二百四十八告目 悪は裁かず 31
新当絵馬がはじめて信岡玄を見たのは高校のテニス部の練習試合のときだった。
昼食を摂りながら信岡聖と仲むつまじく話す笑顔から目が離せなくなった。午後の試合で足を痛めた信岡聖を抱きかかえて運ぶ信岡玄の姿に、自分が彼の腕に抱えられるところを想像して妄想にふけるのが日課になった。
そして新当絵馬は信岡玄を手に入れるために動き出す。
兄の新当桂馬を誘導して信岡聖と付き合うように仕向けたのもそのひとつだ。信岡聖が彼を兄妹以上の目で見ていることに気づいたからだ。「わたしの大事な桂ちゃんをあげるんだから、玄さんはわたしがもらっていいでしょう?」純真な妹を装って新当絵馬がそう言えば信岡聖は頷くしかない。そうやって外堀を埋めていった。
クリスマスを口実に何なら体の関係になってしまえばとも思って新当桂馬をけしかけたが、奥手な彼には少し無理な計画だった。それでも婚約という話になって二人で遠くの大学にいくことになったのはうれしい誤算だった。
新当絵馬は一人暮らしになった信岡玄の家で料理をしたり掃除をしたりするようになる。つかの間の新婚気分を味わい来たるべき将来を夢に見た。
しかし大学に行っている間に婚約破棄の騒動になって二人が別れたのは新当絵馬にとっても青天の霹靂だった。信岡聖が戻ってきて今の同棲生活を邪魔される訳にはいかない。
信岡玄に嘘の情報を流してはいたがそれも時間稼ぎにしかならないのは分かっていた。その間に新当絵馬も信岡玄を落とそうと躍起になったが、反対に信岡玄の中の叶わないとは知っても捨てられない信岡聖への想いを見せつけられることになった。
自分の入る余地がないことに気がついても、それでも新当絵馬は信岡玄を諦められなかった。