第四十一話:大団円に欠けているもの(いや、余計なピースというべきでしょうか?)
ダグラス王子は白馬どころか、毛並みがきれいすぎて、日の光で黄金に輝いて見える優駿に乗って現れた。
邸宅のテラスで待つマルガレーテ嬢の十歩手前で馬を降りたダグラス王子は、三歩のところまで近寄って、うやうやしくひざをつく。
「マルガレーテ嬢、遅くなってすまなかった。私のあなたへの想いはなにも変わっていない、赦してもらえるだろうか?」
「赦すだなんて、殿下にはなにひとつ落ち度はございません」
「いいや、私が悪いんだ。あなた以外が私の心に入り込む隙間などありはしないと、常にはっきり示していなければならなかった。フレデリックとはよい友人でいられたのに……。彼が道を誤った原因も、トゥリーシェにありえようもない期待を抱かせたのも、ある意味では私に責がある。私がつぎの王になる可能性などという、浮ついた妄想の種になってしまった」
「わたくしは……この身の無力で殿下の道を閉ざす重石となることが、当然だとは思えませんでした。殿下をお慕いしてはおりましたが、わたくしの存在が足かせになるのは明白のことで……」
「王冠に興味がないのは、私自身の意志だよ。私が必要としているのはきみだけだ、マルガレーテ」
「ダグラス殿下……うれしい」
「愛しているよ、マルガレーテ。……メグでいいかな?」
「……はい! ダグ、愛しています、心から」
抱擁を交わすおふたりを、わたしたちは少し離れたところから見ていた。空飛ぶ岩で先回りして学院へ戻って、みんなで出迎えの準備をしよう。
ディルフィナ嬢は、感極まって泣いていた。善い子だなあもう。いちおう彼女のほうが一学年上なんだけど、可愛くってしょうがない。わたしももちろん、大好きなお姉ちゃんがしあわせを手にしたも同然の場面に、こみあげてくるもののなかろうはずもなかった。
ディルフィナ嬢からしても、マルガレーテ嬢は同い年であるにも関わらず姉のような感覚だったはずだ。実際に、マルガレーテ嬢には前世のぶんを合わせた、実年齢以上の人生経験があるわけだけど。
ゲオルグさまと御者の人にうなずいて、空飛ぶ岩に馬たちと馬車を誘導する。上は平らだけど底はちょっと盛りあがっているから、場所を選ばないとちょっと乗り降りが大変だ。
わたしにはいま少し、やるべきことがある。
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貴族の子弟子女となれば、なにかと用事があるもので、休講日だけで片づくことばかりでもない。わたしたちが三日半学院を留守にしていたのも、べつに取り立てて注目されることもなければ、問いただされることもなかった。
フレデリック殿下とトゥリーシェ嬢の不在も、なにか尋常ではない事態であると気づかれるには、一ヶ月かそこらかかるだろう。公爵家のかたとなれば、多忙なのはむしろ当然ですからね。
出席できなかった講義に関しては、代数のノートだけセティ嬢に頼んで写させてもらった。ほかの科目は一回しか抜けていないのでだいじょうぶでしょう、たぶん。
繊維工学の時間では、わたしも手芸をすることになった。サラのあたらしいボディになるぬいぐるみを作るのだ。テクスタイン教授の協力で、難燃性かつ手触りが絹のベルベットに負けない生地と、ふわふわの中綿と、丈夫で切れない縫い糸の準備ができた。
わたしがぬいぐるみに取りかかりはじめると、自分も作りたいというご令嬢がけっこう集まってきた。新素材の在庫はなかったけど、教授がふつうの生地と中綿を出してくれて、編み物、刺繍につづく、あらたなコースが誕生することになった。
かなりの人気講義になりましたね、テクスタイン教授。繊維工学としてはなんにもやってないけど!
革製の指貫をして、太い縫い針をベルベットの生地にねじ込んでいるわたしを見て、マルガレーテ嬢が「ミシン」なるものの概要を話してくれた。電気の力、あるいは足踏みで縫い針を早繰りしてくれる機械ですか、便利そうですね。
テクスタイン教授とシュミット助教の合同チームに、マルガレーテ嬢がアドバイザーとしてつけば、サラの力を借りて試作第一号ならすぐ作れるかもしれない。まずはシュミット助教に話して、図面を書いてもらいましょう。
ご飯は相変わらず美味しいし、王立高等学院は平穏そのものだ。
生徒会長が不在になったけど、お茶会の申請に行ったときに応対してくれたブルネットのお姉さまが副会長として代行を務めてるそうだし、そろそろ生徒会役員選挙があるとのことで、まず間違いなくダグラス王子が会長に選出されるだろうし。
これまでと変わったことといえば、学院のはじっこにある「君といと瞥えし泡沫の夢殿」の建っている丘へ登ると、北西のほうに、白煙をたなびかせているあたらしい火山が見えるようになったくらい。
そんな日々が二週間ほどつづき、サラのあたらしいボディもだいぶ形になってきた――もちろん週に三回しかない繊維工学の時間だけじゃなく、わたしはずっとぬいぐるみを作っていた――ところで。
「ねえヴィカ、そろそろまたお茶会を開こうと思うのだけど」
と声をかけてきたのは、クラウディア嬢だった。
「いいじゃない。だれをご招待しようか?」
「キャスとセティと、シモーヌ嬢はお呼びするつもりなんだけど、マルガレーテ嬢どうしようか、考えてるの。ダグラス殿下もいらっしゃるわよね。『君といと瞥えし泡沫の夢殿』を使うのはちょっと大仰かしら、って」
「この前は、ダグラス殿下とユフード殿下を両方お招きしたからああなったわけで、ダグラス殿下だけなら『蜻蛉のいとつどいし穹窿』でもだいじょうぶなんじゃない?」
「……ユフード殿下、お呼びしなくても、いいの?」
「それ、クララがわたしに気を使ってくれてるってこと?」
そっか。クラウディア嬢からすると、ユフード殿下がわたしに婚約の申し込みをしてきた、ってところで情報の更新が終わってるわけだ。殿下からべつに返事の催促とかはされていない。
ユフード殿下はすてきなかただと思うけど、ペルガモンの政争に巻き込まれたくはなかった。マルガレーテ嬢とダグラス王子のご成婚が滞りなくすんで、レッセデリアから本格的に外交のアプローチをする体勢が整ったときに、サラを相棒としている人間の立場から、ペルガモンの安定に役立てるなら……。
うーん、やっぱり、マルガレーテ嬢とダグラス王子みたいに、利得やら打算抜きで、お互いが恋しくて求め合うっていうような段階じゃあないな。
「ユフード殿下は、ヴィカのことほんとに好きだと思うけど」
「そっちはまあ、わたしがちゃんと自分で機会を作るから」
「そう。……もしお時間あったら、もう少し相談に乗ってくれる? わたくしの部屋で、お茶でも飲みながら」
「もちろん。おやつもあるとうれしいです」
「ふふ、ヴィカったら」
お招きにあずかりクラウディア嬢の寮へ。彼女も男爵家の娘さんだから、わたしのところと作りは完全に同じ。奥も、たぶん寝室しかないでしょう。
お手製とおぼしき素朴な感じのクッキーと一緒に、クラウディア嬢が赤い色の強い紅茶を出してくれた。
さっそくいただ
カップをかたむけたわたしの手の、指がほどける。カップが床に落ち――高さは大したことなかったので割れることはなく、熱いお茶を撒き散らしながら転がった。
わたしはがくりとうなだれ、テーブルにおでこをぶつけることになった。
残り4話の予定です。
最後までお付き合いいただけますと幸甚です。




