二百六告目 悪は裁かず 13
「知らないとでも思ってるの、阿川さん?」
信岡聖は阿川飛名子をヒナとは呼んでくれなかった。そして阿川飛名子のしてきたことをすでに知っていると断罪の目を向けてくる。とっくにお見通しだと言わんばかりの表情に阿川飛名子は唇を噛む。そこにはもう阿川飛名子を頼ってくれた信岡聖はいない。
(そうよ。セイに会えば笑って許してもらえるなんて……何でそんなふうに思ってたんだろう。本当に馬鹿だ、私……)
改めて自分のしたことを突きつけられると足が震え帰ってしまいたくなる。それでも阿川飛名子は奥村稜を救うために、悪役になるためにここに来たのだともう一度自分に言い聞かせる。
「これ以上あなたの犠牲者を出さないためよ、疫病神さん。
やっぱりまだ知らなかったのね。あなたとセックスした男の体に赤い影が出るようになったのよ。それが奥村君にもできていたのを見たわ。それでここに来たの。
でも恩を徒で返すなんて……本当にあなたってひどい人ね」
阿川飛名子の激しい言葉に信岡聖が目に見えて狼狽するのが分かる。
「奥村くん、わた、私は……」
そう言って信岡聖が一歩踏み出すと奥村稜は拒絶するように一瞬体を硬直させた。
それを見て阿川飛名子は反対に一歩前に出る。「大丈夫よ。今度は私があなたを支えてあげるから」、そう信岡聖に声をかけるべく。
しかし信岡聖が次に取った行動に阿川飛名子は動きを止める。彼女はいかにも自分は悪女だというように、奥村稜を騙していたと口にして笑ってみせたのだ。
「本当よ。噂のとおり、私は嘘つきでビッチで……セックスなしで生きられないような女で……」
それを聞いて奥村稜は顔を歪め、短く別れの言葉を告げて部屋に戻った。
阿川飛名子はそれをただ見ているしかなかった。自分の考えていた筋書きと何もかも違ってしまった。
(どうして? 何でこんなことになったの? これじゃ意味がない……誰も救われない!)