一告目 発端
その日、「衝撃映像! 決してひとりでは見ないでください」の編集室にチーフの久里本有人の怒声が響いた。
「金谷ぁ……お前、ビデオ無くしたってどういう事だよっ!」
ばん! とスチール机をたたく音に他のスタッフが身を縮こめるなか、久里本の前に立つ金谷はそれでもヘラヘラと笑っていた。
「無くしたんじゃなくて盗まれたんスよ。そこは間違えないでほしいんスけど」
だから自分のせいじゃない、彼はそう言いたいのだろう。
「大体なんで家に持って帰ったんだ。ここで編集するようにいつも言ってるだろうが」
ビデオテープの映像は編集しやすいようにデータ化する必要がある。編集室にはそのための機材が揃っている。
「安物の中古デッキだから調子が悪いんスよ。買い直してくれって何度も言ったじゃないっスか」
どこまでも言い逃れるつもりなのだろう。金谷から謝罪の言葉はない。
「ビデオは視聴者からの預かり物なんだぞ。返してくれと言われれば返さなきゃならない。無くしたじゃ済まないってことぐらい分かれよ! どう責任取るつもりだ、ああ?」
「チッ! メンドくせーな。始末書でもクビでも何でも、好きにしたらいいんじゃないっスか」
「なにっ!」
金谷は言い捨てて自分の机に戻った。私物をカバンに詰め込む。
「もういいっスわ。こんな映像なんてナンパのネタにしか使えねーし」
「お前、ずっとそんな事してたのか? クビじゃすまさねえぞ、このクソ野郎が!」
「へえー、だったらどうすんスか? あ、呪い殺すとか言うのやめてくださいよ、いい大人なんスから。まさか信じてるなんて言わないっスよね?
大体こんな子供だましのインチキ商売に何本気になってんスか? あのビデオ、タイトル何でしたっけ? 「現代に蘇る丑の刻参り『死に刻』を公開」でしたっけか? あ、だったら賭けましょうよ? 『死に刻』の呪いで本当に人が死ぬのか」
「何開き直ってんだ、お前。それとこれとは話が違うだろうが!」
「そうやって逃げるんスね。じゃあこの話は終わりってことで。誰か死んだら教えてくださいよ。そん時ゃ被害者に土下座でも、腎臓売って金作るでもしますよ。死んだらっスけどね。じゃあ辞めま~す」
そう言って金谷は編集部を出て行った。
「ふざけんな! 体よく逃げただけじゃねーか。……おい髙橋、木村呼べ。逃げられる前に二人で金谷の家行って家捜ししてこい。他にも何かパクってるはずだ」
慌てて電話をかける髙橋を横目に、久里本はタバコに手を伸ばした。
「信じる信じないじゃねぇんだよ。実際に死んだ人間をみればな」
タバコをふかしながら久里本は独り言ちた。
少しして、盗まれたビデオの映像を参考にしたと思われる、呪いの動画がネットに投稿された。その動画は後に「シニコク動画」あるいは「4259」と呼ばれることになる。
その衝撃的な内容に元の投稿動画はすぐに消されたが、その儀式を真似た動画が次々に投稿され、それをイメージさせる映像作品やマンガや小説がネット以外にも拡散していく。そして世界に認知されたシニコクの呪いが、人々をさらなる恐怖に引きずり込んでいく。
後日、金谷は自分の言葉のツケを払わされることになる。
久里本は知り合いのヤクザから、金谷を拉致してタコ部屋送りにした事を聞かされた。彼は請け負ったその仕事が、シニコクがらみであることを匂わせた。
その後の金谷の消息を知る術はない。久里本も知る気はない。