二百十五告目 悪は裁かず 22
「その……責任は取りますから」
あのとき奥村稜が信岡聖に言った言葉は本心からだった。不甲斐ない自分を詫びて今度こそ彼女を助けたい、それ以上にもう手放したくないと思った。それは信岡聖の体にあるタトゥーを見ても変わらなかった。
(信岡先輩とずっと暮らしていけたら……いやそんなあやふやな気持ちでどうするんだよ。一生賭けて守ってやるくらいのつもりでないと! それがどんなクズからでも)
奥村稜がこんな考えになる裏には、彼の洗脳が根深くまだ残っていたせいもある。
奥村稜が大学に進学したのには許嫁との関係が終わったこともあったが、母親がそうしろと言ったせいもある。自分のことを棚に上げ「田舎にはろくな女がいないから、ましな女を自分で見つけてこい」と言ってのけたのだ。跡取りの交際に口を出すのが当たり前という口ぶりだった。
許嫁の家との関係が壊れ奥村稜の両親も農業から手を引いたせいで、祖父母の暮らしは立ち行かなくなった。田畑を許嫁の家に預けて小作人になり、足りない日銭を土木現場や食肉加工の工場で稼ぐ暮らしに成り下がった。両親も近隣から疎まれることになるが彼らはそれで本望だったのだろう(奥村稜にとっては迷惑でしかなかったが)。
地元の仕事が減って父親は工房を隣町へ移転した。父親は職人気質の見本のような男で口下手で人付き合いの機微に疎く目先の損得ばかりで経営の能力がなかった。
父親はそれらの足りないものを奥村稜に押しつけ、大学の学費生活費の面倒を見るかわりに期待に応えろと新たな首輪をつけたのだ。
そして奥村稜自身はその遅効性の毒に慣れてしまっている。頭で分かっても即効性の愛情を混ぜられて酔っているうちに身動きが取れなくなってしまう。