二百告目 悪は裁かず 7
阿川飛名子にとって信岡聖は親友と呼べる間柄だった。側で何かと頼ってくる彼女に阿川飛名子も結果癒やされていった。
「何でも話して」と信岡聖は言ってくれたが、それでも阿川飛名子自身に大きな借金があることは言えずじまいだった。恥をさらしたくないこともあるが、変に同情されて関係を壊したくなかった。
阿川飛名子の借金は付き合っていた男に貢いだときのものだった。
しかし男は彼女に貢がせた金で他の女と付き合っていた。それを知って責めると「まだ使えると思ったのによ」と言われ、阿川飛名子はあっさり捨てられた。
さらに阿川飛名子は男が買ったBMWのローンをこっそり彼女の名前で組んでいたことを知る。その借金を返すため彼女の休みの日はバイトで埋めつくされることになった。
信岡聖と新当桂馬との交際を知ったときは阿川飛名子もはじめは手放しで祝福していたのだった。しかし幸せそうに笑う彼女と、くだらない男に騙されバイトに明け暮れている自分を比べて惨めな気持ちになる日もなかったわけではない。
そこを【あの女】につけ込まれてしまったのだ。
「ねえ阿川サン、自分を裏切った男に復讐したくない?」
そう【あの女】に囁かれたとき阿川飛名子は思わずその手を取ってしまった。吹っ切ったつもりでも自分と違う女を隣に乗せて登校する男のBMWとすれ違うたびに恨みは募っていった。
「お金はいらないわ。代わりにワタシに協力してもらうのが交換条件よ」
「それで構わないわ。あいつに思い知らせてやることができるなら」
「あはっ、契約成立ってコトね」
握手をかわす【あの女】の微笑みが悪魔のそれであることに阿川飛名子が気づくのはまだ先のことだった。
その後に男は休日の高速道路でBMWを横転させる事故を起こし、事故の様子はニュースでも報道された。男は事故の原因を暴走族に煽られてハンドル操作を誤ったためと警察の事情徴収で語ったが、その暴走族の素性はついに分からなかった。
男のBMWは大破し同乗していた女も体に障害が残る大ケガを負った。
そして男は女の両親に多額の賠償を請求されただけでなく、彼女に一生尽くすことを約束させられた。
ただしそれは夫としてという意味ではない。