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「普通」基準値。

作者: フツキ

「貴方は、「普通」基準値を超えました。政府によって然るべき施設に送られます」

 私は己の身分を証明するための手帳を目の前に突き出しながら、毎日繰り返す呪文のようなこの言葉を、基準値を超えた人たちに告げている。それが私に与えられた仕事だからだ。

 政府は数年前、「普通」基準値なるものを制定した。政府が決めた「普通」を超えてしまった者は、矯正施設に送られることになる。その内容は秘匿されていて、私たち職員ですらその詳細を知らされていない。ただし何らかの基準値はきちんと設定されているようで、犯罪者など見るからに「普通」でない人たちが、施設送りとなっていた。

 しかし最近になって、どうして基準値を超えたのか、私にも分からないような「普通」の人たちが、施設送りになることが多くなってきたように感じ始めた。特に問題なく社会に溶け込んでいる人間ですら、基準値を超えていれば、容赦なくその日から家族などと離れ離れになり施設送りとなる。

 そして施設送りになった人がどうなるのか、どうなったのか、政府はまったく公表しなかった。それに対して異論を唱える人たちもいたのだけれど、これによって様々な問題が緩やかにだが解決に向かっていく流れには逆らえなかった。

「「普通」って、何なんですかね」

 次の対象者の家に向かう車中で、私はそうぽつりと呟く。この仕事に就いて後悔はない。上司や同僚に恵まれ、仕事も通告をするだけだから、さほど苦労もしない。まあこれも公務員だし、ここに就職するための努力は、かなりしてきたんだけれど。

 いったい、「普通」とは何なのだろう。それすら疑問にしてはならないのだろうか。基準値を超えた人間のことを探ろうと深入りすれば、それはプライバシーの侵害になってしまう。そして施設から戻ってきた人のことを探ることもそれにあたる。ただ私たちは、貴方たちは「普通」ではないと、通告することしか出来ないのだ。

 もしかしたら私も、明日には基準値を超えて施設送りになる可能性だってある。何故ならばその基準値が分からないのだから。何がどうなって、どのような状態になれば、「普通」ではなくなるのか。そもそも「普通」とは何なのか。何だか哲学みたいだと、私は心中でひとりごちた。

 私たちは今日も、「普通」ではなくなった人たちを施設送りにする。政治家だろうと有名人だろうと関係ない。そこにあるのは、「普通」であるかそうでないか、だけだ。私たちはいつまでこの仕事を続けるのだろう。この世界はいつまで「普通」を追い求め続けるのだろう。もしかしたら、もう「普通」という概念が変わってしまって、誰もが「普通」では無くなっているのかもしれない。そんなことを考えながら、私はぼんやりと流れ行く景色を眺めていた。

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