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第四十話:この世界が作りものであろうとも(トゥルーエンドだのハッピーエンドだの)


 いろいろ片づけているうちに、学院から離れて四日目になっていた。


 火山がないはずのウッドレス山脈でいきなり山が火を噴いたものだから、わりと大騒ぎになっていて、事情を説明したらわたしのいうことに異を唱える人は皆無になった。

 まあ、空飛ぶ岩に乗ってきた時点で、だいぶありがたみがありそうだったからね。ゾーゲンヴェクトの旗と軍監章もあったし。

 はったりが効くときはごりごり押しすべしってのがよくわかりました。ディルフィナ嬢とゲオルグさまが、権威側からの()()をするのに馴れてたのはほんと助かる。


 わたしはあの窪地が古い噴火口の痕だとばかり思ってたけど、大昔に隕石が落ちてできたのではないか、と教えてくれたのはマルガレーテ嬢だった。

 はい、マルガレーテ嬢を無事に救出することができました。再会したときのディルフィナ嬢がめちゃくちゃ可愛かったなあ、にやにやしたわ。マルガレーテ嬢のこと大好きなんですねえ。


 フレデリック殿下に対しては、傍系とはいえ、レッセデリア王家の血統者としての権利を濫用し、王国を守護すると契約を交わしていた竜族を独断で動かした、として蟄居処分がくだったそうです。


 殿下はドラゴンたちを使い魔(ファミリア)として従えていたわけではなく、もっと一般的な雇用関係だったらしい。勝手に王都防衛戦力の要を連れ出したあげく、サラにいともあっさりと蹴散らされて、レッセデリア王統の権威はガタ落ちになってしまった。

 伝家の宝刀というやつは、鞘に秘めているうちが華なのである。抜き放った上に惨敗となると、ねえ……。


 竜族というのは金銀宝石に目がないから、お金で釣るのは簡単といえば簡単だけど、彼らを用心棒に雇っておくのは王国にとって軽からぬ負担だったはず。サラにビビって逃げ散った水竜四頭は帰ってこず、契約金の払い損というわけで、そういう意味でもフレデリック殿下の責任は重い。


 四大の圧倒的な力が示されたという意味でもあり、ゲオルグさまによると、精霊伝信でやりとりをしているときのシモーヌ嬢はたいそう上機嫌だったそうです。地の四大ベヒーモスと契約の可能性を潜在させているゾーゲンヴェクト一門は、今後レッセデリア中央政権に対してかなり強気の態度に出られるわけだ。


 いっぽう、トゥリーシェ嬢はフレデリック殿下へマルガレーテ嬢の悪評を吹き込んだことや、彼と儀礼の範囲を越えた親密さであることを認めはしなかったそうだけど、さすがに王やハインリヒ王子、コンコルディア王妃からの心象が悪くて、ひとまずアヴァディーン公爵本家に送還された。


 おそらく、王立高等学院に戻ることはなく、どこかに嫁ぐことになるのだろう。断ったら修道院行きだろうから、さすがにあのワガママお嬢さまも聞きわけるでしょう……たぶん。


 ダグラス殿下から、マルガレーテ嬢を直接迎えに行くと連絡があったのがおとといのこと。ほんとは、マルガレーテ嬢を助け出して、王都からやってきた近衛隊にフレデリック殿下を引き渡した時点で、さっさと帰るつもりだったんですけどね。空飛べるし。


 おかげで、まる一日完全に空いたから、マルガレーテ嬢、ディルフィナ嬢、ゲオルグさまと、プチお茶会を開くことができました。ブランマンジェの作りかた教えてもらったけど、わたしが自分でやってもうまくいく気がしないから、これからもちょくちょくごちそうしてもらいにうかがいますね!


 それから、マルガレーテ嬢とふたりで、夜更けまでじっくり話をすることができた。


 前世のマルガレーテ嬢が親しんでいた、この世界の予備知識となった〈ゲーム〉の題名は「君といと(まみ)えし泡沫(うたかた)夢殿(ベルヴェデール)」――略して「君いと」とか「いとベル」と呼ばれていたそうだ。


 あのご大層な名前のあずま家は、主人公が意中のひとへ想いを伝える、あるいは愛の告白をされる場であり、作品タイトルでもあったんですね。


 単独ルートの場合は好感度を稼いで呼び出されるのを待つのが基本であり、逆ハー狙いなら自分から呼び出してどんどん落とす必要があったんですって。


 ……なんのことやら意味がわかりませんけど。とりあえず、マルガレーテ嬢は()()()に「ユナハ」という名をつけていたそうです。


 前世でのマルガレーテ嬢は「いとベル」の大ファンで、公式ガイドブック、コミカライズ、ノベライズ、その他関連書籍を買いそろえたのはもちろん、劇場版を十五回鑑賞し、舞台も見に行ったのだとか。舞台はチケットを取るのが難しくて、地方公演の一度しかあたらず、わざわざ泊まりがけで行ったんだそうで。


 よくわからないなりにも、そう聞くと、さぞかし大人気の作品だったのかと思いきや、向こうの世界では、一定以上の規模で展開した〈コンテンツ〉なるものは〈メディアミックス〉というのを前提としていたんだそうです。「いとベル」自体は中の中、いたって平均的なコンテンツで、老若男女を熱狂させる、というものではなかったんですって。いやはや、すごいところですね。


「いとベル」が同時期の類型作品と明確に一線を画していたのが、()()()はあくまで読み手にゆだねられており、名前が設定されていない、ということだったそうな。

 この手のゲームはたいていは主人公に「デフォルトネーム」というものがあり、場合によっては名前は完全に固定されていて変更できず、プレイヤーネームしか登録できないこともめずらしくないもので、「いとベル」は設計思想としては古いタイプなんだとか。

 そして、本体のゲーム以外では各メディアごとに主人公の名前がべつべつで、描かれるルートも違うという、意欲的な展開をしていたのだそうです。


 それでも、悪役令嬢マルガレーテは、破滅の運命から逃れることができない。


 舞台版のシナリオは、当時ゲーム本編でまだ実装が間に合っていなかった隠しルートの東方編で、とうとう主人公ファナと和解したマルガレーテが、最期は身代わりとなって散る……。これには多くの人が涙したのだという。もちろん、転生前のマルガレーテ嬢自身も。


「ゲーム側の実装が間に合わなかったのは、じつは単に開発が炎上――遅延しただけの事故だったのだけれど、かえって、観客側のだれもまだ見ていないストーリーになった。惜しむらくは、役者さんたちのスケジュールはもう埋まってしまっていて、公演のロングランができなかった、ということね」

「けっきょく、()()()()()()が助かるルートっていうのは、最後までなかったんですか?」


 サラのいっていたとおり、お話が変化するといっても、組み合わせは無限からほど遠いというのは理解できた。でも「開発」とやらが進めば新しいパターンが出てくる、ということらしいので訊いてみたけれど、マルガレーテ嬢は肩をすくめる。


「あの世界では、コンテンツの寿命というのは決して長くないの。『いとベル』はリリースから四年でサービスの終了が発表されたわ。極端な不振で維持ができずに打ち切られたわけではなかったから、スタンドアロンでプレイできるオフライン版が、登録ユーザーには提供されることになった。もともとは、ソーシャルゲームではなくコンソールでリリースされる予定だったそうで、主人公にデフォルトネームがないのはそのころの名残だったのでしょうね」


 ……後半はまったく意味がわかりませんでした。マルガレーテ嬢は心底「いとベル」のことが好きみたいで、話をしているときの目の輝きが違います。きっと、前世ではお友だちとこんなふうに「いとベル」について語り合ってたんでしょうね。

 わたしじゃ半分もつき合えなくてすみません。


 でも、これだけはわかったかな。


「マルガレーテさまは、()()()()()()のこと、お好きだったんですね」

「そうね。まさか自分でやらされるとは思わなかったけれど。『いとベル』で一番好きな登場人物は、()()()()()()だったわ。どうして彼女がしあわせになれないのかって、ifルートを書いた二次創作をけっこう読んだのだけど、今度は()()()()()()が主人公をひどい目に遭わせる話ばかりで、(いや)になってしまって。いっそ自分で書こうかと思ったくらい」

「思っただけで、書かなかったんですか?」

「文才もなかったし、前世のわたくしには、あまり余裕自体がなかった。時間的な意味でも、精神的にもね。ひとりでフェリクヴァーヘン領に戻ってこいという使いがきたとき、六歳のときに自覚してから十年間、大貴族の令嬢としての生活を満喫した代償としてなら、破滅を回避できなくても仕方がないかと思ったくらいよ」


 そういったマルガレーテ嬢の表情は、優雅な大貴族の娘のものではなかった。日々の生活に疲れた、庶民の顔。

 男爵家に引き取られるまでは、わたしもよく見る機会のあった顔だ。そして、こんな顔をした姉が、男爵令嬢になったわたしのところへやってきて、つぎの瞬間、シワ深い眉間とほおを震わせながら、血走った目でわたしをにらんで罵った……。


 でも、マルガレーテ嬢はすぐにいつもの美しい顔に戻った。これが、単にいまは心や生活に余裕があるからであったとしても、わたしはかまわない。余裕を維持すれば優しいままでいられるなら、そうすればいい。


「ここはもう『いとベル』の世界ではありません。わたしがあなたを破滅から守ります、マルガレーテさま」

「ありがとう、エル」




エンディングへ向けしばらくメタ視点寄りの話が続きます。

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