二百十一告目 悪は裁かず 18
「聞いてくれてありがとう。お邪魔したわね」
「待ってください。せめて雨が止むまでここにいたらいいじゃないですか」
立ちあがって帰ろうとする阿川飛名子を奥村稜が引き留めた。
「その間よければ阿川先輩もぼくの話を聞いてもらえませんか」
そう言って奥村稜も過去を打ち明けた。
奥村稜の家は農家だった。将来は家業を継いで家を発展させることを望まれていた。
彼の家庭環境は複雑で歪だった。曾祖父母と祖父母と同居する大家族だったが奥村稜の母親の血縁上の親は曾祖父母である。長女夫婦に子供ができなかったため、末娘だった奥村稜の母親が養女として縁組みして親子の関係になったのだ。
奥村稜の曾祖父に当たる人は傲慢な専制君主で農家を存続させることしか頭になかった。中卒の母親を家という鎖で縛り酷使したと彼女は奥村稜に夜ごと語って聞かせた。何度か家を逃げ出しその度に連れ戻され曾祖父母と祖父母に4人がかりで暴行を受けたのだとも。
母親が最後に逃げ出したときは奥村稜の父親となる男と一緒だった。家業の職人見習いで同じような境遇から逃げ出したい父親との駆け落ちだったという。そのときもやはり二人とも連れ戻されたが、このとき曾祖父は二人の結婚を許して手元に置き、生まれてくる子供と祖父(入り婿)の実家の子供と結婚させることを思いつく。肩身の狭い思いをさせた祖父に対する詫びもあった。
父親が三男で冷や飯食いだったこともあって彼はその条件を呑み、二人は一緒に暮らし始め奥村稜が生まれたのだという。そのため奥村稜は生まれたときから将来が決められており、同じ年頃の許嫁もいたのだという。
奥村稜と許嫁も幼いころは仲むつまじい関係を育んでいたが、中学に入るとそれをネタにからかわれいじめられるようになる。「そんな関係はおかしい。人権無視だ」「もうやったのか? 不純異性交遊だ」などと言われると、奥村稜も自分の常識がおかしいのかもしれないと感じるようになり許嫁と距離を置くようになる。
奥村稜がそれを母親に相談すると彼女はそれを利用して恨んでいた曾祖父母や祖父母に復讐できると考えた。世間の常識を御旗にして「家に執着するのは時代錯誤だ」「子供を狂った価値観で不幸にするな」と言い出して争うようになる。
なお父親はこの騒動に耳を塞いで実家の仕事場にこもり、家には食事と風呂に帰ってくるだけだった。役目は果たしたと言わんばかりの態度で奥村稜にもあまり愛情を注がなかった。