勇者ノブナガ
あれは、この世界で100年以上前のことである。ラグ帝国で一人の勇者が認定された。地方騎士の長男だった。彼の名は、…、本当の名前はあったが、彼は勇者と名乗るにあたって、ノブナガ・オダと名乗ることを、皇帝に願い出た。不思議な、可笑しなネーミングだが、特に支障もないということで許された。当時、大陸東部、ラグ帝国もその地域にあったわけであるが、強力な魔王が出現し、魔族軍の侵攻、それに伴う魔界に属する魔獣、部族の活発化で、人間やエルフ等亜人達は、その脅威を受けていた。勇者を中心にして、魔王軍を倒すことが急務になっていた。そのため勇者を探しだし、認定して、魔王を倒す戦いの先兵になってもらうのだ。勇者は先天的な素質を持ち、非常の際に、それが現れるとされていた。その結果が、ノブナガ・オダである。
そして、彼は勇者認定の直後、自分が織田信長の転生であることを知ったのである。というよりは、ようやく完全に理解できたのである。幼少の時から記憶が蘇っていたが、なかなか理解できなかったのである。年を経て、ようやく理解できるようになったのである。
地方の一騎士の長男として生まれ、時折、訳の分からない知識を言い立てることはあったが、文武の修行に熱心に打ち込み、好奇心が強く、親分肌で、信義に厚く、快活で、甘い物好きで、何故か鍛冶屋の仕事や錬金術、その他色々な仕事に関心を持ち、自ら鍛冶の修行とか錬金術の実験までした。親からも臣下にも、呆れられながらも。とはいうものの、ほかには領民にも優しい男だったが、それだけのさして変わったところのない貴族の若者だった。
その彼が勇者認定されたのは、顕著な力の覚醒が見られたからだった。実は、領内が豊かになることを第一に考え、努めてきたので、あまり魔族討伐に活躍したいとも、戦場で華やかな手柄を立てたいとも、あまり考えてはいなかった。とはいえ、勇者認定されたからには、
「勇者としての務めを立派に果たさなければならないな。」
と決断して、魔王討伐の旅に出た。全ては順調だった。隣国の王女も加わった仲間達と共に、魔王城に乗り込んだ。実は、この時、“魔王城”に乗り込んだのは2度目だったのだが。
その前に、やはり魔王城と呼ばれる城に突入して、
「魔王を倒した。」
と思ったが、その直ぐ後に、魔王が健在だという情報を得た。自分が倒したのは、副魔王か、なんかかと思い直して、新たな旅に出たのである。実は、各地に大小の魔王が割拠しており、彼が最初に倒したのは勢力の比較的小さな方の魔王だったのだが、その時の彼は知らなかったのだ。というより、人間達が知らなかったのだ、そのようなことも。
「さすがに魔王城は違うな!」
と感嘆した魔王城の奥深く、魔王と対峙したノブナガは、しかし、魔王を倒そうとは思っていなかった。人間と似た魔族も多いこと、対峙している魔王も人間の美人の女と変わらない姿だったし、魔王城近くの領内では人間たちが奴隷としてかなりの数がいたが、奴隷ではあるが一定の権利、自由、保護もあり、決して酷い生活はしていなかったし、活用もされていた。領内の統治全体で見てもなかなか上手くやっているように思われた。それに、作戦もなかなかどうしてたいしたのものであり、優れた将とも思われた。そのような王、君主である
「魔王とは、うまくやっていけるのではないか?」
彼は、旅の途上で、それをどうやって実現出来るかを考え続けていたのだ。そして、腹案を持って、魔王城に侵入した。
「ここは、私だけにまかせて下さい。」
そう言って、ハイエルフとの混血である王女達を残し、彼は一人魔王城の奥へと進んだ。彼らを残したのは、衛兵達を倒しながら進んできたが、この時彼らを阻止しようとする兵士の姿が見られなかったからであり、自分だけのほうが、和解に向けての話が上手く進められると思ったからだった。そして、待ち受けた魔王との一騎打ち。“さすが魔王。手強い!”彼女は以前戦った魔王より格段に強かった(彼は以前倒したのは、魔王の幹部程度だと思い直していたが)。
長い戦いの末、ようやく彼女を押さえ込んだ彼は、彼女=魔王に和解を持ちかけた。この時、彼がどうしてそのような考えを持ったのか、これからどうすべきかの構想を彼は彼女に詳しく説明した。一応、彼女は納得した。そういうことを、長々と説明する相手を、彼女は面白いとすら思った。二人とも、目の前の相手は信じるに足りる相手だと感じたからだ。
「どうした?」
初め、ノブナカは安堵した表情を浮かべたものの、直ぐに厳しい表情になっているのを見て、彼女は訝しく思った。
「いや。何かいやな感じがしてな。」
至る所で嫌な感じがしたのだ。結局、彼も、魔王も、彼の支援者を自認して、共に加わっていた王女も裏切られていたのである。戻った彼が見たのは、瀕死状態の彼女の姿と自分を油断させて殺そうとする仲間達だった。彼女は、ハイエルフの側からも、母国の側からも排除されたのである。その支えであるノブナガも抹殺の対象となっていたのである。彼女を助け、元仲間達を皆殺しにして、魔王の庇護を受けるために彼女に従ったところ、待っていたのは、彼女の死を望む彼女の重臣達とその兵だった。こちらも、難なく蹴散らした。勇者と魔王のコンビである。そして逃げた。色々なことがあったが、魔王の直轄地とそれに近い人間界の地域に、たまたま王女の領地、かなり飛び地の、だったのだが、そこに国を建てた。国を建てたかったわけではない。あくまで成り行きで、そうなったのである。それは100年以上前のことだった。