二百三十五告目 多門真夕貴 16
多門真夕貴はこれまで復讐という言わば暗い幸せのために人を不幸に陥れる矛盾を抑え込んでいた。兎川橙萌を救うためと肯定して自分をどうにか納得させてきた。
しかし纏わり付く幻覚の中に兎川橙萌を見るようになると多門真夕貴はさらに狂っていく。「真夕貴さま」と囁く声や触れてくる手の感触に突然叫んだり涙をこぼしたりするようになる。
(ワタシのしていることは橙萌のため……本当に? 橙萌をこうして感じられるのはもうこの世にはいないからじゃないの? ならワタシがこうしている意味は……)
多門真夕貴は自傷行為を繰り返すようになる。そしてそれを止めようとする城戸琉侍への暴力もエスカレートしていく。
その日も多門真夕貴は血みどろの兎川橙萌の幻覚を見て洗面所の鏡をたたき割った。鏡の破片を握りしめる彼女を鎮めようと城戸琉侍がしがみついてくる。
「お嬢、やめてください! 落ち着いて。オレが……」
「アナタに何が分かるのよ! ワタシにさわらないで!」
不意に男に抱きつかれたことの嫌悪感で多門真夕貴は思わず城戸琉侍の顔を切りつけてしまう。
堪らずうずくまる城戸琉侍を見て多門真夕貴もようやく正気に戻る。
「あ、あ、そんな……琉侍!」
多門真夕貴は血で汚れるのも構わず城戸琉侍の傷を押さえた。
「……謝らないでください。お嬢の痛みは確かにオレには分からないかもしれません。それでも一緒に堕ちる覚悟ならとうにできてます」
そう言って城戸琉侍は多門真夕貴の手の傷を舐めた。
「これが盃の替わりです。これでお嬢とオレは親子だ。許してくれますね?」
それを聞いて多門真夕貴も頷いて城戸琉侍の血を口に含んだ。
その後に城戸琉侍の背中にも赤い影が浮かび上がる。それを多門真夕貴が見つけて言うと「彫り物よりよっぽどいい」と大きく笑ってみせた。