二百五告目 悪は裁かず 12
その日も阿川飛名子は部室の掃除に来ていた。詫びのつもりで彼女が自分で買って出たことだった。そこへ私物を取りに来た奥村稜と会った。奥村稜が背中を向けたとき、阿川飛名子は彼の首の後ろに浮き出た赤い影に気がついた。
「奥村君? どうしたの、首の後ろのそれ……」
「えっ?」
奥村稜のうなじの赤い影は信岡聖のものと同じだった。阿川飛名子がその場所の写真を撮って奥村稜に見せると、彼は青ざめてどさりと椅子に座った。
「えっ? どうしてこんな……まさか信岡先輩が?」
震える奥村稜の口から信岡聖の名前が出たことで、阿川飛名子にも2人に何が起こったのかが分かった。
赤い影が人に伝染るということは嘘告をしていない人間も呪われる可能性があるということになる。そのことが信岡聖の置かれた状況をさらに悪くするであろうことは火を見るより明らかだ。
噂に尾ひれがついて広まって、セックスだけでなくキスやあるいは触れただけ話しただけで呪いが伝染るなどという話になった場合、影を持つ人間は村八分どころではなく異端者や魔女のように迫害を受けることになるだろう。
阿川飛名子はパニックになる奥村稜を何とか落ち着かせタクシーで彼のアパートに向かった。首にはタオルをかけて人に見られないようにした。しゃくり上げる彼の頭を抱きしめて、阿川飛名子は「大丈夫、もう大丈夫だから」と言い続けた。
(セイのこともだけど奥村君のことも放ってはおけない。彼がセイをこのまま支えてくれたらとも思ったけど……ううん、それを私が望んだら駄目よ。
奥村君のためにも引き離すしかないのよ。たとえセイに辛く当たることになっても、それは仕方ない……。
そうよ、セイのことはこれから私が守ってあげればいいのよ……待っててね、セイ。もう間違えないから!)
そうして阿川飛名子は信岡聖と再会した。しかし彼女の顔には阿川飛名子が期待したような喜びの色は当然なかった。