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笑う邪神官  作者: marvin
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第7話:働け!無職の冒険者(Aパート)

 村を出るなり、それがいた。

 道の真ん中に二本足で立ち、ロゼールとハルタを見おろしていた。

 頭は艶のある茶褐色の鹿毛。

 だが身体は――見慣れたくもない、生白い全裸の中年男だった。

 酸っぱいものが喉元まで込み上げ、ロゼールは半眼でそれを睨んだ。

 馬男の股間には、尻から伸びた尾が垂れている。

 前面は、臍まで格子模様に覆われている。

 ロゼールの純潔の誓約は今日も八面六臂の大活躍だ。

「誰あろう、この私こそ――」

「神罰、覿面」

 魔神の大見得が終わらぬうちに、ロゼールは黄金の翼(エルドール)で斬り捨てた。

 ――喋っていたが、知ったことではない。

 涙目で訴える馬男は、呆気なく黒煙となって消え去った。


 当面の目的地はアンスライン――ロゼールの意向だ。

 少なくとも留石村より大きな神殿がある。

 少なくともフェリクスより真面目な神官もいるはずだ。

「あら、アナタ破門されたんでしょう?」

 ハルタに言われて、ロゼールはむうと口を尖らせた。

 破門強行の権能が付与された神罰器(バニッシャー)のせいだ。

 そんなものに撃たれなければ、邪教に堕ちることなどなかった。

 ハルタがきゅるんと目を向ける。

 ――そうでなければ辻褄が合わない。

 破門が棄教の原因とわかった以上、高位の司祭を頼って慈悲を乞うほかない。

 あるいは神器を――いや、それは駄目だ。

 このうえ、大神殿の禁忌まで侵すわけにはいかなかった。


「ねえ、このままてくてく歩いて行くの?」

 村を出るまで乗り気だったハルタも、じき山道に飽きてしまった。

 猫みたいに気まぐれだ。

「無理について来なくてもいいんだぞ」

 つい、売り言葉に買い言葉だ。

 心にもないことを言ってしまった。

 内心、ロゼールは悲鳴を上げる。

 このまま独りなんて、とんでもない。

 また今みたいな魔神が出たらどうする。

 涙目のまま、じっと睨みつけた。

「可愛い信者を見捨てたりしないわよ」

 ハルタが笑った。

 完全に見透かされていた。

「でも、面倒ね。さっきのを使いましょうよ」

 何気に言うと、ハルタは背に掛けた聖杖を無造作に振った。

 不意に黒煙が渦を巻いて凝り固まる。

 目の前に立派な栗毛の馬が現れた。

 ロゼールはかくんと顎を落とした。

 唐突にも程がある。

 無詠唱。無触媒。儀式のない召喚。

 ――あり得ない。

 これが邪神の聖霊術なら、奇跡の施術だ。

 その馬の頭は、今しがたロゼールが斬った魔神と瓜二つだった。

 見た目は正真正銘、四本脚の馬だ。

「ええ、そんなことだと思っていましたよ。私を使役するつもりなんですね。私が馬だから。物言わぬ家畜だから。鞭打ち、重い荷を曳かせ、ボロ切れのように使い潰した後で美味しくいただくつもりなのでしょう。ええ、私にはわかっていましたとも」

 いや、本物の馬ではなかった。

 魔神の化身だ。

 思えばハルタの折れた杖は、魔物を封じていたという話だ。

 つまり――

「哀れな家畜を組み敷いて、その尻を背に擦り付け、私の柔らかな腹を締め上げて――鞭を、鞭をッ」

「黙れ」

 ロゼールは、黄金の翼(エルドール)の切っ先を馬の鼻面に突きつけた。

「黙ります」

 馬が口を噤む。

 何だこれはと、目でハルタに問う。

「乗らないの?」

 子供のような目でロゼールに訊ね返した。

「絶対に嫌だ」


 馬にはハルタと旅道具だけを乗せた。

 ロゼールは手綱を曳き、外套の下に黄金の翼(エルドール)を担いでいる。

 何もない胴体から馬具が生え出す光景は、見ていてぞっとしたが、そもそも馬が宙から沸き出たことが異様だ。

「正確に言うと、これのおかげ」

 ハルタが馬の背で聖杖を翳して見せた。

 中ほどを継いで黒革の帯で留めてある。

 出会い頭にロゼールが折った杖だ。

 ハルタの差した杖頭に、生命符(アンク)の楕円に鎖で吊られた二つの指輪がある。

 鉄と真鍮でできており、見たこともない紋が刻まれている。

「早漏紋の指輪ですね、忌々しい」

 馬がぼそりと呟いた。

 ロゼールが睨むと口を閉じる。

「外なる神を使役する神器。手に入れたのは、たまたま」

 邪神の代理神官であれば――と、つい納得しかけたが、決して軽々しく転がっていてよいものではない。

「こんな変態をどうする気だ」

 しかもハルタは一連の怪人を魔神と呼ぶ。

 それもロゼールには耳慣れなかった。

 魔と神の名を冠するものなど、あり得ない。

「ええ、存分に罵っていください。その唇で口汚く罵られるたび私は、私はッ――」

「おまえは喋るな」

「あら、使うのよ。でもそうねえ、本当はもっとたくさんいたのだけれど」

 ハルタはわざとらしく空を見上げ、小さな溜息をひとつ吐いた。

「杖が壊れてしまったせいで、ほとんど逃げてしまったわ」

 その嫌味は何度目か。

 ロゼールはぎりぎりと歯噛みした。

「大きなお尻の下敷きになって」

「大きくない」

 ハルタの聖杖が折れたのは事故だ。

 杖が尻より脆弱なのが悪い。

 とはいえ、そのせいで魔神が出没するようになったのだとしたら。

 知ったことか――そう開き直れないほどには、ロゼールも生真面目だった。

 魔神征伐もまた、道中の目的だ。

「あら、向こうにお家が見えて来たわよ」

 拗ねるロゼールを気にした風もなく、ハルタは弾んだ声でそう言った。


 ◇


 アンスラインまでは二日の行程だ。

 荷運びに馬が増えたとはいえ、徒歩の速さはそう変わらない。日割りも同じだ。

 旅程の途中には、数世帯が暮らす小さな集落が幾つかある。

 そこで宿を借りるのが、この辺りの猟や行商の常だ。

 飯の材料も持ち寄るが、里から荷や手紙を届けるのが宿代の代わりだ。

 大抵が顔見知りや知人の筋だ。おかげで、そんな習慣も成り立っている。

 長らく村を離れたことがないというハルタだが、近隣には知られているらしい。

 ここでも快く受け入れられた。

 こんなに妖しい邪神の代理神官なのに。

 とことん気の抜けた風土だ。

 ちやほやされるハルタに拗ねて地を出したロゼールは、すぐに身元がばれた。

 隠密任務ゆえ、どうかご内密に――

 誤魔化すも、聖騎士ロゼール・ヴァルキュリエ参上と色紙をせがまれた。


 そうこうするうちに、アンスラインだ。

 喋る馬を杖に戻して、村に入った。

 まずは神殿を訪れる。

 ロゼールはそう主張した。

 施設はたいてい集落の中心にあるはずだ。

 急いてロゼールは足早に歩いた。

 緋色の襟巻、緋色の頭巾。

 裾の短い給仕服。

 気づけば人通りの特異点になっていた。

 さすがにロゼールも人の目が気になる。

 むしろ、いつの間にか慣れてしまった自分が恐ろしい。

 ロゼールは小走りに神殿に向かった。


 秩序神閥(コスモスリーグ)解放神閥(ケイオスリーグ)の神殿が二つ並んでいる。

 数なら留石村のような合祀神殿が多いが、都会育ちのロゼールは感覚が違う。

 二大神閥がひと棟にあるのは、国家大神官のいる大神殿くらいだった。

 秩序神閥(コスモスリーグ)の神殿を覗いたロゼールは、留石村で神罰を落とされたのを思い出し、いつでも飛び出せるよう身構えて扉を潜った。

 他宗の神殿にもかかわらず、ハルタは散歩でもするようについて来る。

「神殿なんてただの箱。そこでしか神を感じられない、アナタたちがおかしいの」

 ハルタは、ふふんと嘯いた。

「アナタももっと修練すれば、どこでだって感じちゃうわ」

 そんなのは御免だ。

 神殿はがらんとして人の気配がなかった。

 神官も信者も、誰もいない。

 聖務室を訪ねてみると、どうやら揃って寄り合いに出ているという。

 一人も残さずとは奇妙な話だ。

 行き先は、ファルテリンデという街らしい。

 ここらからさらに五日ほどかかるという。

 気負ったロゼールは膝から落ちた。

 ただ、職員は気になることを言った。

「予定を過ぎても、神官さま方が帰ってこないのです」


 ◇


 少し探ってみる必要がありそうだ。

 ロゼールは、魔神の跋扈が気にかかった。

「それで、商工会に?」

 ハルタは問うが、情報と流通は商工会の――流転神閥(エヴォルリーグ)の権域だ。

 自身の利害を除いては、あくまで中立的に管理している。

「それって、ダメじゃない」

 貨幣神(ラビータ)報知神(ラビリス)――流転神閥(エヴォルリーグ)の双神は、俗世に降りた外なる神だ。

 言わば商工会が神殿にあたり、その神棚に祀られている。

 他の神閥と兼ねることも普通だ。

 ロゼールのよく知る商工会は、視伝盤が壁一面に並び、腰は低いが強かな目の職員たちが整然と詰めている印象だった。

 アンスラインのそれは違った。

 調子の外れた音を立てる音伝盤がひとつきりの、小ぢんまりした古い建屋だ。

 職員も、うつらうつらした老人と、月遅れの雑誌を眺めている女の二人だけ。

 日焼けした壁の隅に、埃を被った双神の神棚が放置されていた。

 職員の女は、奇異なものを見る目でロゼールを一瞥する。

 ハルタを見て顎を落とした。

 にわかに雑誌を放り出し、猿がノミを取るように髪をいじり出す。

 ロゼールは受付台にのしかかった。

 仰け反る女に身を乗り出し、ファルテリンデの状況を訊ねる。

 結論は――不明だ。

 祭りの商機に賑わっていたが、ある日を境に街と連絡が途絶えたという。

 むしろ状況が酷くなった。

 薄目にロゼールの格好を見て、職員の女は半笑いで言った。

「疫病の疑いもあるとかで、冒険者協会(フリーターズギルド)で派遣医師の警護を募ってるそうですよ」

 貴様、頭巾を取って見せてやろうか。

 首を伸ばしてハルタを盗み見ようとする女に、ロゼールはひとしきり唸った。

「旅でしょう、宿でしょう、神殿でしょう。情報を集めて、冒険者協会」

 ハルタは気楽なものだった。

「何だか、私たち本格的ね」


 ◇


「うわあ」

 思わず絞り出すような声が出た。

 犇めく原色の鎧姿が、一斉にロゼールを振り返った。

 冒険者協会(フリーターズギルド)を覗いたロゼールの、それが第一声だった。

 武装と呼ぶのも怪しい輩だ。

 鎧のどれもが実用性に乏しく、儀仗より遥かに派手だった。

 身体の何を守っているのかわからないものや、いっそ馬鹿には見えないと開き直ったような半裸姿も闊歩している。

 この輩はいったい何と戦っているのか。

 周囲を眺めたロゼールは、商工会の女に仲間と思われたことに気づいた。

 屈辱だ。

 だが、否定できない。

「魔神かと思っちゃった」

 ハルタの反応は軽かった。


 田舎にしては広い建屋に人が溢れている。

 奥の受付は長蛇の列だった。

 壁には張り紙や資料はあるが、誰もそれを見ていない。

 ファルテリンデの案件については、どこを見ても確かめようがなかった。

 今まで関わりがなかっただけに、ロゼールにも勝手がよくわからない。

 とりあえず窓口の列に並んでみたものの、居心地は最悪だった。

 大勢が辺りを闊歩しながら、互いをぎこちなく品定めしている。

 列の前後もその周りも、一様に自身の装束を得意気に強調し、それ凄いですねと声をかけられるのをそわそわと待っている。

 居たたまれない。

 ハルタといえば、どこ吹く風だ。

 襟巻で口元を覆っていてさえ、きらきらの美少年は隠せない。

 みな片っ端から魅了されるも、頬を張られたように我に返る。

 弾かれた無数の視線が卑屈に宙を彷徨った。

 天然モノは強かった。


 列の進み具合は遅々としていた。

 先の方から、きんきんとした怒鳴り声が聞こえてくる。

「依頼主は儲けることしか考えていない」

「右から左に紹介しているだけのくせに」

「まだ隠しているはずだ、差別する気か」

 ――帰れおまえら。

 憤りながら去って行く中には、親子連れも多くいた。

 これが冒険者(フリーター)か。

 ロゼールは呻いた。

 たとえ改宗が叶おうと、ロゼールがこのまま騎士団に留まれる保証はない。

 改めて周りを見渡した。

 ――自分は親の脛を齧って生きるしかない。

 名家の生まれでよかった。


 ようやく窓口の前に辿り着くと、受付嬢が死んだ鯖の目で二人を見上げた。

 苦情と無理難題に擦り切れている。

「アナタ、頑張り屋さんなのね」

 ハルタが声を掛けた。

「でも、自分のために頑張んなきゃだめよ?」

 受付嬢が声を上げて泣き出した。

 こんなところで勧誘するな。

 ロゼールがハルタを睨む。

 受付嬢が洟を啜るのを待つ間、ロゼールは後ろに続く列をぼんやり眺めた。

 冒険者(フリーター)って何だ。

「依頼を貰ってるだけだから、この人達のは冒険じゃないわね」

 ハルタは涼しい顔で切り捨てた。

 一転、受付嬢は饒舌になった。

 調子に乗ってハルタに連絡先を渡そうとするのを牽制しつつ、ロゼールはファルテリンデの案件を訊き出した。


 流行り病の噂が情報途絶に輪をかけたらしい。

 往来の自粛が先行し、医者と薬品を含めた有志の調査団が募られた。

 ただし、野盗が出るという。

 しかも、魔物を連れている。

 真偽はともかく、魔物とあっては警団や役場の駐屯兵では手が回らない。

 肝心の神殿は機能不全だ。

 そこで、冒険者協会(フリーターズギルド)が護衛の募集を拡大した。

 集まったのが、この輩だ。

 魔物退治で一旗揚げるという、人生の逆転を選んだ冒険者(フリーター)たちだ。

「でも、先ほど枠が埋まってしまい――」

 男が受付に割り込んだ。

「本当に魔物が出るそうじゃないか。どうなってるんだ」

「阿呆か貴様」

 ロゼールが反射的に男を蹴り飛ばした。

 やってしまってから凍りついた。

 蹴られた男は後ろの数人を巻き添えに、壁まで転がって張り付いている。

「枠は空いたか?」

 努めて平静にロゼールは訊ねた。

「あ、はい。どうぞ、こちらを」

 受付嬢も見ぬふりをして、ロゼールに書類を差し出した。

 手続きの間、受付嬢はずっとハルタを盗み見てロゼールに生返事だった。

 ハルタは無自覚に冒険者(フリーター)の心を折りながら、機嫌よく笑っている。

 こんな調子で、よく邪神教が拡がらなかったものだ。

 ハルタを村から出したのは失敗だったかもしれない。

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