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愛しけやし吾がつま  作者: かなえ ひでお


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素晴らしく美しいカブは自己評価が高いカブに絡まれる

 ――偶には本以外のものにも目を向けてみなさい。若しかしたら、本の次に好きなものが見つかるかもしれないよ。

 幼いハルジが父親に連れてこられたのは、美術館。家業の関係上、美術品を見極める目を養わせる目的があったのかもしれないが。結果として、ハルジには備わらなかった。ただ、食品の消費期限を見極める目はある。生きていく上で必要な能力ではあるので、父親は「これはこれで良し」と思うことにして、ハルジを家業にかかわらせることを諦めたのだとかなんとか。

 食欲はあれど美意識の欠片もないハルジが、子供の頃以来、足を向けることもなかった美術館を訪れている。ブォーナフェデ家の令嬢ファウスティナとの顔合わせの会場に選出されたからだ。待ち合わせの場所は特別展示室の前。ファウスティナは付き添いの女性を伴い、目印に白い薔薇を一輪手にしているという。一方、ハルジが手にしている目印は、赤い薔薇だ。その他にも、ハルジはブォーナフェデ家の家紋と当主の署名が入った木札を、対するファウスティナ嬢はカウピ家の家紋と当主の署名が入った木札を所持している。それらを相手に見せることで、互いの身元を証明する手段とする手筈になっているのだとか。尚、この演出を考案したのは両家の当主だ。その真意はハルジには分からないし、興味もない。面倒臭いことをさせようと企んでいるなあ、当主たちは忙しいといいつつ、実のところは暇なのかな?という感想を抱いただけだ。


(さて……果たして僕は無事にファウスティナ嬢を見つけることができるのだろうか?)


 父親曰く、ファウスティナは波打つ亜麻色の髪に、南の明るい海のような碧い目をした素晴らしく美しい女性らしい。一目で分かるさ、と、父親は楽観視していたが、甘すぎる。必要最低限の人間の顔しか覚えないハルジの目には、人間は等しく、カブにしか映らないことを彼は分かっていないのだろう。ハルジはこれから、”素晴らしく美しいカブ”を捜索しなければならないのだ。難易度が高すぎて、始める前から憂鬱な気分になる。だが、既に現場まで来てしまっているのだ。一輪の赤い薔薇を手にしたハルジは意を決し、美術館の建物の中に入っていく。




 嘗ては宮殿だったという美術館では、国内外の芸術家たちが精魂込めて作り上げた最高の絵画や彫刻が至る所に並べられている。それらを熱心に観賞している者もいれば、目的の美術品だけをじっくりと見つめている者もいれば、碌に美術品に目もくれず、さっさと歩を進めていく者もいる。ハルジは美術品ではなく、館内の案内図を見て、目的の場所の位置を確認する。それから其方を目指して足を進めていき、歴代の王族の肖像画が集まる広間までやって来た。


(……美術館なのに騒がしい)


 音がする方へと目を向けると、人集りができていて、その中心には二人連れのカブと、ふんぞり返っているカブとその仲間たちがいるのが見えた。


(あれは……白い薔薇?と、いうことは……?)


 二人連れの片方、白い薔薇を手にしているカブを凝視してみるハルジ。


(波打つ……かどうかは分からないけど、亜麻色?明るい茶色?の髪をしているな。この距離では、目の色までは……近づいて確かめてみた方が良いな)


 わらわらと集まっている老若男女のカブの隙間を潜り抜けて、観衆の最前までやってくることができたので、ハルジは亜麻色の髪?のカブを観察する。南の明るい海のような碧い目であるのかは分からないが、彼女の目は碧い。気付けば、ハルジは一歩を踏み出していた。


「恥ずかしがることはない、美しい人よ」

「恥ずかしがってなどいませんわ、困り果てていますの」

「さあ、私の手を取るんだ!新しい世界が二人を待っ」

「お話し中のところを失礼します」


 己に酔いしれているカブの演説は、空気を読まないハルジによって強制終了することとなった。二人連れのカブも、自己陶酔中のカブの仲間たちもギョッとして、邪魔をされた当の本人など、相手に手を差し出した状態で硬直してしまっている。


「白い薔薇を手にされていますが、貴女がファウスティナ・ブォーナフェデ嬢ですか?」

「……ええ、仰る通り、わたくしがファウスティナ・ブォーナフェデに御座います。赤い薔薇……?ということは、貴方がブリュンハルズ・カウピさん?」

「はい、その通りです。ああ、そうだ、お預かりしているブォーナフェデ家の木札を確認して頂けますか?」

「……ええ、間違いないなく、わたくしの父ドゥランテの署名ですわ。アンナ、わたくしがお預かりしているカウピ家の木札を出してくださるかしら?」


 ファウスティナより幾分か年上に見受けられる付き添いの女性、アンナから木札が手渡され、ハルジは父親の署名であることを確認した。こうして、二人の身元は証明され、ハルジは無事に”素晴らしく美しいカブ”を見つけ出せたことに安堵した。


「それでは、特別展示室に参りましょうか」

「ええ、そのように。わたくし、此方の王家の宝飾品を目にするのを楽しみにしていましたの」

「――待て!待つんだ!!私の存在を無視するんじゃない!!!」


 何事も無かったかのようにその場から退散しようとしたハルジたちを制止したのは、漸く我に返ったカブだった。


「お前!私が美しい人と語らっていたのに、横から入ってくるなり、私を無視して話し始めて……無礼であるぞ!!」

「それは申し訳ないことを致しました。待ち合わせのお相手が彼女であるのかを確かめようとしたら、つい」

「つい!?お前、私が誰なのかを理解していないのか!?」


 激昂しているカブを上から下まで眺め、沈黙すること五秒。ハルジは曇りなき眼で答えた――何方ですか?と。その言葉は刃となってカブの胸を貫き、彼は膝から崩れ落ちた。取り巻きのカブたちは慌てた様子もなく彼を立ち上がらせ、その内の一人、ガガル伍長は笑いを必死に堪えているが体が震えてしまっている。


「この方、この国の第二王子殿下であると仰っていたのですけれど、貴方は御存知ではないの?」


 頤に手を当てて、小首を傾げるファウスティナ。ハルジは改めて、彼らに目を向けた。彼らには覚えはないが、取り巻きが着ているのは近衛師団の軍服であることに気がついた。つまり、酔いしれていたカブは王族であることは間違いないのか?


「この御方は、ハムセール王子殿下でいらっしゃいます」


 この人、本気で誰だか分かってないな。と察したガガル伍長が助け舟を出してくれた。


「成程、それで近衛師団の方々が側にいらっしゃるのですね」

「あら、真実を仰っていたのね、この方。実は疑っていましたの、なんだか胡散臭くて。申し訳ないことを致しました、心よりお詫び申し上げますわ、王子殿下。それでは今度こそ、ごきげんよう」


 ハルジたちとガガル伍長たちも会釈をして別れ、一連のやりとりを見ていた観衆は寸劇が終わってしまったのを残念に思いながら、散り散りに。


「うぅ~~~ま、待て!待てえええええ~~~っ!!!」


 本来の待ち合わせ場所であった特別展示室の前まで辿り着くなり、ハルジたちは今一度ハムセールに呼び止められた。額に青筋を浮かべ、顔を真っ赤にしたハムセールが鼻息を荒くして追いかけてきているのが目に入り、彼らは心底うんざりする。


「モジャモジャ頭の眼鏡のチビ!お前!先程ブリュンハルズ・カウピだとか言っていたな!財務院特別会計室のカウピ財務官か!カウピ商会会長の息子の!!!」

「仰る通りです。王子殿下が僕のことを御存知とは、驚きです」


 書類を持って特別会計室に現れるのはハムセール王子の従者だけで、ハムセール自身は一度も訪れたことはない。それ故にハルジは彼の顔を知らなかった。仮に面識があったとしても、脳内の人物名鑑に記録している保証もないのだが。


「財務官とは、我々王族が作成した王族費の支出報告書を碌に確認もしないで、やり直しを要求してくる不届き者の集団。その中でもカウピ!眼鏡のチビは細かいことをネチネチと言ってきて、私の従者どもを泣かせ苦しめていると聞く。それだけでは飽きたらず、私が美しい人と愛を語り合っているにもかかわらず!横から入ってくるなり私に恥をかかせ!挙句に泣いて嫌がる美しい人を奪い去っていくとは!無礼であるし、不敬であるぞ!!!」


 わたくし、あの方と愛を語ってなどいないし、泣いて嫌がりながら奪い去られてもいないわよね?

 ファウスティナが目で語ると、静かに控えているアンナは頷いて肯定した。あの時お嬢様は間違いなく「渡りに船だわ、ラッキー★」と思っていらっしゃったのだから。


「眼鏡のチビよ!お前は私に何の恨みがあるのか!?そうでなくば、こんな非道な真似はできるまい!!」

「僕と王子殿下は初対面ですよね?どうしたら僕が王子殿下に恨みを抱くのですか?逆恨みをするほど、僕は王子殿下のことを知りませんし」


 逆恨みをするほどハムセールには興味が無いハルジが淡々と答えると、勢い良く捲し立てていたハムセールが借りてきた猫のように大人しくなる。妙に格好つけながら考え込むこと数十秒――


「……私の方がお前よりも背が高くて、見目も麗しくて、おまけに身分まで高いから逆恨みをしているに決まっているだろう。お前は大したことのない金持ちの息子というだけで、身分は庶民でしかないことを頭に叩き込み、今後は言動を慎むが良い」


 言うに事欠いて、しょーもない理由をでっち上げるなんてどうかしている。ファウスティナとアンナ、ガガル伍長たちは、この国の王族の未来が心配になってきた。


「確かに僕は背が低い方ですが、だからといって自分よりも背が高い人を恨んだりはしません。身分の違いについても、同様です」


 容姿が秀麗であるかについては興味が無いので分かりません。と、ハルジはハムセールの目を真っ直ぐ見て、話を続ける。


「それから王族費の支出報告書についてですが、王族費は気になる女性への贈り物を購入するためのお小遣いではないので、やり直しを要求しています。王族費は国民の税金から賄われているものですので、それが適切に利用されているのかどうかを調査するのが財務官の職務です。王子殿下や従者の方に嫌がらせをしているのではありません。そもそも王子殿下の領地収入は王族の方々の中でも多いのに、どうして王族費を私利私欲の為に使われるのか、僕には理解できません」


 女性に情熱を向けるのは結構だが、もっと財産管理にも目を向けてほしい。あんなにも条件の良い領地からの収入をドブに捨てるのは勿体ないとしか言えない。

 言われたい放題のハムセールは我慢が限界を超え、一矢を報いようとして口を開いた。


「不敬であるぞ、財務官よ。役人の雇い主は国家、給料は国家が支払っているのだぞ?お前の首など、父上……国王の一言で――」

「御自分では何もなさらなくて、国王の力でブリュンハルズさんを処分して頂くの?いやだわ、格好悪いことこの上ないわ……」


 あ、だめだ、お嬢様のイライラが頂点に達してしまった。アンナは顔色は変わらないものの、冷や汗をかき始める。


「一方的に話し続けることを愛を語らっていると仰って、御自分の分が悪くなると王族であることを笠に着て脅してきて……わたくし、貴方のような生まれが良いだけのちんけな男性が大っっっっっ嫌いです。今一度、幼児教育から受け直して、言動を慎まれては如何かしら?これまでの貴方の言動が、この国の王族の品位を貶めているのだということを自覚なさってくださる?」


 彼らを取り巻いている観衆の一人が拍手をし、その数は徐々に増えていく。そうして拍手の渦が出来上がっていくのを耳にしていたハムセールは顔色と言葉を失い、ブルブルと震えだした。


「さ、今度こそ先に進みませんこと?」


 言いたいことを言いきってスッキリしたファウスティナが、ハルジに屈託のない笑みを向ける。


(あ~あ、こてんぱんにされたなあ、王子。これで大人しくしてくれると良いけど、期待はできないんだよなあ……)


 幼児教育から受け直してこいと、面と向かって言われたハムセール王子のことだから、碌なことをしないのだろう。ガガル伍長が嘆息した、その時――


「こ……の、無礼者がああああっ!!近衛兵ども、こいつらを取り押さえて、首を刎ねてやれっ!!!そして処刑場跡に首を並べて、烏の餌にしてやれっ!!!」


 怒髪衝天したハムセールの叫喚が館内に響き渡った。

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