第三十二話:マルガレーテの告白(ちょっと内容が高度すぎて、わたしのピンク脳では理解が追いつきません……)
女性七名の男性八名、お茶会としては数が多めの十五人だったとはいえ、焼き串一本ぶん丸々のケバブなんかはさすがに余る。
わたしの提案にダグラス王子とユフード皇子も同意してくれたので、匂いに釣られて丘の下に溜まっていたみなさんを招いて、ケバブサンドを振る舞うことにした。
お菓子のたぐいはほとんど食べてしまったけど、綿あめはまだ作れます。
――ものの五分で、お茶会ではなく、完全にお祭りの出店状態になった。……王立高等学院って、学園祭あるんだろうか?
それにしても、綿あめのウケがいい! みんな見た目で興味津々となり、口にしておどろく。ほんとうに食べられる雲か、綿のようだ。何人かから、装置を貸してほしいと頼まれた。
材料はざらめ糖だけということと、風の精霊がいれば火はろうそくやランプでも足りることを説明して、材料、動力ともにアテがあるというふた組に貸す約束をした。
サラがにゅっと顔を出して、継続して何度も使うことを想定して作ったわけではないこと、回転軸にかなりの負担がかかるから油をたっぷり注すこと、詳しいことはシュミット助教に聞けと補足を加える。
「そういえば、テクスタインってやつの、人造絹糸製造装置はどんなもんなんだ?」
「教授のもこもこ製造器は、これと比べると、回転したときに少し軸がブレてたかな。でも、ちゃんと動いてたよ」
「液剤を発泡させたものが綿状になるんだったか」
「そうそう」
「たぶん精霊が風を起こしたら、上部が負圧になるようにしてあるんだろうな。液剤が潤滑剤も兼ねるようになってるのか……?」
よくわからないことをいっている相棒を装置に残して、わたしは綿あめをひとつ持って人の輪から離れた。丘のすみで、マルガレーテ嬢がベンチに座って夕日を眺めているのに気がついたので。
綿あめ希望者がまだ列を作っているのには、やりかたをだいたい把握したセティ嬢が対応してくれた。サラは勝手に歩き出したわたしのことをちらっと見たけど、おとなしく装置の底へ戻って、綿あめ製造を再開する。
「マルガレーテさま、お代わりいかがですか?」
「ありがとう。……エル、わたくしのことを、不気味だとか、あやしいとか、思わないの?」
「不思議だな、とは思いますけど。綿あめって、この世界のものじゃ、ないんですか?」
「わたくしにとっては、子供のころの遠い思い出よ」
「それって、マルガレーテさまが、ちいさかったときの話じゃ、ないってことですよね?」
「……ええ。わたくしには、前世の記憶があるわ。こことは違う世界で生きていたときの」
サラが示唆していたことだったから、そんなにはおどろきはなかった。
――つまり、マルガレーテ嬢は、べつの世界からやってきた……幽霊? 肉体は人間だろうってサラがいってたから、魂だけがもともとの彼女自身なのかな? 魔力がないってことは、その世界には精霊とかがいないのだろうか。……なんか、つまらないというか、さみしそうな世界だ。
綿あめを口にふくんで、マルガレーテ嬢は大きな眼をすがめた。郷愁と、憂愁が半々の貌。
「前世でのわたくしにとっての綿あめは、子供のころ、年に一度、夏祭りのときの楽しみだったの」
「貴重で、高価なものだったんですか?」
「そういうわけではないわ。子供のこづかいで買える駄菓子よ。お祭りのときに食べるから、特別な感じがしただけ。家庭で作れる機械もあったけれどね」
「サラがいってた、電動ってやつですか」
「そう。わたくしが以前に存在していた世界では、車は馬なしで走り、人を乗せて空を飛ぶ乗り物があり、夜でも昼間同様に照らす灯りがあり、世界中に人間があふれていて、昼も夜もなく動きつづけていた」
「すごいところですね」
「わたくしは、あなたたちのことを知っていた。マルガレーテのことも」
……はい?
どうにかついていけていると思っていたら、いきなり話の意味がわからなくなった。わたしの間抜け面を見て、マルガレーテ嬢は眉根を寄せて考える表情になる。
「説明、難しいわ。ゲーム、といっても意味が違うものね。わたくしは前世で、この学院が舞台になっているお話を読んだことがあるの」
「マルガレーテさまがいた世界に、ここの学院について書かれた本があったっていうんですか?」
「王立高等学院について、というよりは、レッセデリア王国の第二王子ダグラス殿下と、婚約者がいて、その、悪役令嬢であるマルガレーテがいかにして破滅するか、という物語ね。わたくしはお話の中の世界へ入り込んでしまって、しかも破滅が約束されている女として自分の人生を送ることになった」
「ここは、本の中の世界だっておっしゃるのですか?」
筋書きがわかっているなら、運命を変えるのは簡単じゃないのかな、と思いつつ、この現実はマルガレーテ嬢の前世の世界にあった本の中だ、という話の意味が呑み込めないでいると、彼女は先ほどより少しゆっくりしたペースで言葉を紡ぎはじめた。
「物語の筋書きは、ひとつじゃないの。途中でいくつも枝わかれしていく。――主人公は、あなたよ、エル。ただし、あなたの名前は、エルゼヴィカ、と決まっているわけではない。物語をひもとく人は、あなたになって、好きな名前をつけてお話をはじめるの。あなたはダグラス王子や、ユフード皇子、フレデリック殿下……ゲオルグどのなんかも選べたわね。好きな相手と結ばれることができるし、難しいけれど、全員を愛の奴隷にすることもできた。ひとつ変わらないのは、マルガレーテは常に破滅する、ということ」
「わたしは……自分自身ではない、だれかの意思で動いているというんですか」
この本をひもといている何者かが、わたしの意志と選択を決めているというのか。ではマルガレーテ嬢は、だれに向けて話しかけているの?
マルガレーテ嬢は、わたしの目をのぞき込んできた。さっき、綿あめ製造器のところでも見つめられたけど、今度の彼女の眼は、わたしを信頼する、と語っていた。
「わたくしも、あなたはいったいだれなのか、そんな愚かなことばかり考えていたわ。わたくしがマルガレーテとなっているように、あなたも同じ世界から転生してきた同胞のひとりなのではないかとか、画面の向こうにだれかがいるのではないかとか、ずっと気にしていた。……でも、あなたはどこのだれでもなかった。あなたはエルゼヴィカ、あなた自身の物語の主人公であり、わたくしが前世で見聞きした情報はもはやなんの意味もない。あの物語には、主人公がエルゼヴィカだったときのルートは、いっさい実装されていないのだもの」
え、えーと……つまり、どういうことですか??
「あの……ぜんぜんわからないんですけど……」
「サラはたぶん、わたくしの話を理解するわ。彼に伝えて、わたくしはこの世界を乱したくない、あなたたちの敵にはなりたくない、と」
そういって、マルガレーテ嬢は立ちあがった。視線を感じたので振り返ってみると、ディルフィナ嬢が、あずま家のかたわらに立っていて、こちらへ深々とお辞儀をしてきた。声は届かない距離だけど、ずっと見守っていたのだろう。
西の空では、落ちゆく夕日が、地平線に触れようとしていた――
終盤へと突入していきます。
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