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第二十八話:サラの子守歌(……じゃないんだけど、睡眠導入効果バツグンなの)


 わたしは急いで自室に帰った。

 サラのとんでも発言に反射的に訊き返そうとしたら、


「いいからすぐに部屋まで戻れ。それまでしゃべるな」


 と、有無をいわさぬ口調で告げられたから。


 いつもサラと話をしている寝室にたどり着くと、サラの目が光った。虹色に揺らめく(スクリーン)が、わたしのベッドの周囲を包み込む。


「――これでいい。だれかが言霊を放って聞き耳を立てようとしても、ここから音は盗めない」

「マルガレーテさまが人間じゃないって、どういうことよ!?」


 やっと口を開いてもよくなったらしいので、わたしはすぐさまサラをつかみあげて問いただした。


「あの肉体(ボディ)は生きてない。フェリクヴァーヘン侯爵令嬢マルガレーテを名乗る何者かは、人形か、あるいは死体を操っている」

「そんなわけない! マルガレーテさまの手は、柔らかかった! あたたかかった! お姉ちゃんと同じに!」


 わたしは、いまさっきマルガレーテ嬢に触れられていた。あの手が生きていないなんて、ありえるわけがないでしょう!


「生肉か死肉かはべつとして、人形だからって硬くて冷たいとは限らない。悪役令嬢の肉体には、いっさい魔力(マナ)が通っていなかった。モノと同じだ」

「マルガレーテさまには術師の才能がないって、いったじゃない」

「術師の資質がないっていうのは、魔力がゼロっていう意味じゃないんだ。この世界の生き物は、例外なくいくらかの魔力を持っている。虫でも、木や草でも、竜でも一角獣でも、魚でも鳥でも蛙でも蛇でも馬でも犬でも人でもだ。悪役令嬢は魔力が少ないんじゃなくって、まったくない。そんな生き物は、この世界には存在しない」

「じゃあ、マルガレーテさまはいったいなんだっていうのよ……」


 サラのいっていることの意味は、半分もわからなかった。ただ、半分くらいは理解できてしまった。サラはマルガレーテ嬢から、生体反応を感じなかった。それは、体温だとか、ものを食べるとか、呼吸をするとかとはべつの次元なのだと。


「あえていえば、おいらと同じだな。おいらのこのボディはおまえが作ったぬいぐるみで、モノだ。悪役令嬢の肉体は、おそらく本物の人間だろう。だが、生命の本質が通っていない。死体か、魂の入っていない肉人形(ゴーレム)に、霊質(スピリット)が吹き込まれている」

「魂はマルガレーテさま本人だっていう可能性は?」

「悪役令嬢は一度死んだことがあるってわけか?」


 思いつきだったけど、サラはすぐに反応した。つまり、理論的にはありえるってことだよね、それって。


「マルガレーテさまは事故か病気で、幼くして亡くなってしまった。高度な魔法で複製体(コピー)を作って、魂をそっちに移した、とか」

物質界(アッシャー)にそんな真似ができる術師は存在しないはずだ。不可能じゃないがな。それに、魂を移せたなら、完全統合しないで肉体をモノのままにしておく理由はない」

「またすぐに乗り移るためとか?」

「……おまえの発想、やべえぞ。それが事実だったら、悪役令嬢はいますぐ魂魄ひと欠片も残さず灼き尽くすしかないし、施術した連中も全員特定して、相棒(ファミリア)もろとも処刑しねえと」


 やばいですか。……そうかも。


「じゃあ……マルガレーテさまは肉体も魂も本人なんだけど、術の才能がありすぎて、逆に危険視されて封じ込められちゃってるとか」

「可能性としては絶対にないとまではいわんが、そこまでしなきゃならんほどの明確な資質を、人間が子供時分から発揮するってのは考えにくいな。――それにしても、ずいぶん術式関連への洞察が的確じゃないか、エル。じつはけっこう勉強してたのか?」

「え……そんなに正確なこといってた? 思いつきだったんだけど」

「……あっそ」


 サラはぬいぐるみなのにはっきりわかるほどあきれ顔になった。

 わたしは魔術工科学院を受験したとき、基礎理論は選択しなかったし、サラを呼び出したときに読んだ魔術書も、魔法陣の描きかた以外のページは盛大にすっ飛ばしていた。まったく意味がわからなかったし。


「要は、マルガレーテさまは作りモノで、人間じゃないとか、魔物だとか、そうと決まったわけじゃないってことで、いいんだよね?」

「フェリクヴァーヘン家の令嬢が、以前に死んでもおかしくない大病をしたとか、事故に遭っただとか、そういうことは調べりゃわかる。朝までにはすむだろう。おまえはもう寝な」

「おねがいするわ、サラ。……もしマルガレーテさまが人間じゃなかったとしても、問答無用で燃やしちゃったりはしないで」

「可能な限りおまえの意思を尊重する。だが約束はしないぞ、この世界の生けるものに害をなす存在であることがはっきりしたら、焔帝ヴァリジャノグルドゥラーギスの名において、排除を躊躇することはない」

「ゔぁりじゃのぐるどぅらーぎす? 長ったらしい名前ね」

「人間の舌で発音することは想定されてない。本当はこれも正確じゃないんだ」


 ユフード殿下が口にしかけたときはものすごい剣幕だったのに、サラは怒らなかった。わたしが舌っ足らずすぎて、焔帝の真名を唱えた、とは見なされなかったからかもしれないけど。


「ゔぁりじゃのぐ……なんとかって、サラのお父さんなんだよね?」

「厳密には違う。おいらたち精霊に寿命はない。ときどき、火界(バーラト)なり、風界(ルン)なり、それぞれの世界と一体化するために個別の(カタチ)を失うことはあるが、永久に本質が消えることはない。いずれヴァリジャノグルドゥラーギスが火界の本質に融ければ、おいらが焔帝となり、いつかはおいらの後継としてヴァリジャノグルドゥラーギスが火界の本質から湧き出てくる。これまでにも繰り返されてきたことだ」

「子守歌として最適な意味不明の説明だわ」


 あくびをしながらサラを抱きすくめて、わたしはベッドにこてん、と横になる。すぐにまぶたが重くなってきた。


「おやすみ、エル」

「サラ、おやすみ」


 抱えているサラから、猫のごろごろに近い重低音が伝わってくる。言霊を捕獲して、また送り出しているときにサラから発せられる音だ。


 この耳には聞こえない響き、すごく寝入りに効……




ストーリーの核心に近い話になってきました。

…といっても、登録必須タグやらの問題でとっくにネタバレしてるとは思いますが。


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