必要な物資をよこさなかったからだ! ジャンヌの人気を妬みやがって!! ……俺は、俺達は、絶対にあいつらを許さない!」
胸が締めつけられるような哀しい叫びだった。私は、レモンさんの手から降りた。ゆっくりとアントレの方へ歩いた。なぜか、少し歩きにくかった。でもそんなの気にしていられない。私はヨタヨタと歩いた。
ジャムさんは、目を見開いて私を見た。
「獣人化した……! ジャンヌと同じ目の色だ。彼女も初めて会った時、これくらいだった……」
「チョコ…! 獣人化できたんだね。おめでとう。こんな時でなかったら、お祝いをするんだけど」
「おめでとう! とっても可愛い女の子だ! 手が空いてたら、拍手したいよ」
「おめでとう! チョコちゃん! こんなに早く獣人化出来るなんて。こんな状況じゃなかったら、ご馳走作って、可愛い衣装を用意するのに!」
獣人化?私が?
鏡を見ると、黒髪のボブで緑の瞳の女の子がいた。頭に黒い耳と黒い尻尾が付いている。あ、ちゃんと動く!
そして、なぜか可哀想なジャムさんは、皆に絶対零度の瞳で見られていた。
「邪魔………」
「邪魔だな……女の子の初めての獣人化のお祝いできないなんて」
「魔法で氷づけにしたら、時間作れるかもしれませんね……」
3人が顔を見合わせてて頷きあった。
レモンさんの瞳が青く透明に輝き、手から冷気が出てきた。
ジャムさんは、真っ青な顔をして震えだした。
「待って! 彼の話を先に聞いてあげてよ。話し合いするって、アントレは言ってたじゃない!」
「あー。そうだったね。初めて獣人化した時は、皆でお祝いして祝福するものなんだ。邪魔するものは、馬獣人に蹴られて死んでしまえって言うくらいなんだ」
「ちょっと遅くなってしまいますが、ちゃんとお祝いしましょうね」
「我輩も後で、とっておきの花束と特製サンドイッチを作ってお祝いするよ」
「ありがとう!ありがとう…!」
私は胸がいっぱいになって、涙が出てくる。嬉しすぎる。
ジャムさんは、観念したようにおとなしくなった。
「初めての獣人化のお祝いを、邪魔して悪かった。俺もジャンヌが初めて獣人化した時、祝ってやったんだ。邪魔する奴には怒ったよ。……なあ、俺をどうする気だ?」
アントレは、静かに言いきった。
「ジャンヌさんを助けに行きませんか。僕たちで!」
ジャムさんは、私達を見上げて、大粒の涙をボロボロと流した。
「誰も……、誰もそんなふうに言ってくれなかった。貴族も王族も神様の加護があるなら何とかなるだろうとか、ふざけたことばかり言っていた。即位した若き獅子王も、貴族の言うことしか聞かなかったんだ……。美しい雌ライオン達に囲まれて美食に明け暮れていた。それが王様の仕事だと……!! ふざけるな!! 俺達は、ジャンヌは、あいつらの玄関マットじゃないんだ!……俺は……、俺達はこの国が好きだよ。犬獣人の多くは、地方の村から来たんだ。村の願い事をクンピララ様に託すために、王都に来るんだ。そのまま王都に住みついたものが、国を守る軍に入ったんだ」
ジャムは話し出した。この国は長年、隣国と戦をしている。隣国の王は、この国の王位継承権を持っている。だから前王が亡くなった時、隣国の王がこの国の王になることを主張した。つまり、この国は隣国に併合されかけた。それに抵抗して戦が始まった。隣国のライオン獣人達がこの国で暴れ、国は荒廃した。
そんな時に、ジャンヌさんが神託を受けたという。信仰心の強いジャンヌさんは、神様の言葉をひたすら信じ犬獣人の軍に入ってきた。危険な戦地へも恐れず仲間と戦った。とにかく可愛かったそうだ。一途でひたむきなジャンヌさんと皆一丸となって戦った。神託を受けたジャンヌさんがいる。この戦いは聖戦だ。死んでも天国へ行ける。皆、そう思っていた。犬獣人の軍の活躍で、不利だった戦況は逆転した。若き獅子王を戴冠させることに成功した。この国は守られたのだ。ジャンヌさんは英雄といわれて大人気になった。仲間の犬獣人達はそれを喜んだ。ジャンヌさんは素朴な方で、ただただ王が即位されて国が守られたことを喜んでいたそうだ。
ところが、王が即位した途端に、ライオン獣人達が手のひらを返した! 自分達の利権だけを求めた。人気のあるジャンヌさんを蔑んで、情報や軍事物資を渡さなくなった。犬獣人達がライオン獣人に掛け合っても、相手にしてもらえなくなったのだ。
国同士の戦は終わっても治安は荒れていて、小競り合いはあちこちで起こっていた。ジャンヌさん達は足りない物資の中、治安回復のために戦い続けた。そして弱った軍の隙をつかれて、ジャンヌさんは隣国に捕まった。最後まで戦地に残り、弱った人達のために戦っていたそうだ。隣国は、ジャンヌさんの身代金を要求してきた。しかし、この国の王族や貴族であるライオン獣人達は、それを無視した。若き獅子王も、享楽にふけって他の王族や貴族のいいなりらしい。ライオン獣人達は仲間達で固まって豪遊し、他の獣人達を見下し始めたそうだ。
「僕達でジャンヌさんを助けに行きましょう」
「……無理だ……。俺達も何度も試したんだ。国境の警備が厳しくてな。入ることすら出来なかったんだ」
「僕には考えがあります。無理じゃありません。つねに必要なのは、正確な情報の収集・解析・行動の構築です」
「………ジャンヌを助けられるのか?」
「助けに行きましょう! 隣国へ!」
アントレは、ジャムさんの話を聞いて、力強く言った。ジャムさんは、まるで小さな子どものようにおとなしくなった。憎しみに満ちていた目は、希望で輝きだした。
「分かった! 俺達で出来ることなら何でもやる! ライオン獣人の子ども達も帰す。といっても、あの子らが帰りたいというかは分からないが……。酷い状態だったよ。育児放棄されていたんだ」
「そうですね。こちらで集めた情報でも、母親役の犬獣人に懐いているそうでしたから。……その情報を公開してもいいですか? 世論を巻き込みましょう」
「世論を?」
「ええ。情報に鋭い仲間がいます。あなた達は誘拐犯でなく『育児放棄された王族の御子を決死の覚悟で助けにいったヒーロー』になってもらいます。ジャンヌさんが帰ってきた時に、戻れる場所はあなた達でしょう。犯罪者では困ります」
「分かった。すまない。ありがとう! 恩にきる!」
ジャムさんは、庭の入口にいた仲間の獣人達に説明をしにいった。アントレとジョンさんは話し合っている。ジョンさんも手伝ってくれるらしい。モグラ獣人の仲間を呼んでくれるそうだ。ジョンは、楽しそうだった。
「特殊部隊サバクキングモグラ隊が、内緒で来てくれる」
「助かります。彼らの掘るスピードは早い。隣国の巨大砂地公園へ行き、地下から入国しましょう」
「もちろん、我輩も行く! こう見えて頼りになるよ!」
「助かります! 頼りにしてます! チョコはレモンさんとお留守番しててね。危ないから」
「むー!」
私はふくれっ面をして抗議をした。でも本当は、もう疲れて眠くて仕方なかった。猫の姿に戻り、暖かいレモンさんの腕の中でウトウトしていた。街の外れにある砂地へ、アントレ達を見送りに行くことになりました。
砂地には、金色のもふもふの塊が、ちょこちょこと動き回っていた。
可愛い…!目も尻尾もない不思議な生き物!それが、特殊部隊サバクキングモグラ達だった。ふかふかスベスベしてそう。
アントレが獣人化する。そして金色の小さな光が、アントレの体から出始めた。彼のスキルかしら。それを見て、私はついに眠ってしまった。疲れたし寝不足かな。一日に16時間は寝ないとね。
レモンさんが、私を籠の中のブランケットの中に入れてくれる。
でもここじゃない。私はもっと狭い所に潜りこんで眠った。気持ちが落ち着く。アントレの匂いがする。お日様の匂い。
だから私が潜りこんだのが、アントレのボディバッグだって知らなかったのよ。悪気はなかったの。
僕達はレモンさんとチョコと別れ、サバクキングモグラの掘る後を歩いて隣国に潜入した、はずだった。スキルは常時発動している。僕のスキルは幸運を呼び寄せるもの。スキル名は『Luck極振り』スキルが発動している間は、なんでも上手くいく。ただ魔力消費が激しいから、レモンさんの魔力回復ポーションを飲まないといけない。長時間は無理。魔力が切れる前にポーションを飲もうと、ボディバッグを開けた。
チョコが入っていた。なぜ!? ………危険な目にあわせたくないが、チョコを送り返すには時間が足りない。
今回の作戦が失敗すれば、ジョンさん達犬獣人は誘拐を繰り返すだろう。ジャンヌさんが処刑でもされたら、誘拐された子ライオンの命も危ない。そうなったら内乱が始まる。隣国はそこを狙い、戦がまた始まってしまう!僕の兎獣人の村を思い出す。隣国が、村へ攻め入ってきて滅ぼされた…!! またあの悲劇を、繰り返すわけにはいかない!!
「チョコ。悪いけど、君を送り返す時間はとれないんだ」
「うん。わかってる」
「なるべく僕の傍にいて。僕のスキルで守るから」
「ごめんね」
「いや……。ひょっとしたら、君の存在が今回の作戦に必要だから、呼びよせられたのかもしれないよ。とりあえず、ジョンとジャムさんに話をしてくる。待ってて」
「うん」
僕は、ジョンとジャムさんにチョコのことを伝えた。僕が責任をもって守ると。そして、連れていく了承を得た。チョコは、借りてきた猫獣人のようにおとなしくしている。
地下を進み、隣国の巨大な砂地の公園へ出た。この公園は、隣国の観光名所だ。夜の公園は誰もいなかった。公園をそっと出て、隣国の獣人達に紛れ込んだ。サバクキングモグラ達は、音もなく砂地の中へ潜って帰っていった。
帰りはジャンヌさんを連れて、自力で戻らなくてはいけない。僕達は人型の姿で、隣国の獣人達に聞き込みを始めた。
何人かに話を聞いてまわるが、いい情報が出てこない。ふと、ソワソワしてるチョコが気になった。僕の服を引っ張っている。何か言いたそうだ。僕の幸運の直感が、チョコを指し示している。チョコの話を聞こう。
私は女の子の姿になって、アントレの後をついてまわっていた。そんな時、ふと何かに呼ばれてる気がしたの。なんていうか、そっちへ行くと、面白いことがあるような…。だからアントレの服を引っ張って、あっちに行きたいと言ったの。だって凄く気になるんだもの!
アントレ達は許してくれた。歩いていくと小さな庭園へ出たの。上品な服をきた猫獣人達がたくさん集まっていたわ。
「猫集会だ! よく分かったね、チョコ」
「猫集会ってなに?アントレ」
「猫獣人は時々集まって、情報交換するんだよ。ジャンヌさんの情報が、手に入るかもしれない!」
「チョコ、お手柄? 褒めてー!」
皆によくやったって頭を優しく撫でられた。やったー!
すると、とても上品で美しい男性の猫獣人が近づいてきた。
「こんにちは。美しいお嬢さん。わたしは猫獣人のメイクイーン・メインクーン。こちらの集会は初めてかな」
「うん。あのね、ジャンヌ・ピールさんのことを知りたいの。何か知ってることがあれば教えてください」
「ジャンヌ……明日の夜明け前に、中央広場で処刑される、隣国の魔女のことかい?」
それを聞いたジャムさんが、顔を真っ赤にして飛び上がった。アントレとジョンさんが、ジャムさんを必死でなだめている。ジャムさんは、一心不乱に先頭を走りだした。
私達も追いかける。やがて、大きな広場に出た。たくさんの獣人達がひしめきあっている。広場の中央に、高い段が作られていて、薪が積み上げられていた。
そしてその横に、鎖に繋がれた真っ白なポメラニアンがいた。めちゃくちゃ可愛いー!!
「ジャンヌー!!!」
ジャムさんはそう叫ぶと、人混みをかき分け一直線に走っていった。広場の獣人達は、何事かと騒ぎ出した。これって不味い気がする。私は、心配になってアントレを見た。アントレは静かに笑っていた。
「予想の範囲内です」
「でも、このままだと処刑されるのが2人になるだけだね! 我輩の出番かな!」
「そうですね。お願いしますよ、ジョンさん!」
「まかせてくれ!」
ジョンさんは、近くの家の壁によじ登った!そしてマイクを取り出す。大きな声でシャウトする! その瞬間、ジョンさんの体から甘いようなしびれるような光が、大広場いっぱいに広がる。この光はおそらくジョンさんのスキルだ。他の人には見えてないみたい。
「イエアァー!」
「キャアァァァー!!!!」
黄色い歓声が大広場にいた獣人達から上がった! 皆、目がハートになっている! こっちの方を向いて獣人達は、ジョンさんを追いかけ始めた! 凄い!魅了系のスキルかな。
「じゃあな。我輩は逃げる!後はよろしくやってくれ!」
ジョンさんは、大広場の獣人達を引き連れて走り去った!もの凄い数の獣人達が、ジョンさんを追いかけて街中を走っている。大広場の獣人を連れ出し、私達が動きやすいようにしてくれたのだ。
ジョンさんはしばらく走ると、モグラの姿に戻って、地中に潜って姿を消した。
「行こう! チョコ! ジョンさんが作ってくれたチャンスを無駄にしてはいけない!」
「うん! 分かった!」
アントレは私を子猫の姿に戻させる。そして素早く私の体を抱え、高くジャンプした。ぴょんぴょんと脅威の跳躍力で跳んで、処刑場の前に華麗に着地した。ジャムさんは、処刑場を囲む柵を体当たりして壊し、中へ入った。そしてジャンヌさんのいる場所まで駆け上がった。役人の獣人達も、ジョンさんを追いかけていって、誰もいない。
ジャンヌさんは何が起こったのか分からず、呆然としていた。ジャムさんは必死で、ジャンヌさんを繋いでる鎖を解こうとした。
「怖かっただろう! もう大丈夫だ! 助けにきたからな! こんなにやつれて…! 可哀想に!」
「ジャム……? 私は夢でも見ているのか?」
「助けにきたんだよ!! 王家は動いてくれなかった! 王様は雌ライオン獣人達に囲まれて、贅沢三昧さ!」
「そうか……王は……私をお見捨てになったのだな……」
「大丈夫だ! 俺が守ってやるからな! 仲間もいるんだ!……くそっ! どうやったら、これ外れるんだ!」
「仲間……貴公らがそうなのか?」
「ええ。そうです。ジャンヌさんの鎖……僕に貸してください」
アントレは、さっと鍵を出すとジャンヌさんの鎖を外した。どこから鍵を持ってきたのか、不思議だった。
「運良く、役人が落とした鍵を拾ってね」
「 助けてくれてありがとう。幸運系のスキルか。極めれば最強のスキルと聞く」
「僕のはたいしたことはありませんよ、ジャンヌさん。そんなことよりも早く逃げましょう。建物内の役人達が出てくる前に!」
「そうだな! 逃げよう!」
獣人姿のアントレは、子猫の私を抱いて駆け出した。ジャムさんもチャウチャウの姿に戻った。白ポメラニアンのジャンヌさんと駆け出す。その姿の方が早いのかな。うなり声が後ろから聞こえてくる。建物内の役人達が気づいたらしい。追いかけてきたのだ。恐ろしくてたまらないけれど振り返ってる暇はない。私達はひたすら走り続けた。
慣れない道を、時にはアントレが、時にはジャンヌさんが道を示す。やがて山道に入った。象の形の山に来たと分かった。もう少しで帰れる! アントレは、ポーションを飲み続けてスキルを出している。
そしてポーションはなくなってしまった。だんだんと、アントレの体から出ている光が弱まってきている。
「アントレ、大丈夫なの?」
「大丈夫! ちゃんと皆で帰ろう! そしてチョコの初獣人化のお祝いをしないとね」
アントレは静かに笑って言った。超人的な速度で走り、驚異のジャンプで山道を駆け抜ける。アントレのスキルのおかげなのか、怪我もなく走り続けられた。私は彼の凄さに感動した。
アントレの放つ光がどんどん小さくなってきた。そして、急に彼が倒れた!
「アントレ!!」
「魔力切れだ! 動かさないで! 休ませてあげなければ、命に関わる!」
「ええ!?」
「俺達が守るから休ませよう!」
ジャンヌさんが、アントレが休める場所を探してくれた。彼を寝かせてあげる。でも、ライオン獣人達のうなり声に周りを取り囲まれてしまった。ジャムさんとジャンヌさんは、獣人化して武器を手にとる。ジャンヌさんは、とても綺麗な人の姿だった。だんだんライオン獣人達が近づいてくる。ジャムさんもジャンヌさんも、ライオン獣人達と戦い始めた。ライオン獣人達も獣人化して戦う。ジャムさんは力強い剣捌きで、相手を倒していく。ジャンヌさんは、華麗に敵の攻撃をかわして、隙をついて的確に倒していく。まるで、敵の攻撃が分かってるみたいだった。
でも追手は次々と現れて、2人も疲れで動きが鈍くなっていった。
「ジャム、ずっと私を守り支えてくれた。処刑される私を助けにきてくれた。ずっと牢の中で考えてた。おまえに、仲間達に会えたらちゃんと……感謝を伝えたいと。おまえに出会えて本当によかった! ありがとう!」
「ジャンヌ……! 俺もそうだよ。おまえと出会えて退屈な人生が変わった!」
2人はついに動かなくなった。血の匂いがする。怪我してるんだ!
私は動かなくなった2人とアントレの前に立った。恐怖で尻尾がぱんぱんに膨らむ。必死で猫パンチを繰り出す! 力一杯、ライオン獣人達を威嚇した。少しでも近づいてくれば、爪でひっかいてやる!
ライオン獣人達は、鼻で嘲笑った。でも、近づいてこようとすると転んでしまって近づけないみたいだった。彼らは不思議そうだった。私はその理由が分かってる。私は泣き叫んだ!
「アントレ! もういいよ! スキルを解いて! 死んじゃうよ!!」
アントレの微かな光が、私を包みこんでいる。アントレは気を失っているのに! ライオン獣人達が私を襲えないのは、彼が私にスキルを使い続けているからだ。 休ませなければ命に関わると、ジャンヌさんは言った。恐い!! どうなるの!?
恐いよ! レモンさん! あの暖かい日々が今は遠い! 会いたいよ、レモンさん! 私は猫パンチを繰り返す!皆で歌って踊った。懐かしい! レモンさん、心配してるだろうな…
「レモンさーん!!」
「はい」
ついに幻聴が…?空中に浮かんでニコニコしてるレモンさんが見える。これが走馬燈っていうやつなのね。幻のレモンさんは、ちょっと拗ねた顔をしている。
「もう! 探したんですよ。でも、上手にスキルを使えるようになったんですね。ちゃんと声が聞こえましたよ」
「スキル……?声……?」
「スキル『招き猫』です。福を招きよせる、人やお金を招くんです」
「幻じゃないの…? あのね! アントレが……皆が……ヒックヒック……」
泣いてしまって、うまく説明できない。そうだ! ライオン獣人達! レモンさんも危ない!! ……あれ?遠く離れてる。こちらを警戒している。レモンさんが恐い……の? レモンさんは地上に降りて、アントレ達の体に触れ、何か呪文を唱えていた。アントレ達の息が穏やかになったのが分かった。よかった……!
レモンさんの両目が、黄金色に輝きだした。レモンさん、怒ってる!?
「うちの大事な下宿人になんてことを……!」
レモンさんの体から、光が出て天に突き抜けていった。そして天から4つの光の玉が降りてきて、レモンさんの体を突き抜け大地に入っていった。
「怖い目にあってもらいましょうか……『ゴーレム召喚』」
地面が揺れ出した。
追手達は怯えていた。圧倒的有利だったはずだった。なのに突然人が現れて警戒して様子を見ていたら、大地震が起こったのだ。こんな話は聞いていない。こんな大魔法を軽々と扱う奴がいるなんて!
チョコも怖かった。あまりに怖くて、レモンの服の中に逃げ込んだ。
怖い!!何これ!?地面はゴゴゴ……と大きな音をたてて、激しく揺れている。私は、ひたすらレモンさんにしがみついた!……今だけ、気絶しているアントレ達がうらやましい。
当時、遠くから見ていた獣人達は言った。象の頭の形をした山が盛り上がり、象になって暴れ出した、と。
世にも恐しい光景だったそうだ。怒れる山の象ゴーレムは、ライオン達を鼻で薙ぎ払い足で踏みならし天を仰いでパオオーン!と鳴いた。そして山に住む獣人達は、全員深く眠っていて何も覚えていなかった。この事件は「クンピララ山の怪異」と、今も語り継がれている。
レモンさんの体を貫いた光は、誰も見なかったそうです。私が魔眼だから見えたのかな。
その時の私は、レモンさんの服の中でガタガタと震えていた。やがて、怯える私の体にそっと触る爪に気がついた。……爪!?アントレかな。目が覚めたの?服の外を見ると、小さな龍と目が合った。私を心配そうに見ている。龍は光の球に包まれている。あの光の玉は、龍達だったんだ。くるくるとレモンさんの周りを、龍達が嬉しそうに飛んでいた。可愛い……!!
……レモンさんに読んでんもらった本を思い出す。龍は誇り高き存在。同族の龍人族にしか懐かない。天空に住まうといわれる。幻の存在。レモンさんは、幻ともいわれる龍人族だったんだ! カッコいい!!
「私がこの魔法を使ったことは内緒ですよ」
レモンさんは、口に人差し指を当てて笑った。いつの間にか、私達は雲でできた龍に乗って飛んでいた。レモンさんの魔法らしい。
雲の龍は私達を乗せて、高く高く天へと昇っていく。雲を突き抜け、遙かなる高みまで。雲の上から地上を見ると、遙か遠くまで見渡すことが出来た。広い大地の向こうに、大きな水溜まりがあった。きっと、あれが「海」だわ。見ていると、海と空の境目がうっすらとオレンジ色に変わってきた。アントレ達が目を覚ます。
僕は、昔の夢を見ていた。幼い頃、母と兎獣人村で暮らしていた。近くには黒兎の家族がいた。子沢山で、僕とも仲良く遊んでくれた。ある日突然、ライオンの群れが兎獣人の村を襲ってきた。僕は慌てて逃げ出した。発動できるようになったばかりのスキルを使って。
そして、なぜか誰もいない荒地へ逃げ出していた。そこには昨日まで何もなかったはずの荒地に、巨木が生えていた。そこで力尽きてしまった。目を覚ますと、魔女のレモンさんに介抱されていた。巨木の中は家になっていたのだ。彼女に魔力回復ポーションを飲ませてもらい、驚くほど魔力が戻った。
……このポーションが必要だ。魔力があれば、村の皆を、お母さんを救えたかもしれない。
レモンさんはこの国に来たばかりだと言った。この国に馴染もうと焦っていた。僕達は話し合って、レモンさんがこの国に馴染めるよう手伝う代わりに、魔力回復ポーションを分けてもらうことにした。レモンさん家の下宿人になった。スキルを鍛え上げ、体も鍛える。兎獣人達と話し合って、自分達を守るためにうさぎ結社を作った。情報を交換し合い、問題を解決して平和を守るのが目的だ。長はアンゴラウサギの獣人。フワフワもこもこの毛が特徴。彼は忙しすぎて、この前会った時に巨大な毛玉と化していた。毛の手入れは大切だ。
チョコに出会った時、幼馴染みの黒兎達を思い出した。元気で好奇心が強く、可愛い。そうだ。帰ったらチョコのお祝いをしなくてはいけない。とびきり楽しい思い出を作ってやりたい。
そうして目が覚めてみると、僕は遙か天空にいたのだ!びっくりしたよ!一瞬、本気で天国に来てしまったかと思った。体中が痛むから、すぐ現実だと分かった。なぜかレモンさんがいる。おそらく彼女の魔法で、あの場を脱出できたのだろう。ジャムさんとジャンヌさんも、目を覚まして驚いていた。助かったんだ、僕達は…。本当によかった。
目を覚ましたアントレ達は、とても驚いていた。レモンさんが、私のスキルに呼ばれてきたことと雲の龍に乗って脱出したことを話してくれた。象のゴーレムのことは、私とレモンさんとの秘密だ。巨大な光の玉が、東の海から昇ってきた。夜が明けたんだわ。ジャムさんとジャンヌさんも、朝日を見ていた。
「……こうして夜明けを見ることができるなんて……! ありがとう! 助けに来てくれて……!」
「ジャンヌ……! もう一度会うことができたら、俺はおまえに申し込もうと思っていた! 結婚してくれ! ジャンヌ!」
「ジャム……! 気持ちは嬉しい! しかし、クンピララ様は私の結婚を許してくださるだろうか……」
『許しますよ、ジャンヌ』
美しい不思議な声が響きわたった。朝日を背に、白い布を幾重に重ねた服をまとったワニの獣人が空に浮かんでいた。ジャンヌさんが驚いて、頭を下げた。皆も頭を下げる。私も下げた。
「クンピララ様!なぜここに!?」
『私の住んでいる山が大暴れしたので、誰の仕業かと見にまいりました』
レモンさんは、明後日の方を向いてしれっとしている。クンピララ様は、微笑まれて話を続けた。
『仕方がなかったことなので、今回は大目に見ますよ。そしてジャンヌ、今までご苦労様でした。この国は隣の国に併合されて消えさる運命でした。そなた達の活躍で回避できたのです。もう十分。ありがとう。そなたの望みはありますか?』
「クンピララ様……! もったいないお言葉……! 私は牢の中で考えておりました。もし生きて戻ることができたなら、私を支えてくれた仲間達に会って感謝を伝えたいと。そして普通の娘に戻ってやり直したいと夢見ておりました。もし叶うならば、ジャムと結婚して普通の娘の人生を送りたいのです」
「ジャンヌ……! 俺は最高に嬉しい。ありがとう!」
遙か上空の雲龍の上で、昇る朝日を背景に、ジャムさんとジャンヌさんの結婚式が行われた。美しい幻想的な鳥が現れて、歌い舞い踊る。レモンさんが持っていたポーションをお神酒代わりに、交互にいただく。誓いの言葉を交わした。いろいろと省略しているそうだけど、2人は夫婦になった。
胸に熱いものが込み上げてきた。感動的でした。まさに天空の結婚式!
雲龍に乗った私達は、荒地に戻ってきた。ああ、ここが一番ホッとできる。レモンさんに手当てをしてもらい、皆で横になって休もうとしていた。
その時、ガオー!っと大きなライオンの吠え声が聞こえた。恐怖で体がすくむ!見ると、とても綺麗な男性の獣人がいた。茶色のふさふさしたオールバックのロングヘアーで、豪華な服を着ている。
彼を見たジャンヌさんが、びっくりして彼に跪いた。
「王! どうしてこんなところにいらっしゃったのですか! 供のものは!? お一人は危険です!」
「ジャンヌ! すまなかった!」
王と言われた獣人さんは、頭をジャンヌさんに下げた! ジャンヌさんもジャムさんも固まってしまった。レモンさんは、皆怪我して休まないといけないのに……ぶっとばしていいかしら?と呟いていた。アントレがそれを止めていた。
「私は愚かだった。貴族達におまえのことは任せておけと言われて、任せっきりだった。何も知ろうとしなかった!
周りにチヤホヤされて、美女と美酒に溺れるのが良き王だと信じた! 今朝、なぜか城の一部が壊れていて、これが投げ込まれていた。それで実情を知ったんだ!」
お城が壊れていたのは、象ゴーレムが暴れたせいかなと思った。王様は鳩鳩新聞と書かれたものを持っている。その新聞には、王族や貴族が救国の乙女ジャンヌさんを見殺しにしようとしたこと、犬獣人達が育児放棄された子ライオン獣人を決死の覚悟で助け出し、保護したことが書かれていた。
「国中の獣人達が、怒って城に殺到している。私は雲龍に乗ったおまえ達の姿を見て、抜け出してきたんだ。ジャンヌ・ピール! もし許してくれるなら、また私を支えてくれないか」
「……いいえ、それはできません。私はもうジャンヌ・ピールではないのです。クンピララ様の祝福を受けてジャムと結婚しました。私はジャンヌ・ドレです。ただの普通の女性なのです」
「な……っ!? ああ、そうか……。ならせめてこの国に留まってくれ。そしてこの国を、私の行く末を見守ってくれ。私が良き王として歩んでいけるように」
「王……! 謝罪を受け入れます。そして感謝します。私はもう貴方の裏切りを苦しむことはなくなったのだから……」
「ありがとう、ジャンヌ。ジャムといったか。彼女を助けてくれてありがとう。どうか夫婦で、今後とも見守ってくれ。ライオン獣人族が仲良くするだけでなく、他の種族の獣人達を不当に見下すことがないように!」
「はい!」
王様はすぐに帰った。きっとこれから大変だろうな。私達は木の家に戻って、今度こそゆっくり休んだのだ。
後日、家のお庭で、私の初獣人化のお祝いとジャムさんとジャンヌさんの結婚披露宴が行われた。
私は、可愛くて素敵なパーティドレスを作ってもらった。レモンさんがつけてるリボンと同じ色のリボンを、ドレスにつけてもらった。私の自慢です!
ジョンさんも奥さんと出席してくれた。約束の特製サンドイッチはとても美味しかった。
獣人化すると、食べられる物も増えるんだって。お腹いっぱい食べました。
最高に楽しいパーティーだったのよ。一生忘れないわ。
私もいつか初獣人化した子がいたら、お祝いをしてあげるの。
アントレとレモンさんと話し合って、私はレモンさん家の子になった。レモンさんの姓をもらって、チョコ・ミントになったの! 素敵!
ジャムさんとジャンヌさんは、なんと、レモンさん家の隣に住んだ。そして荒地に花をたくさん植えている。いつかこの荒地を、花でいっぱいにするのが夢だって。ジャムさんは、貴族の男爵位をもらった。青舌男爵と呼ばれている。貴族会議に参加して、平民達の声を届けるのが仕事だって。
レモンさんが召喚した小さな光の龍達は、そのまま住み着いている。レモンさんにくっついてたり、空を飛んで遊んでいる。
穏やかな日々が流れていく。鳩鳩新聞には、ジャンヌさんやジャムさん、誘拐事件を解決したモグラ警察たちの活躍が書かれていた。私は毎日、隅々まで新聞を読んで疑問になった。アントレは?あんなに大活躍したのに!!死にそうになったのに!私がアントレにそう聞いたら、やっぱり静かに笑っていた。
「こんなものだよ。僕は平和が守られればいい。それで満足なんだ」
「不公平よ!」
「僕はそれよりも、雲龍で上空を飛び回ったレモンさんが、騒ぎにならないことが気になるよ。ジョン刑事が何かしてくれたのかもね」
「そういえばそうね……。ううーん。決めた! 私いつかアントレの大活躍を書いて発表するの! そうね! 題は『アントレの冒険』よ。素敵でしょ?」
「お手柔らかにね」
アントレは笑ってくれた。
私はチョコ・ミント。黒髪の女の子。作家志望の猫獣人。……私はこの時知らなかった。
この世界は本当に刺激的で、さまざまな獣人と事件に、アントレ達と巻き込まれていくことを。
お読みいただき、本当にありがとうございます。