第三十七話:黒幕さま、ご対面!(……でいいんですか? 全部あなたがやったんです?)
サラの光球に囲まれたグリフォンは、丘を越え川を越え、だんだんと殺風景な山岳地帯へとわたしたちを導いていった。草木が減り、荒涼とした岩肌の割合が増していく。
馬車のちいさな窓から外の風景を見て、ディルフィナ嬢が柳眉をひそめた。
「フェリクヴァーヘン侯爵領に向かうには、いささか方角が違うようですが」
「マルガレーテを連れ戻すだけなら簡単だが、それだけじゃ問題の解決にはならん。手を回した連中とカタをつけさせてくれるなら、乗ったほうが早い」
サラは余裕たっぷりだった。もう、背後にいるのがだれなのか、全部わかっているのだろうか。なにが出てきても楽勝だから、気にしてないのかもしれない。
道がなくなったので、速度がだいぶ落ちてきた。かなりの距離を走ったから、馬が疲れてきているのもあるだろう。あと、足元が悪いからか、かなり揺れる。
とうとう馬車が停止した。御者台とのあいだを隔てる幌が開いて、もうしわけなさそうに御者の人が顔を出す。
「すみません、これ以上は馬では進めません」
「ありがとうございます。あとは歩いていきますから」
サラを抱えて、馬車から降りる。さすがにちょっと腰が痛い。こんなに長いこと馬車に揺られたのははじめてだ。
グリフォンは、西に見える峰の上でゆるゆると旋回していた。光球が相変わらず前後上下左右から取り囲んでいる。
ディルフィナ嬢とゲオルグさまは、剣をベルトから提げて、一分の隙もなかった。いやあカッコいい。これは絵になるなあ、真ん中にいるのが、へんてこなぬいぐるみを抱えたピンクだって点をのぞけば。
御者と四頭のお馬さんに見送られ、けわしい岩山へ踏み出す。さきをゲオルグさま、うしろをディルフィナ嬢に守られながら、ごつごつした道なき道へ。サラを抱えて手がふさがっていたらあぶないので、替えの服を入れてきたかばんに放り込んで背負うことにした。入りきらないから、しっぽを折り曲げても頭が出るけど。
肩越しに、サラへ訊ねる。
「どのくらい歩かなきゃいけないの?」
「グリフォンの騎手に聞いてみるか。――あの尾根を越えたさきだとさ。一時間ちょっとだろ」
「けっこうあるなあ」
山をハイキングすること自体は嫌いじゃないけど、ここは一面岩場で景色に面白みがない。どうせ山なら、歩くのが苦にならないところにしてほしかったな。
ゲオルグさまは、わたしとは違う意味でこんな岩山に連れてこられたのが気になるようだ。
「このあたりは、レッセデリアでもとくに辺鄙なところのひとつです。北や東にはもっと広大な荒野がありますが、王都から一番近い無人地帯といえばこのウッドレス山脈になる。だれもいない場所へ誘い込んでくるとは……」
「わざわざ人がいないところに案内してくれたんだ、期待に応えてやるさ」
サラは暴れる気満々みたいだ。たしかに力でサラが負けるとは思えないけど、あんまり手荒なことはしてほしくない。
「尾根を越えたとこに王国軍が一万人待ち受けてたりしたら、いちいち相手なんかしないからね。マルガレーテさまを助け出して、一緒にペルガモンにでも亡命する」
「手駒に人間を使うなら、こんなまどろっこしいことはしないさ。学院の寮を取り囲んだほうが早いだろ」
「巻きぞえになる人が多すぎるじゃない」
「おまえがそういうこと気にするからこそやるんだよ」
……悪辣な発想だなあ。
「だが、連中はおまえに愛想を尽かされたくはない。おとなしく、ダグ公か、ユフードの坊主か、それともほかのだれかさんか、連中が担ぎたいやつの嫁になってほしいと思ってる。強制できるつもりでいるんだ」
「マルガレーテさまは人質としてさらわれたっていうの? でも、こっちには連れてこられてないんでしょう?」
「マルガレーテの利用価値は、またべつの問題になる。あの女が持っている知識は、この世界とは異なる文明観のものだ。聞き出したところで一朝一夕じゃ実用できるようにはならない。連中は、マルガレーテを連れ出して、おまえが即座に動くとは思ってなかっただろう。可能性として考慮はしてたが、おまえの判断は想定を上回る早さだった。連中は一番粗雑なプランでの対処を余儀なくされてるはずだ、おまえは見事に出し抜いたんだよ、エル」
「……だれの?」
「すぐに向こうの面は拝めるさ」
自信満々なくせに、サラは犯人(?)がだれなのかわかっていないらしい。何者が出てきても同じこと、って意味なんだろうか。
かなり尾根が近づいてきた。グリフォンは翼を振りながら、さきほどよりちいさい半径で旋回を繰り返している。サラがごろごろとのどを鳴らした。どうやら、伝信をしているみたい。
グリフォンを取り囲んでいた光の玉が、ふっとかき消えた。解放されたグリフォンは、一気に加速して東のほうへと飛び去っていく。
「案内はおしまい。あとは、あいつに命令を出したやつとご対面するだけだ」
「マルガレーテさまを連れ去ったのと、彼に命令を出したのは、本当に同一人物なのでしょうか?」
「別々って可能性は相当低いだろ。仮に違っても、マルガレーテの知識を利用したいのなら、何年もかかる。救出する機会はいくらでもあるさ」
やや不安げに訊ねたディルフィナ嬢へ、サラはこともなげに応じた。
もし犯人が異界人であったなら、自分だけが知っていることを独占しようとする可能性があって、マルガレーテさまの身の危険は逼迫しているんだけど、ディルフィナ嬢を無駄に不安にさせる意味もないし、わたしは黙っていた。単にマルガレーテさまの口から知識が広まらないようにしたいだけなら、それこそフェリクヴァーヘン本領からの呼び出しなんてしないで、刺客を差し向けたほうが早いしね。
尾根を乗り越えると、少し傾斜がゆるやかな下りになっていた。すり鉢状の窪地が広がっている。ここまでの岩場に比べると、足もとはあまりごつごつしていない。
おおむね円形になっている、全力で走っても五分はかかりそうなくぼみの真ん中あたりまでやってきたところで、四方から巨大な影が尾根の上に現れた。
わたしを挟んで、ディルフィナ嬢とゲオルグさまが背中合わせに剣を抜く。だが、その声はかすれていた。
「ドラゴン……!?」
「四頭も……バカな」
『無意味だよ、剣を納めたまえ』
苦笑交じりのその語は、張りあげた大声というわけではなく、ごく自然に聞こえてきた。たぶん、風の精霊を介しているだろう。
聞き憶えのある声だった。
「フレデリック殿下……」
さて、彼は本当にすべての糸を引いていたのでしょうか…?
この先はちょっと更新時間不安定になると思います。
1日1更新は守ったまま最後まで乗り切るペースはまだ崩れていませんが。




