二十一告目 滝村涼香 9
「……分かったわよ。それでいつ日本に戻れるの?」
「さあ、それは分かりません。そのままカナダの大学に進学するもよし。どうせなら向こうで結婚なされて家庭をもつのもいいでしょう」
「何を言ってるの? 滝村の家はどうなるのよ! 血が繋がってるのは私だけなのよ!」
それは今の滝村涼香が最後にすがる蜘蛛の糸だった。しかしその望みもあっさりと切られてしまう。
「お嬢様が心配されることはありません。先生は秘書の中宮直純を養子にするつもりのようです」
「そんなのおかしいわ! どこの誰とも知れない奴を養子にするですって!」
「それがそういう訳でもないのです。大きな声では言えませんが、彼はさる大物政治家の隠し子です。そして彼を引き受けることで先生は強力な後ろ盾を得ることになるのですよ」
滝村隆三はこれまで後援会に強く再婚を望まれていたがそうしなかった。その反動のように彼はうるさ型の多い地元を離れ、中央との繋がりを強めていく。そして力を付けるにつれて批判の声は小さくなっていった。後援会の世代交代ともかみ合った。
その後浅里誠一を緩衝材として地元に置いて、後援会のやり取りと滝村涼香を彼に任せるようになる。その浅里誠一と入れ替わりで秘書に採用した青年が中宮直純だ。
中宮直純と会ったとき、滝村涼香は7歳年上の彼を夫に見立て政治家の妻となった自分を想像し、そんな将来に酔ったこともある。それなのに彼は自分を飛び越えて滝村隆三の養子になり、ゆくゆくは後継者となると告げられようとは。今の滝村涼香には死刑宣告のようなものだ。
滝村隆三が再婚しなかったことを、滝村涼香は亡くなった母への愛情と思っていた。そう自分が思いたかっただけなのかもしれない。しかし今になってみると、そこには彼の別の思惑が浮き彫りになる。遠大な復讐計画が見えてくる。
滝村隆三は自分の中から滝村穂香の影を消し去りたかったのだろう。そして消したいリストの中に滝村涼香の名前があるとすれば、彼は彼女を捨てることに何のためらいも無いのだろう。
滝村涼香は受け入れるよりほかにないのだ。それがしてきたことの報いならば。