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第三十一話:綿あめと悪役令嬢(これが懐かしい……って、どういうことですか?)


「これを使います」


 じゃじゃーん! わたしが掛布を取り払うと、巨大寸胴鍋と、お菓子作りに使う金属ボウルの大きいのを組み合わせた、面妖な物体が現れた。ボウルの真ん中には穴が空いていて、金属の筒が突き出している。


 謎の装置と食べものに関連性が思い浮かばないみなさまが、黙って見つめる中、わたしは細かい穴を空けてある金属筒の上部から、ざらめ糖を投入した。これは、父が出資した南洋交易船のお土産です。


「サラ、おねがいね」


 わたしの声に応じて、装置の底に納まっていた、サラが熱を発する。羽で仕切られている下部の小房内の空気を一気に膨張させて金属筒につながっている軸を高速回転させ、同時にざらめ糖が入っている筒を加熱。

 融解した液糖は遠心力で筒に空けられている細かい穴から外へと吹き出し、空気に触れて急速に冷えて、固形に戻る。


 ボウルの内側に、糸状に引き伸ばされた砂糖が、雲のようなふわふわになって溜まっていった。


『……おおっ!?』


 狙いどおりに、どよめきがあがった。タネを知ってるセティ嬢も、テクスタイン教授の代用絹糸製造装置を、まさかわたしがお菓子を作るのに応用するとは思わなかったようで、目を丸くしている。


 セティ嬢へウィンクすると、わたしの意図を察してくれた彼女は、テーブルのひとつにおいてあった、木のスティックを束にして入れてあるマドラー立てを手にした。一本取って、ふわふわを集めてくれる。


「どうぞ、どんどん出てくるから、その棒で作ってください」


 わたしがうながすと、みなさま棒を一本ずつ取って、ふわふわを集めはじめた。不思議そうにふわふわを眺めてから口にしては、その表情がおどろきに変わる。ふわふわがすぐさま融けて、口の中に甘さが広がっているはず。形を変えても単なる砂糖だから、味としてとくに芸はないけど、食べられる毛糸玉って感じで、新奇さはばつぐんでしょう。


「はは、すごいねこれ。雲を食べてるみたいだ」


 ダグラス殿下が、五歳の童児のように目を輝かせて笑っている。可愛いなあ、王子さまだけど、こんなお顔することもあるんだ。……あ、すみません、ちょっときゅんとしました。


 マルガレーテ嬢、もしかして、わたしの不埒な顔に気づきましたかね……?


 と思って、王子の婚約者であるマルガレーテ嬢の表情をうかがったのだけど、彼女はダグラス殿下も、わたしのことも見ていなかった。テクスタイン教授の装置を応用した、甘いふわふわ製造器から白い雲状の砂糖がわき出すさまを、茫然と見つめている。

 そういえば、サラに注意しろっていわれてたのに、さっきマルガレーテ嬢がどんな顔をしていたか確認していなかった。みんながどよめいたとき、彼女の声はしなかったような。


「……マルガレーテさま?」

「これ――綿あめよね」

「いいネーミングですね! 綿あめか、言い得て妙です、ぴったり!」


 わたしが手を()つと、マルガレーテ嬢はわずかに眉をひそめた。


「あなた、知っていて作ったというわけじゃないの……?」

「マルガレーテさまはご存知だったんですか? わたしは、テクスタイン教授に代替絹糸の製造装置を見せてもらって思いついたんですけど」


 さすがフェリクヴァーヘン侯家のご令嬢は物識りだなあ。世界初の発明じゃなかったのは残念だけど、という程度のつもりだったのに、マルガレーテ嬢は眉根をはっきりと寄せた。

 まわりのみなさまがそれぞれの手元の〈綿あめ〉に夢中なことを確認して、マルガレーテ嬢はこちらに近寄ってきた。スティックでご自分のぶんを作りながら、口を開く。


「エル、本当に知らないの? あなたは以前、これをお祭りの出店や、縁日で見たことがあるのではなくて?」

「フェリクヴァーヘン侯爵領では、お祭りになると綿あめの屋台が出るんですか? わたしは見たことないですけど」

「そうではなく……」


 マルガレーテ嬢がいいよどんだところで、がこん、と音がして綿あめ装置の下部が開いた。サラが頭を突き出す。


 ただのガラス玉なのに、サラの目は鋭かった。


「おまえ、なにを知ってる? こいつを精霊の力なしで作ろうとすれば、そうだな、電動機が必要だろう。この世界にそんな技術はない。開発されるとして四、五百年は先のこと。精霊が人間の相棒(ファミリア)として動力や熱源を担っているうちは必要性を認識されないだろうし、内燃動力、電気動力の普及は、人間が精霊との共存を拒むきっかけにもなりかねない。製鉄に関してもそうだ、おまえは人間が精霊と決別した、あるいは最初から精霊が存在していない世界の技術を知っているな。魔力(マナ)を感じないものそのせいか――」


 視界が揺らめいた。サラが発する熱が、陽炎を生じさせている。マルガレーテ嬢はサラではなく、わたしを見た。まっすぐに、紫の眼で。わたしの左右色違いの瞳が、彼女の眼に映り込む。


「わたくしにとって、綿あめはとても懐かしいもの。あなたはもしかしたら、わたくしと同郷なのかと思ったのだけれど、違うのね」

「意味が、わかりません……」

「エル、離れろ。やっぱりこいつは人間じゃない」


 サラが熱線を射ちかねないので、わたしはかがみ込んで相棒の視線を覆い隠した。熱くなっているサラを捕まえて、抱きしめる。わたしに火傷をさせるつもりはないようで、不満そうにうごめきながらもサラは熱を冷ました。相棒を綿あめ装置に押し込み直して、ふたを閉める。


「クルトーシュカラーチが焼きあがりましたわ」


 そこへやってきたシモーヌ嬢が、本日最後のメニューが完成したことを伝えてくれた。直前までただならぬ気配が漂っていたことには、気づいていない。

 ケマルさまのぶんの綿あめを持って、わたしは長かまどのほうへ向かう。


 ……綿あめを口にしていたマルガレーテ嬢の目には、たしかに涙のしずくが光っていた。




そろそろ色々なネタばらしが始まります。

まあ、想像だにできないまさかの展開…とはなりませんけど。


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