二百十九告目 悪は裁かず 26
「……そうか。お前らがそう決めたんなら俺はもういい」
信岡玄がそう言うと纏う空気が少し緩んだ。これからのことを思えば二人に向けられる目が厳しいものであることは容易に想像できる。死んだ方がましと思うようなこともあるだろう。それを受け入れて生きていくなら十分に罰だろうと信岡玄は判断した。
「それで【あの女】ってのが誰かは話す気にならないか? この中にいるのか?」
信岡玄がそう水を向けても阿川飛名子と奥村稜は名前を出さなかった。
「それは……」
「もう関わらないで生きていこうと決めたので……」
(同じ大学にいて阿川飛名子や葉見契一とも面識がある人間……城戸琉侍を通じて琉星狼を手駒に使ってるなら俺と同じ世界の人間、ヤクザの身内か情婦か? それならいっそ城戸琉侍を締め上げて吐かせるか……)
考えにふけっている信岡玄に君成歩三男が声をかける。
「兄貴、どうにも服を脱ぐのを嫌がって暴れてる女がいるんですがどうしますか?」
「ん? 誰だそいつは」
「多門真夕貴です」
その名前を聞いたとき二人の表情が変化したのを信岡玄は感じ取った。多門真夕貴に視線を向ける。
「ワタシにこんなマネしていいと思ってるの! 今すぐ家に帰してよ!」
顔を赤くして叫んでいる多門真夕貴は父親の名前を持ちだしてくる。
「ワタシのパパは芒月組の幹部よ! どう? ビックリした? 三下なんかお呼びじゃないのよ。今更後悔しても許してあげないわよ! あはははははははっ」
勝ち誇ったように笑う多門真夕貴に同調して城戸琉侍も口を開く。
「お嬢の言ってるのは本当だぜ。そしてオレは芒月組の幹部候補だ。下っ端が手を出していい人間じゃねぇんだよ! 相手が悪かったな、さっさと解放しやがれ!」
信岡玄は城戸琉侍を無視して多門真夕貴に近づいていく。君成歩三男を伴って正面に立つと多門真夕貴は威圧に身を固くする。
「自分から名乗り出てくれて手間が省けたな。お前が【あの女】なんだな」
「だ、だったら何よ! 三下のくせに!」
「三下だってここでお前を殺すことくらいできるんだぜ」
「こ、殺す? そんなことしたらアンタもただじゃ済まないのよ!」
「俺はそれでも構わない。まあ困ることにはならないと思うがな」
「えっ?」
信岡玄は振り返らず後ろの君成歩三男に声をかける。
「歩三男、芒月組って知ってるか?」
「芒月組は九字神組の下ですね。九字神の組長はうちの会長と四分六の弟分です」
「じゃあ子組じゃねえか。くくっ、残念だったな。お前の印籠も役に立たなかったぜ」
「そ、そんな……」
「手間かけさせんな。とっとと服を脱げ」
「ちょっと! いやらしい目でジロジロ見ないでよ!」
多門真夕貴が服を脱ぐと左胸に赤い影があった。これが服を脱ぎたくなかった理由だと信岡玄にも分かった。そしてこれが多門真夕貴を狂気に走らせたのだということも。