第三十八話:偽りの誠意(あなたのためだから、っていう人は、ほぼほぼウソついてますよね)
巨竜を四頭も率いて現れた公爵家の嫡男に対し、ふだんの平静さに欠いた声をあげたのは、ディルフィナ嬢だった。
「これはどういうことですかフレデリック殿下。マルガレーテさまを連れさったのも、殿下がご指示なさったのでしょうか?!」
こっちの声はサラが届けているのか、それとも、フレデリック殿下が聞き取り役の言霊も飛ばしているのか、こだまが返ってくるほど絶叫しなければ届かない距離であるにもかかわらず、ちゃんと会話が成立した。
『落ち着いてくれていいよ、ディルフィナ嬢。マルガレーテ嬢を呼び出したのは、フェリクヴァーヘン侯爵も承知していることだ』
「理由をお聞かせいただけますか」
『ダグに王位を継いでもらう。そのためには、マルガレーテ嬢は、少なくとも正妃というわけにはいかない。おれとしては、彼女はこちらで引き取ってもいいんだよ。悪くない話だとは思わないかい?』
「マルガレーテさまにそのお話、直接なさったのですか?」
『まだはっきりとはいってない。以前にそれとなくふれたときは、にべもなく断られてしまったよ』
フレデリック殿下は、いつもと同じく、飄々とした感じだった。とはいえ、これは冗談やら悪ふざけですむ話ではない。
「殿下、あなたはマルガレーテさまのことが好きで、ご自分と結婚してもらいたいがために、彼女を実家へ連れ戻すよう侯爵閣下に指示をなさったというんですか?」
『もちろんそんなに単純な話じゃないよ、エルゼヴィカ嬢。ダグは次期王位から遠ざけられようとしていた。そして、それを主導していた有力者のひとりが、ほかならぬフェリクヴァーヘン侯爵だからね。大貴族の血筋でありながら使い魔を呼び出すことが絶望的な、その代わりに利発で機転の効くマルガレーテ嬢を婚約者とすることで、ダグの将来を、外交の顔役に限定し、ハインリヒ殿下が確実に王位を継承できるようにしたつもりだった』
「ところがルセト王子が生まれてしまった」
と、ゲオルグさまがつぶやいた。……あ、ルセト王子って、マルガレーテ嬢とダグラス殿下が婚約したあとにお生まれになってたんですか。
『そのとおり。ハインリヒ王子とダグの母、セシーリア王妃が亡くなり、後妻であるコンコルディア王妃がルセト王子を生んだ。コンコルディア王妃はわが子可愛さに、ルセト王を実現させようと活発な工作を行っている。コンコルディア王妃はルクゼニア王国の姫、さほど大きくないとはいえ国は国だ。セシーリア前王妃の実家であるフォーツマルク公爵家より各方面に圧力が利く。ましてフォーツマルクは男児が絶えて、このままだと消滅してしまうしね』
フォーツマルク公爵家は、たしか二代くらい前の王弟が封じられた家門だったはず。セシーリア王妃は、フレデリック殿下にとって、はとこだかまたいとこだかにあたる。
「ルセト王子は、フレデリック殿下にとって、ハインリヒ王子やダグラス王子より血のつながりが薄い。だからあまり応援したくない、ってことですか?」
『おれはダグのことはひいきにしてるけど、ハインリヒ王子にとくに思い入れはないよ。コンコルディア王妃に宮廷をあまりかき回してもらいたくないだけさ。もうひとつの理由として、トゥリーシェがダグと結婚したがっているからね』
フレデリック殿下の口から意外な名前が飛び出してきて、
「ダグラス殿下とマルガレーテさまの婚約を解消して、エルゼヴィカさまをあらたな婚約者とすることで、ダグラス殿下の王位を確実なものにしようということではなかったのですか?」
と、ディルフィナ嬢が問いただす。……いや、わたしとしては、なんかめんどうが遠ざかったから、べつにそれでもいいんですけど。トゥリーシェ嬢は王妃の器とはいえないんじゃないかなあ、ってくらいで。
『エルゼヴィカ嬢はたしかに可愛いし面白いし、結婚してくれるっていうならおれだって断らないけど、やっぱりユフード皇子なり、ペルガモンや、香海、南東青海地方の王族にとってこそ最大の価値がある花嫁だ。レッセデリアとしては、エルゼヴィカ嬢には王位争いの切り札よりも、国際修好の架け橋になってもらいたい』
ほほー。王室に近い人の考えだと、こうなるんですねえ。わたしを、というか、サラを外交カードとして、ペルガモンやその周辺の国と条件交渉をしようってわけですか。
サラマンダーを相棒に持つレッセデリア一の才女(誇大広告)を王妃としたければ――関税の撤廃か、カガンに対する共同戦線か、いったいなにを要求するんしょうね?
男爵じゃかっこがつかないから、レキュアーズ家は箔づけのために子爵か伯爵に昇格か、新しい封号をもらうことになったりもしそう。父はそういう虚栄に惑わされないひとではあるけど、嫌がったり拒否する理由もない。
慈善事業で施しをしていた孤児院から引き取った養女が栄光をもたらした、となれば、美談として語られるだろうし、資質を見抜いたのかと賞賛もされるだろう。
そういう未来を、頭ごなしに否定しようとは思わないけど。
「フレデリック殿下、どうしてマルガレーテさまをひとりだけ連れ出したんですか? ディルフィナさますら引き離して。追いかけてきたわたしたちをこんな山の中まで誘い込んで、ドラゴンを四匹も見せつけるのはどうしてですか? マルガレーテさま、ダグラス王子のおかれている立場や責任を考えれば、殿下のお話は理不尽というほどではない。なぜふつうに話してくれなかったのですか? たとえば、昨日のお茶会でいってくれてもよかったんじゃありませんか?」
『ダグは、王位のためにマルガレーテ嬢を捨てるという発想に、抵抗感を持ってる。マルガレーテ嬢のほうは、ダグが望むなら身を引くといっているが、要するにダグに責任を負わせている』
……このひと、マルガレーテ嬢のこと、嫌ってない? ダグラス殿下が王になるなら、自分が外交大使として、マルガレーテ嬢の補佐を受けるために結婚する用意がある、みたいなことをいってたのに。
「マルガレーテさまとダグラス殿下に、直接お話しすべきことじゃないんですか。なぜわたしたちに話すんです」
『きみからいってほしいからだよ、エルゼヴィカ嬢。ユフード殿下との結婚を前提に、次期ペルガモン皇帝からの提言という形にすれば、ダグにも、マルガレーテ嬢にも、もちろん残りふたりの王子や宮廷の内外に対しても、充分に説得力があるだろう』
「それだけの話を、わざわざこんなところでする理由はなんですか? マルガレーテさまも、シモーヌさまも、わたしと差し向かいで、ご自分の考えを話してくれました」
『彼女たちは、あくまでおねがいだっただろう、きみに対して。もちろん、おれもできれば強制はしたくないがね』
「強制できると思うんですか?」
わたしの声には熱意や怒りが足りなかったかもしれない。フレデリック殿下は、笑いはじめた。直接聞こえてくるほどの大笑い。
「あっはっはっはっはっはっ」
「っはっはっは……」
「……はっはっはっ」
尾根に跳ね返って、笑い声がこだまする。残響が消えるには、しばらくかかった。
『――こいつらは四頭とも水竜だ。水を司る存在は、火の力を持つ相手にめっぽう強い。水竜は一頭でも、第一級の火霊獣であるケルベロスを打ち倒すことができる。四大はさらに上だということはもちろんわかっているが、四対一ではどうにもならないさ』
フレデリック殿下の声音に対する変な感覚の原因に、ようやく気づいた。トゥリーシェ嬢とそっくりなんだ。だとすると……ああ、そういうことかな。
とりあえず、殿下のいってることがほんとうか、サラに訊いてみましょう。
「ドラゴンにも殿下にも、ひどい怪我をさせずに制圧して。できるでしょ?」
「当然。まあ、さすがにこのぬいぐるみに入ったままじゃ無理だが」
「そう。あとであたらしい憑代持ってくるね」
余裕しゃくしゃくのサラを、背負っていたかばんから引っ張り出して、両手でぽいと上空へトス。
わたしは相棒を仮の姿から解き放つ。
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