二百十七告目 悪は裁かず 24
「ぼくもそうなんです。我が身かわいさに信岡先輩を見捨てたひとでなしです」
奥村稜がそう言うと部屋に沈黙が流れた。お互いが抱えている過去をさらけ出したものの、その闇は気安く慰めの言葉を口にできるようなものではない。借金や毒親といった原因の違いはあったにしても。
不意に奥村稜のスマホが鳴って着信を告げる。しかし彼は一瞥しただけで電話にでようとはしなかった。
そして再び訪れた静寂を破って奥村稜は阿川飛名子に話しかけた。
「阿川先輩、ぼくたち協力しませんか?」
「えっ」
「ぼくはもう田舎には帰りません。居場所がないっていう方が正しいですかね。それにこれ以上奴隷になる気はないですから」
奥村稜の父親の仕事は移転してからうまくいかなくなった。商売敵に密告され税務署の査察が入った。脱税を指摘され追徴金を含め百万単位の金を納めた。悪いことは重なり工房が放火され隣家にも延焼した。父親は困窮した金銭的援助を実家の兄に頼った。
そのころ実家には離婚して出戻った姉(父親の兄からすれば妹)とその息子が同居していた。二人を持て余していた兄は姉の息子を養子にして二人の面倒を見ることを金を貸す条件にしてきた。結局父親はそれを呑むしかなく、それにより奥村稜の跡継ぎという立場は微妙なものになってしまった。
「さっきの電話は母親からで多分その話です。これまで通り大学に行かせてもらいたいなら、卒業後に祖父母が死ぬまで面倒を見ろと言われています。ははっ、どこまで人を馬鹿にしてるんですかね、本当に。
でもこれでようやくぼくも縁を切って生きていく覚悟ができました。でも一人じゃつらい。
……阿川先輩、ここを出たら死ぬ気でしたよね? だったらぼくと一緒に生きてくれませんか」
そう言って奥村稜は阿川飛名子の手に手を重ねた。