第四話:今度は皇子さまですか……(もう記憶容量使いきっちゃいましたよ?!)
わたしが下手な考えを巡らす必要はなく、クラウディア嬢があいだに立って男性おふたりと引き合わせてくれた。身内でも婚約者でもない異性に、勝手に話しかけるのは礼に反しますからね。
「エルゼヴィカさま、ご紹介しますわ。こちらはユフード・ザン=アル・ムアッディブさまと、ゲオルグ・セオドール=ド・グラモンドさまです」
「ユフードです、お見知りおきを、エルゼヴィカ嬢」
「ゲオルグともうします」
さほど長躯ではないが引き締まった痩身で褐色の肌のユフードさまと、丈高く屈強な体格で色白のゲオルグさま、好対照な美少年が居並んで、見惚れるほどのボウアンドスクレープをしてくれた。わたしもカーテシーで返す。
……ん? グラモンド家がゾーゲンヴェクト辺境伯に仕えている高級騎士の一門だということはわかりますが、アル・ムアッディブって――
「ええと、ユフードさまは、ペルガモン帝国の皇太子殿下で……?」
「いやだな、帝位継承順位は六十八番目ですよ。皇帝なんてありえないから、かしこまらないで」
ちょっとまって。ゾーゲンヴェクト辺境伯のお嬢さまとお近づきになったってだけでも、フェリクヴァーヘン侯爵ご令嬢からの心象が悪くなりそうなのに、ペルガモン帝国の皇子さまとか……。王立高等学院に国外の有力者の子弟が留学してきているのは想定内だけど、よりにもよって、友好国の中で一番大きな国のプリンスがこの場にいるとかどうなってるの。
入学初日そうそうに悪役令嬢対策の人垣づくりに取り組んでるとか、そんなふうに思われたらまずい気がする。いや、ここはむしろ皇子殿下になびいてるふりして、ダグラス王子に色目使うつもりはありませんよってアピールするほうがいいの……?
わたしは完全に脳の処理限界を超えて動作不良を起こしていたのだけど、緊張で固まっただけだと好意的解釈をしてくれたらしく、クラウディア嬢がわたしの腕を取った。シモーヌ嬢以外はみなさん一次的接触に積極的なようで。
わたしは触り心地があまり良くない自覚があるんで、お嬢さまがたのすべらかで柔らかい手が嬉しいと同時に、ちょっともうしわけなくなりますね。
「さあ、いつまでも立ち話をすることもありませんわ、お茶にしましょう」
……お茶会でなにを話したかは、あんまり憶えてない。うかつなことをいわないようにだけ、気をつけて、たぶん……だいじょうぶだった、はず。
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「おう、おかえり。どうだった?」
すっかり空が黄昏に覆われた中、部屋に戻ったわたしをサラの声が出迎えてくれた。ドレスを脱ぎ捨て、ふわふわベッドにダイブする。
「人づきあいって、疲れるわ」
お茶もおやつも美味しかったけど。なに話したかは憶えてないのに、味はわかるのだから、わたしはこれでけっこう図太い。欠食児童だったころの根性は変わらないようだ。
腑抜けた面でゆるんだ口から半分魂が出ていたわたしへ、サラは出かける前と変わりないきびきびした声で報告してくる。
「相変わらずだな。それより、淫乱ピンクの意味がいくらかわかったぞ」
「早いわね」
わたしはもぞりと身を動かし、サラのほうへ顔をあげた。見た目こそできの悪いぬいぐるみだけど位階の高い上級精霊だから、知りたいことを指定すれば、そのへんをさまよっている言霊を捕まえて調べてくれるのだ。人間が多いところには言霊もいっぱいいるから、ふだんよりすぐにすんだみたい。
「基本的には字面どおりのろくでもない意味なんだが、案外悪くない側面もある」
「……どういうこと?」
「人誑しだ」
「ひとたらし……?」
「男でも女でも、なんとなく虜にしてしまって、嫌われない人物を形容する語らしい」
「それが、淫乱で……ピンクなの?」
「語源はどうもよくわからんが。つうか、この世界の概念じゃなさそうだ」
「……ふぇ?」
間の抜けた声が出てしまった。この世界の概念じゃないって、どういうこと?
「フェリクヴァーヘン侯爵令嬢の周囲に、高名な賢者とか、ブレーン役っているのか? それとも、令嬢自身が力量のある術師だったり? 相棒持ってるんじゃないか?」
「聞いたことないわ」
ありえないとはいえないけど。
「気をつけろよエル、ただの悪役令嬢じゃなさそうだぞ、あの女」
まあ、悪役令嬢って時点で、すでにただものじゃないし。
フェリクヴァーヘン侯爵家のマルガレーテさまが〈悪役令嬢〉として一躍有名になったきっかけは、王宮での「あら、どちらさまでしょうか?」事件だといわれている。
高額な贈物を繰り返し、侯爵令嬢の信任を得たと思っていた貿易商シャルドンはそのひと言で宮中からつまみ出され、御用商人になるという大望は潰えたそうな。
そのほかにも「ごめんあそばせ、これは虫除けでしたわ」事件とか、「ご自宅の鏡をお取り替えになったほうがよさそうですわね?」事件とか、悪役令嬢マルガレーテは逸話にこと欠かない。
わたしも、贈り物だといって香水のビンに入った除虫菊エキスを渡される日がくるかも。
寮制だから食堂へ行けば夕飯が食べられるのだけど、お茶会でスコーンやサンドウィッチをけっこういただいたので、明日に備えて休んでしまうことにした。
マルガレーテ嬢のもとには、レキュアーズ男爵家の小娘が、ゾーゲンヴェクト辺境伯令嬢やペルガモン帝国の皇子と接触したという報告が届いているのだろう……。
ようやく「淫乱ピンク」の本作における解釈を提示することができました。
まあ、そんなに目新しくもなければ独自解釈でもないと思いますけど。
エルは今後もこの路線でピンクムーブしますのでよろしくお願いします。
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