二百二告目 悪は裁かず 9
「ごめん。力になれなくて……私にはもう……」
阿川飛名子がそう言って流す涙は信岡聖へと同時に偽善者の自分自身へのものだ。
裏で彼女が苦しむように仕向けながら表で慰めるマッチポンプはもう自分では止めることができない。
全てを打ち明けて許しを請うにも「そんなこと言わないで! あなたしかいないの」と信岡聖に泣いて縋られれば、それを口にすることはできなくなった。裏切りを知られたときに彼女からどういう目で見られるかを想像すると背筋が寒くなる。
葉見契一の要求は日ごとに過激になっていく。
羞恥に顔を真っ赤にしながら扇情的な格好でキャンパスを歩く信岡聖を指さし「見ろよあの顔、絶対好きでやってるぜ?」と言ってゲラゲラ笑う葉見契一を見ると殺意を覚えるが、「じゃあ代わってやれよ」と言われるのが怖くてただ見ているしかない。阿川飛名子はそんな自分がつくづくが嫌になる。
一方で阿川飛名子は自分と同様に葉見契一の後ろにも【あの女】の存在があると思っていたのだが、そうではないことに気づいた。【あの女】と接するときの葉見契一の態度が明らかに阿川飛名子のそれと違っていたからだ。
阿川飛名子にペットの身代わりの方法を教えたのが【あの女】であるように、葉見契一の嘘告ゲームを仕組んだのも【あの女】なのではないかと想像していた。
しかし後になって葉見契一と繋がっているのは琉星狼のリーダーである城戸琉侍だと分かったとき、阿川飛名子は男を煽って事故を起こさせた暴走族が琉星狼だと察した。
ならば城戸琉侍の後ろにいるのが【あの女】なのだ。そして葉見契一の嘘告ゲームを利用して信岡聖にシニコクの呪いをかけたのも【あの女】なのだろう。
そう考えたとき阿川飛名子は【あの女】のシニコクに関する知識や動かせる暴力の大きさに震える。【あの女】は一体何をしようとしているのだろうかと。
阿川飛名子の脳裏に再び悪魔という言葉がよぎる。悪女などという呼び名はとっくに越えている。