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第九話:いきなり婚約とか、まだ早いですよ?!(しかも異国の皇子殿下とか!?)


 わたしが部屋のドアを開けると、サラの声がすぐに奥から聞こえてきた。


「どうしたエル、まだ午後の講義はあと二時間残ってるだろ。まさか、おいらがいなくなってないか不安になって帰ってきたのか?」


 完全にわたしをからかう気満々だ。ユフード殿下たちへ小声で、


「少々お待ちください」


 といいおいて、わたしはサラのいるベッドルームまで向かう。


「じつはねサラ、あなたに会いたいっていう人たちがいて」

「……めんどうだなあ。おいらのことをなんで話したのさ?」

「わたしが自力で代数理解できるようになるわけないでしょ? どうやって自習する気だって訊かれたから、サラに教えてもらうって答えるしかなくって。学生の歳で相棒(ファミリア)がいる人って、めったにいないのよ」

「はぁ……。しょうがねえな」

「ごめん」


 サラを抱きかかえて、応接間兼ダイニングまで戻る。テーブルの天板にサラをおろして、ドアを開けた。


「おまたせしました。お茶淹れますから、あがってください、狭いですけど」


 ……このいいかたも変だった。寮って、基本全部屋同じ間取りだ。


『おじゃまします』


 学生寮にしては贅沢な造りだといっても、十人もいたのではさすがに椅子にも座れない。殿下たち九人は、肩を触れあわせんばかりになってテーブル上のサラを取り囲んだ。


「人間の子供には、相棒(ファミリア)がめずらしいんだってな」


 サラはいつもわたしと話しているとき同様だ。お茶の準備をしているわたしのうしろで、ユフード殿下がおつきの人を制している気配がする。


「あなたは本当に、火界(バーラト)のサラマンダーなのでありましょうか?」

「ほう。少しはものを知っているようだな、小僧」


 ……ちょ、サラ!? あとでわたしの立場がすごく悪くなるやつじゃないそれ?!

 ポットから熱いお茶を注いでいる途中だから手が離せない。手がもし自由だったら、頭を抱えるのとサラの口をふさぐの、どっちを優先しただろうか。


 殿下の声色に不機嫌さや怒りはない。むしろ、丁重さが増していた。


「では、あなたが焔帝ヴァリジャノグル――」


 ぱぁん!


 とすごい破裂音がした。もしまだお茶を注ぎ終わっていなかったら、びっくりしてぶちまけてしまっていただろう。もう少しで、空になったポットを取り落とすところだった。


 テーブルのほうを振り返ってみると、ユフード殿下のひたいから血が流れていた……! そして、焦げ臭い空気が広がっていく。


「ひかえよ下郎。物質界(アッシャー)塵芥(モータル)風情が我が父の真名を唱えることなど赦さん」


 間抜けな姿のぬいぐるみが、とんでもないことを、しかし恐ろしい声でいっている。


 だれも口を開くことも、動くこともできなかったけど、数瞬のち、ユフード殿下が三歩さがって玄関まで戻り、ひざを屈してかしこまった。

 床へ血が滴るにまかせて、口を開く。


「ご無礼のほど、なにとぞご宥恕ください」

「――よい。無知のゆえだ、一度だけは赦す。……床をきれいにしろ。エルに掃除をさせるな」

「ご寛大なる御心、万謝いたします」


 袖口で傷を押さえ、ハンカチを取り出して床を拭きはじめた殿下の姿を見て、我に返ったようにおつきのかたが駆け寄った。


「殿下、それは私が!」

「そうだ、せっかくエルが淹れてくれたんだ、お茶飲んでけ」


 サラの声色だけは、いちおう普段どおりに戻った。

 わたしには、なにがなんだかわからない。サラはいったい、なんなの? ペルガモン帝国の皇子を、口先だけで下僕同然にあつかえるって……。


 クラウディア嬢とカザリーン嬢が、呆然としているわたしの代わりにみなさまへお茶を配ってくれた。わたしも手にカップを握らされたけど、口にしてみても、味はなにも感じない。熱さすら。このまま一気に飲んだら舌をやけどするだろうなとだけは判断できたので、お盆へおいた。


 空気が張り詰める中、みんな機械的にお茶を飲む。……わたしにしては上手く淹れられたはずなのに、これじゃ味わかりませんよね。


「わ、わたくしどもは……」

「これで失礼いたしますわ」


 けっきょくお名前がわからないまま、マルガレーテ嬢の取り巻きおふたりは、空にしたカップをおくなり帰ってしまった。これ、悪役令嬢さまにはどういうふうに報告されるんだろう。

 レキュアーズ男爵家の小娘はとんでもないバケモノを相棒(ファミリア)にしています、かな? ペルガモン帝国の皇子さまに怪我をさせたって、国際問題に発展するんじゃなかろうか。


 ユフード殿下もおつきのかたも、いっさいサラに逆らう気配がないから、たぶんサラマンダーは本当に高位の存在なのだろう。人間の王侯貴族では足元にもおよばないほどの。

 ……でも、わたしは契約期間が終わってサラが火界(バーラト)とやらに帰っちゃったら、縛り首だよね、これ。それとも火炙りかな? いや火の精霊を使うってのは知られたから、川流しの刑かも。


 いつのまにやら、空いたカップを、セティ嬢とゲオルグさまが洗ってくれている。あわてて代わろうとしたら、「座ってて」といわれて椅子に押し込められてしまった。テーブルに鎮座ましましているサラを恨みがましく見てやったのに、火界(バーラト)の帝子とやらはいつものようにしっぽを左右にふりふりしている。

 調べられたら、ヴァリジャノグルなんとかの名前をわたしが連呼してやろう。もし禁忌に触れたら、わたしのことも折檻する気でいるのだろうか、このぬいぐるみは。


 ――カップがきれいに食器棚へ収まり、なんだか、床もぴかぴかになってしまった。


 最初から最後まで優雅な態度でいつづけていたのはシモーヌ嬢で、クラウディア嬢たち女性陣三人と、ゲオルグさまと玄関側に並んで、代表してカーテシーをする。狭くて、いっせいにはお辞儀できない。わたしはどうにかテーブルと椅子のあいだに立って、答礼。


「ちょっとバタバタしてしまいましたけれど、興趣深いお茶会になりましたわね。今度はまた、昨日のように開放的な場所で集まりましょう」

「あ、はい、また今度」


 ……気の利いたごあいさつとか、この状況で出てくるわけなかった。ちいさく手を振ってくるセティ嬢に振り返すのが精一杯。


 残ったのは、ユフード殿下とおつきのかた。

 え、えーと……すごく、間持ちが悪いんですが。


「ユフード殿下、その、なんと……お怪我は、だいじょうぶですか?」

火界(バーラト)の至高者に非礼を働いたんだ、この程度ですんだのはむしろ奇跡さ」

「そうだぞ。エルがいなかったら、肉体(ボディ)どころか魂魄ひと欠片も残さず灼き尽くしてたからな」


 サラは物騒なことをいう。これがはったりでないというなら、わたしはなんという魔物をこの世に呼び出してしまったのだろう。


「我がペルガモンにとって、火界(バーラト)の支配者は国家と民族の守護神なんだ」

「……そうなんですか」

「勝手に崇め奉ってるだけだ。こっちから加護を与えた事実はない」


 またしてもサラからぶしつけな混ぜっ返し。わたしなら、こんなやつ金輪際拝むのやめます。


「エルゼヴィカ嬢、きみはサラマンダーの、しかも焔帝の継嗣から選ばれし存在だ」

「はい……?」

「そうだ、エルはおいらのお気に入りだ。こいつの魂はとても面白い」

「どういう意味」


 契約満了のあかつきには食べるつもりだとか、そういう邪悪な意味合いは感じなかったものの、なんだか引っかかるいいぐさだった。魂の面白さってなに?


 わたしはサラのほうへ半眼を向けていたのだけど、ユフード殿下がいきなりひざまずいてわたしの手を取ったものだから、びっくりしてしまった。


「は、へ……殿下!?」

「エルゼヴィカ嬢、ぼくと結婚してください。いえ、まずは婚約ということで、卒業したら、ぼくとともにペルガモンへきてほしい」

「――ふひぇっ?!」


 ……なんだこの間抜けな声は。えさをむさぼり食べてたら足元にキュウリがおいてあった猫みたいな。


 わたしの口から出たんですけど。




サラマンダーのやつが本性を現しました。

短編構想の時点ではこいつはいなかったので、エル自身にストレートに聖女の力がある設定だったんですが。せっかく湧いてきた口数の多いやつなので有効活用します。


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