二百七告目 悪は裁かず 14
「これで満足かしら? 悪魔を退治しにきたエクソシストさん?」
そう言って信岡聖は阿川飛名子を見る。その目には静かな怒りがこもっていた。
確かに信岡聖にしてみれば今の阿川飛名子は正義をふりかざし呪われた異形の存在を許さない摂理の執行者にしか見えないだろう。そしてそれは呪いを受けたものは迫害から逃れられないという社会の縮図と何も変わらない。
阿川飛名子の目につい信岡聖の首にある赤い影が飛び込んでくる。一歩ずつ近づいてくる彼女と相まって、それは信岡聖が呪われた存在であることを改めて阿川飛名子に訴えてくる。知らず阿川飛名子の口から悲鳴じみた言葉が漏れる。
「だ、だったら何よ? 私は正しいことをしてるだけよ!」
「そんなに叫ばなくてもいいじゃない。本当に悪魔になったような気分になるわ」
(違う、違うのよ! そんなつもりじゃ、私は……そんな冷たい目で見ないで!)
阿川飛名子は信岡聖に壁際に追い込まれ逃げ場を失う。彼女の手が阿川飛名子の髪を掴む。
「それで結局あなたは何がしたかったの? 正しいことをしてる自分に酔ってみたかった? 阿川飛名子が信岡聖より上だってマウントを取りたかった?」
「痛い、やめて! そんなつもりじゃなかった……」
信岡聖に暴力を振るわれることで阿川飛名子は自分がどれだけ傲慢だったかを思い知らされる。そして同時に阿川飛名子は彼女の抱える絶望の深さを見せつけられた思いだった。理不尽な呪いのせいで人を好きになることすらできない、そんな地獄に自分はきっと耐えられない。
(上から目線で「救ってあげる」なんていったい何様のつもりだったんだろう。私がセイをこんなにしてしまったのに!)
「私は脅されて……ごめんなさい。呪いを解く方法も正確には知らないの……ほ、本当よ! お願い信じて! ……ごめんなさい。それでも私は……」
(それでも私は今度こそあなたの隣に立ちたいの。ああ、でも【あの女】のことをセイに話したらまた彼女を巻き込んでしまう。いいえ、でも……)
心で葛藤を繰り返す阿川飛名子だったが、信岡聖は謝罪にはもう興味がないというように鼻で笑う。
「そんなの聞きたくないわ。最後まで正義のヒロインらしくしてなさいよ。
……ああ、そう言えばひとつ疑問があったのよ。あなたで試してみようかしら?」
そう言って信岡聖は阿川飛名子の頬に手を添え、吸血鬼が血を吸うときのように首筋に唇を近づけてくる。
「セックスで呪いが男に伝染るなら女同士はどうなのかしらね。あなたは興味ない?」
その信岡聖の言葉を聞いて阿川飛名子に衝撃が走った。彼女は自分を試している。隣に立つ資格がお前にあるのかと。たとえ同じ地獄に堕ちることになったとしても。