第三十四話:悪役令嬢救出作戦、開始!(いやまあ、まだ彼女がさらわれたとは決まってないんですが)
ディルフィナ嬢の眼は真剣で、同時に切実だった。ほかに頼れる相手がいない、と訴えている。
「サラを連れてきます、ちょっとだけおまちください」
ダイニング兼応接間から寝室に戻ると、サラはベッドの上からこっちを見ていた。当然、ディルフィナ嬢の声は聞こえていただろう。
「悪役令嬢が窮地に追い込まれていたとして、助けるのか?」
「どんな話をするにせよ、盗み聞きは防ぐべきよ」
「それはそうだな」
サラを抱えて、ダイニングに取って返す。広がった虹色の幕にディルフィナ嬢は目をしばたたかせたけど、怖れる様子はなかった。
「言霊を背中に貼りつけられてはいないようだが、まあ念を入れておくに越したことはない」
「ディルフィナさま、詳しくお話を聞かせてください」
テーブルの上にサラをおいてわたしがうながすと、ディルフィナ嬢はすぐに口を開く。
「今朝早く、日が昇る前のことです。フェリクヴァーヘン侯家本領から使いが参りました。マルガレーテさまだけが呼び出され、おひとりで国許へ向かわれています。……これまでに、このようなことはありませんでした」
「マルガレーテさまは、なにかお言づけを残していかれたのですか?」
「いえ……私とマルガレーテさまの部屋は少し離れていますので。私が気づいたときには、すでにマルガレーテさまは差回しの馬車へ乗り込むところでした」
「ふむ。従者になにもいわないで令嬢だけ連れて行くってのは妙だな。間違いなくフェリクヴァーヘン侯の使いだったのか?」
わたしは正直ピンとこなかったけど、サラは違和感があると認めた。ディルフィナ嬢は、硬い表情でうなずく。
「私が馬車に駆け寄ろうとしたところ、先導の騎馬に乗っていた者に止められ、書状を見せられました。フェリクヴァーヘン侯爵の印章が捺された、略式ですが真物の伝令書でした。学院の敷地に夜明け前に馬車で乗り入れるだなんて、よほど緊急の要件でなければ認められないはずなのはたしかです」
「具体的な用向きは聞き出せなかったんだな」
「はい。ただ火急であるとだけ。……昨日のお茶会のあと、マルガレーテさまはこうおっしゃったのです。エルゼヴィカさまに、私や、ダグラス殿下、侯爵閣下も知らない、すべてを話したと。もしなにかあったら、エルゼヴィカさまがきっと力になってくれる、と」
「やれやれ。しょうがねえな、マルガレーテがどこに連れてかれたのか、手を回したのはどいつなのか調べてみるか。父親の侯爵が呼び出したとは限らねえ、王家のだれかが命令したのかもわからんしな」
といって、サラは言霊の行き来を遮っている幕を外そうとした。わたしは口を挟む。
「ちょっとまって」
「……なんだ?」
「言霊を使いに出して調べてたら、けっこう時間かかるよね」
「まあ午前中いっぱいくらいか。そうだな、おまえらは飯食って午前中の講義受けてこい」
「すぐにマルガレーテさまを追いかけよう」
「なんでだ?」
サラは声に出して問いただし、ディルフィナ嬢は期待の眼差しでわたしを見た。いちおう、わたしなりに気づいたからこその発言だ。
「サラはマルガレーテさまのような存在は危険だっていったけど、それって、マルガレーテさま自身じゃなくて、その知識のことだよね?」
「マルガレーテに魔力がないってのはたしかだからな」
「つまり、実行する手段があるだれかがマルガレーテさまの知ってることを引き出せば、この世界が危なくなるって意味でしょ」
「おまえ、マルガレーテのこと信じたんじゃないのか? マルガレーテは、ダグにも、親父にも話してないっていうんだぞ。あいつが機械や科学に関する異常な知識を持ってると、おまえとおいら以外にだれが知ってる?」
「彼女の同胞」
サラは絶句した。ディルフィナ嬢は、完全においていかれて、わたしとサラを交互に見やっている。意味わかんないと思いますけど、あとでできるだけ説明します。
「……おまえは、侵入者がほかにもいると見てるのか」
「いない保証はないでしょ」
「いやちょっとまて、やっぱり理に合わん。マルガレーテと同じ異界からの侵入者なら、そいつ自身の知識で用は足りるだろ。わざわざマルガレーテを確保しようとする理由はなんだ。それにどうやってマルガレーテが異界人だと突き止められる? マルガレーテはおまえが同胞なのかどうか、ずっと疑っていたが確信を持てていなかっただろう」
「異界からきた人は、みんな魔力が完全にゼロなんだとしたら、ある程度より位階が高い相棒なら見たらわかるってことだよね。マルガレーテさまを連れ去ったのが異界人だっていうのはたしかに飛躍だけど、彼女がふつうの人間とは違うってことに気がついてる人は、ほかにもいたっておかしくないんじゃない?」
「だとしてもなぜいまになって。……いや、さきにもう一個の質疑に答えろ、エル。異界人がほかにもいたとして、マルガレーテを確保しようとする理由は」
「マルガレーテさまが自分と同じ知識を広めてしまうのを防ぐため」
「……おまえ、かなり疑り深いな」
サラにあきれられるのは毎度のことだけど、今回はちょっと意味合いが違うようだ。わたしがここまで考えるとは思ってなかったな?
「マルガレーテさまは、自分自身の魔力が完全にゼロだってことには気がついてないのかもしれない。でもだれかがそのことを知っていれば、わたしは最初から異界人の候補から外れてるわけだし、サラの力を使えるわたしと、マルガレーテさまの知識が結びついたら手がつけられなくなるって考えたのかも」
「その仮説なら、犯人が異界人の可能性はむしろ低い。そいつは、マルガレーテの魔力がゼロなことにずっと首をかしげてたんだろう。最近のマルガレーテの言動を収集して、利用価値なり、危険性に気がついたってとこか。……おまえは大したもんだ、よくそこまで連想したな、エル。それなら、相手がこの世界の人間か異界のやつかは関係ない、マルガレーテの保護が最優先だ」
「よし、決まり!」
勢い込んで立ちあがったところで、わたしは自分が寝間着姿で頭ぼっさぼさなことを思い出した。……さすがにこの格好で表に出るわけにはいかない。
「すみませんディルフィナさま、急いで準備しますんで」
「あ、はい」
とりあえず制服を準備して、かばんには外出着も詰める。寝間着のままで手桶の水を頭にかぶって……
「サラ、おねがい」
「ほらよ」
ぶわーっと、サラが温風を吹きつけてくれる。わたしが大量のくせっ毛を伸ばしていられるのも、サラのおかげだ。ほんと便利。
水気を飛ばしながらくしを入れて、よし、情けない猫程度にはととのった。
制服を着込んでかばんを持って、ダイニングへ戻る。
「おまたせしました。馬車の仕度をしてもらってくるんで、ディルフィナさまも制服以外の着るものを準備してきてください」
「馬車を……?」
「そんなモンどこにある?」
ディルフィナ嬢もサラも、どこから馬車が湧いてくるんだって感じだけど、わたしはこともなげに言い放つ。
「シモーヌさまに頼みます」
最終局面開始です。いましばらくおつき合いいただけると幸甚です。




