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第八話:サラマンダーって、そんなにすごいんですか?(見た目はぬいぐるみですよ)


 代数の本場はこの地の南東、央海を越えた先の、暑熱の砂漠が広がる香海沿岸地方一帯だ。ペルガモン帝国がその中心部。

 やっぱりというか、ユフード殿下も講義に出席していた。それどころか、フォンテーヌ講師が板書する式の記号に容赦なく訂正を加えていく。


 大文字と小文字は式の内部では意味が異なる場合があるから統一すべきとか、(べき)乗はΔ(デルタ)に肩つき数字で表記すると見やすいし本当の意味での数字と混同もしなくていいとか、なるほど、ずいぶん見やすくなりました。


 まあ、フォンテーヌ講師が持ってる数学書、たぶん二百年は前のものだろうし。数字の表記がアルファベットからペルガモン式になって、ぱっと見ただけでわかりやすくなったのは、ここ百年くらいのことらしい。


「322」が「τκβ’」とか、そんなんわかるか?!


 いやあ、二百年前に生まれてたら絶対に数学関係の単位なんか選択しないわ、と思いながら板書をノートに写してはみたけど、うん、見やすくなったって、わかるようになるわけじゃないですね。

 ユフード殿下たち優等生がどんどん答えちゃうから、講義のペース早いし。うしろのほうの席では、すっかりくつろいでいるご令嬢たちや、机に突っ伏して寝はじめているご令息の姿があった。単位はもらうけど内容を理解するのは放棄、というわけですか。

 たしかに、ユフード殿下に頼んでペルガモンから最新の数学書を買い入れて寄付すれば、単位は簡単にもらえそうだ。講師陣は新しい本が手に入って、生徒は単位が取れる、だれも損しない。


 ……ま、わがレキュアーズ男爵家にそんなお金はないんですけどね。買えない単位は自力で取るしかない。


 講義の時間が終わってからもちょっと残って、板書を全部写し取り、あとはサラに教えてもらおうと伸びをしたところで、ユフード殿下がすぐうしろにいらしたことに気づいた。


「……殿下、いつからそちらに?」

「熱心だねエルゼヴィカ嬢。すごくきれいにまとめてあるノートだ」

「見ていらしたのですか」

「失礼。時間になってもきみが席を立たないものだから。全部書き取るだなんて、そんなに代数に興味があるのかい?」


 わたしはぶんぶんと首を左右に振った。


「いえ、正直ぜんぜんわからなくって、面白くなるかどうかの見当もつかないです。どれが重要なのか、どれが不要なのかもわからないから、とりあえず全部写しただけで、意味もわかってません」

「……それで、どうするんだい? 解説書を持っているのかな?」


 殿下が首をかしげたのもむべなるかな。もちろん代数の解説書なんて持ってないし、意味もわからず丸写ししたノートだけ部屋に持って帰っても、自習にすらなりゃしない。

 隠しごとじゃないし、サラに教えてもらうって答えちゃうか。この学院にきてから、変ないいつくろいをしようとして失敗してばっかりだし。


相棒(ファミリア)に訊きます。わたしよりずっと賢いので」

「きみ、使い魔(ファミリア)を持っているのかい?」

「はい。本当はここの学院に入る予定って、なかったんです、わたし。魔術工科学院に行って、そのあとはすぐに父の手伝いなんかをするつもりでしたから、助手が必要で」

使い魔(ファミリア)が、きみより賢い……?」

「はい。たいていのことに詳しいし、相棒(ファミリア)自身は知らなくても、言霊を尋問して調べてくれます」


 眉間にシワを寄せてけわしい表情だった殿下の顔に、しだいにおどろきの色が広がっていく。……あれ? 正直に答えるのもまずかった?


「エルゼヴィカ嬢、きみの使い魔(ファミリア)、どこの世界から呼び出したんだい?」

「わたしの志望の仕事には、火の精がいてくれると助かると思って、本で読んだとおりに魔法陣を描いただけです。どこからきたのかは、ちょっと……。サラマンダーですけど」


『さ、サラマンダー……!?』


 急に輪唱されたので、わたしは椅子から飛びあがってしまった。

 いつのまにやら、人だかりができている。シモーヌ嬢とクラウディア嬢に、カザリーン嬢とセティ嬢。ゲオルグさまと、あと、たぶんユフード殿下のおつきとしていっしょに留学してきたのだろうペルガモン風の殿がた。

 ……午前中にご令嬢ウォールに混ざっていたような気もする、名前はわからない令嬢までおふたかたいらっしゃる。わたしの監視をしてたんですね。おつかれさまです。


 みんなにいっせいに大声を出されて、わたしのほうが首をかしげることになった。


「そんなにめずらしいんですか、サラマンダーって?」

火界バートルを統べる王族だ。火霊の中ではもっとも位階が高い」

「四大精霊の一角だというのは本で読みましたけど」

「四大を従えている人間なんて、もう二百年は現れていませんわ!」


 とさけんだのは、シモーヌ嬢だ。わたしはぱたぱたと手を振る。


「従えてなんて、いないです。お客(ゲスト)として、しばらくのあいだ、わたしの手伝いをしてくれるだけで」

「そのサラマンダーは、どちらにいるのですか?」


 そう訊ねてきたのはクラウディア嬢だった。たぶん、彼女も校則は知っていると思うので、わたしはありていに答える。


「カンニングやスパイを防止するために、手のひらに乗るような小さなサイズだったり、透明な姿になれる相棒(ファミリア)は、学園内に連れてきてはいけないことになっていますよね。さいわいサラはわたしが作った大きなぬいぐるみを憑代(よりしろ)にしているので、校則違反にはならなかったんです。寮のわたしの部屋で留守番をしています」

「会わせてもらっても、いいかな?」


 ユフード殿下の目は真剣だった。異国の皇子さまのおねがいを、男爵家の小娘に断れるわけないじゃないですか。


 ――つぎの講義の開始を告げる鐘が鳴る中、わたしはぞろぞろと九人も引き連れて、寮へと戻る羽目になってしまった。受けなくちゃいけない講義はなかったから、まあいいか。できれば歴史の講義はのぞきたかったけど。


 ていうか、マルガレーテ嬢の取り巻きのおふたり、しごく当然な顔してついてくるんですけど……。




起承転結の承のあたりに突入してきました。


昔の式はxではなくΔで表記していたそうです。pが+でmが-とか(まあこれはプラスとマイナスそのままだからまだわかりやすいですね)。

もっと大昔になると本当に暗号にしか見えない…。


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