第四十二話:磁器のサラマンダー(マルガレーテ嬢によると「名作」だそうです)
章題が名作リスペクトタイトルですが、内容はほとんど関係ありません。
「……ヴィカ?」
クラウディア嬢はおそるおそるといった感じで、テーブルにつっぷしたわたしの肩をゆする。
わたしが無反応なままでいると、彼女はひとりごとにしては妙な声を発した。
「――すんだわよ」
わたしのうしろがわ、寝室につながるほうのドアが開く音がした。だれかいたようだ。
「息はあるはず。……殺しなさい」
「お断りよ。自分の手を汚せばいいじゃないの」
「おまえ、だれのおかげで貴族の生活が送れていると思っているんだ?」
「あたしはべつにいつ止めたっていいんだけど。代わりを探してらっしゃいよ、見つけられると思うなら」
クラウディア嬢と、奥から出てきた何者かが話をしているっぽいけど、ほとんどひとり芝居のように聞こえる。声がすごく似ているのだ。
会話の内容からすると、クラウディア嬢は、ほんとうのサンローム男爵家の娘ではない……?
だとしたら、もうひとりのほうは。
「自分の立場がわかっていないのか、バカめ。こいつさえ始末すれば、私がクラウディアに戻れるんだ」
「シモーヌから話を聞いて、あたしにだっていくらかは理解できてるんだからね。あんたが身を隠さなきゃならないのは、四大相手だけじゃない。中の上の貴族が連れてる使い魔から見れば、あんたがふつうの人間じゃないのはひとわかりなんでしょうが」
「私は気を回しすぎたよ。あんな堂々としてやがった悪役令嬢が、まさか私の同類だったなんてね。よく考えたら、魔力がゼロの人間が存在する理由なんて、この世界の連中には説明が思いつくわけなかったんだ。やっかいなのは、このクソピンクが連れてるサラマンダーだけだったのに」
「なら、もう終わりじゃない。マルガレーテはどこまで話を広めたかしらね? シモーヌもだいたいのところは把握してるし、あの娘は遠からずベヒーモスを召喚する。あんたの大嫌いな四大をね。今後もあんたは目立つところには決して出られない。……おとなしく隠れてるなら、あたしはあんたを売ったりはしないわよ? 恩義なんて感じちゃいないけど、恨みってほどでもないからね」
「プログラムのくせに、舐めた口きくんじゃねえ!」
ぱちん、と平手でひっぱたく音が響いて、テーブルがゆれた。……できれば、床には落ちたくないんですけど、お茶こぼれてるし。
「……なに、やる気? あんたが神の国からやってきていようが、いまはこの世界の範囲でしか動けないんでしょうが。できるもんなら指先ひとつで消してごらんなさいよ」
「私をだれだと思ってるんだ……!」
「スタートポイントガチャでハズレ引いたけど、リセマラもできない負け組でしょ」
「おまえ……ッ!?」
「マルガレーテが読んでくれたわよ、あんたの日記。いっそリセマラできるかどうか、試しに死んでみればよかったのに」
「いつの間にあの女と……!」
「やっぱり、それにも気づいてなかったのね。いまのあんたは完全に無力な小娘、少しばかり上級次元の知識があったって、活用できない。おとなし――」
「人形のくせに、この私に指図しようとするな!!」
金切り声とともに、だれかさんはクラウディア嬢へなにかをしようとした。
ぱぁん! という大きな音が響いたので、わたしは目を開けて、身を起こす。
立っていたのは、クラウディア嬢だった。壁に背をもたせかけてへたりこんでいるのが、たぶん、寝室から出てきただれかさんだろう。
その人物は、眼鏡をかけていない点をのぞいて、クラウディア嬢にそっくりだった。正確にいえば、彼女のほうがクラウディアであり、マルガレーテ嬢と同じく、異世界からやってきた侵入者なのだろう。
そして、テーブルの上に浮いている、ドラゴンに似ているけど、それとは異なる神獣をかたどった、白い磁器でできたもの。
異界人(たぶん)は、宙に浮いているそれを見て、眉をしかめて口をゆがめる。
「まさか、おまえは……」
「そういうことだ。惜しくもなんともなかったぞ、如月聖海。あんたが失敗したのは、悪役令嬢に転生できなかったからでもなければ、チート能力がなかったからでもない。この世界のことを最後まで舐めていたからだ」
身体がちいさいぶんちょっと高いけど、サラの声だ。
そう、わたしは火山からさっさとサラを回収していたのである。あたらしいぬいぐるみを作っていたのは、もちろん完成したらサラの霊質を移すためでもあったけど、半分以上はブラフだった。
いまはわたしの手元にサラがいないのだと見せかけるために。
わたしは最初から、一服盛られた紅茶を飲んでません。口につけたと見せかけた瞬間、カップごと落っことしました。クラウディア嬢は、渡された毒の強さがどの程度か知らないだろうから、全部こぼしてしまえば判断できないと踏んだので。
……まさか、彼女もとっくにこっちがわに寝返っていたとは、知りませんでした。たぶんあのお茶、なにも入ってなかった。
「マルガレーテさま、いつの間にクララまで引き込んでたんですか?」
玄関ドアから入ってきた、マルガレーテ嬢へ訊いてみる。
マルガレーテ嬢は、サラと一緒にずっと「地球人」の可能性がある人物の洗い出しをしていたのだ。小型サイズの相棒禁止の校則は、ダグラス殿下を通じて、特例で一時的に免除してもらっている。
「彼女、演技がとてもうまかったから。サンローム男爵令嬢ではないだなんて、だれも気がついていないほどだったし。話してしまってもだいじょうぶだろうと判断して、協力してもらっていたのよ。……エル、あなたに万一のことがあってはならないもの」
「そういうこと。あたしはこいつより、ヴィカのほうがずっと好きだったしね」
と、クラウディア嬢は、貴族令嬢らしからぬ、にやりという感じの表情を浮かべてみせた。これは演技派だわ。聖海さん……でしたっけ、ご自分に、見た目も声もそっくりな名優見つけてくるなんて、すごい眼力じゃないですか。どうしてそこまでやって、実行はこんなにずさんだったのやら。
「くそ……おまえは、どうしてこいつらとつるんでるんだよ。こいつらは泥人形で、プログラムで動くだけのボットだぞ」
マルガレーテ嬢をにらんで、聖海さんがしぼり出すようにうめいた。マルガレーテ嬢は、不思議そうな眼で見返す。
「いまのあなた自身はどうなのかしらね? わたくしは、ゲームの中に入ってきてしまった自分が、プログラムのソースコードで動いていないとは断言できないけれど」
「おまえ……頭がおかしいんじゃないのか」
「この世界が偽物だと主張するなら、そちらのクラウディア嬢のいうとおりに、すぐに死んでしまえばよかったのよ。なぜそうしなかったか、できなかったからでしょう。とても現実とは思えないのに、あまりにも圧倒的で、全身がこの世界に呑まれていた。わたくしも同じだったから、それはわかる」
「悪役令嬢とはいえ、おまえは侯爵家に生まれたから余裕ぶっていられたんだろう。こっちはモブだぞ。冗談じゃない」
「男爵家なのだから、貴族の娘として一生安泰にすごせたのに、なぜ余計なことをしようとしたの? わたくしがもしサンローム男爵令嬢クラウディアだったら、よろこんで『いとベル』のレールから外れないようにしたでしょう」
「自分がやってたゲームの中だぞ? ほかにネタを知ってるやつがいたら、そいつがシナリオを改変して世界を支配するかもしれないじゃないか。現におまえは、そこのピンクとつるんで自分の運命を変えやがった。どうして私を責める? ……いや、なんでほかにも転生者がいる心配をしない?」
立ちあがりかけた聖海さんだったけど、空中のサラがその目の前にすべり出た。
「侵入者はあんたらふたりだけだ。この世界線の、この時間軸に、追加の干渉はできない」
「……しょせんプログラムのおまえになにがわかる。設定上この世界の神であっても、おまえの力なんか真の現実には作用しないんだ」
サラに気押されて腰砕けになりながらも、聖海さんは口を動かしつづけた。自分はこの世界を作ったがわの存在なのだ、この世界の森羅万象よりも自分は上なのだ、例外は同じ世界の出身者であるマルガレーテ嬢(の中の人)だけだ――彼女はその信念に支えられているのだろう。
それに対し――
「あんた自身が認めるとおり、おいらはここでは確実に神だ。力を見せてやろう」
サラの目が、全身が光った。
わたしたちの身が、宙に浮く。厳密には、足もとがなくなったのだ。浮遊感はなかった。
わたしたちの眼下に、灰色の、白亜の、空の色が映り込んで青色の、無数の楼塔が建ち並んでいた。多くの塔が連なっているその谷間を、鈍色の長方形の箱がいくつもつながった、蛇のようなものが行ったりきたりしている。
黒っぽい点が大量に群れて動いていると思ったら、全部人だ。蛇のようなものに比べるとずいぶんと小さく細切れの、四角いものもしきりに行き交っていた。
楼塔の上空を、十字架状のものが、白い雲を引きながら飛んでいた。
わたしとクラウディア嬢はただただ茫然とするだけだったけど、マルガレーテ嬢と聖海さんの愕然ぶりは明白だった。ふたりがおののいているのは、未知の驚異を見せられたのが理由ではなかったようだ。
見せることはできないはずの光景を、サラに示され、戦慄している。
「如月聖海、あんたを地球へ送還する」
もうしばらくメタ展開です。




