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第二十七話:悪役令嬢は実在しない!?(どういうことなのかわたしにもわかりません!)


 かたや現王の姪にあたる公爵令嬢、かたや第二王子の婚約者である侯爵令嬢。前者は他人が配慮してこないなんて夢にも思ったことのない苦労知らず、後者は実態はどうやら違うようだけど実績は充分の悪役令嬢。


 ――冷静に分析してみると、これ、勝負にならないですね。


「トゥリーシェ嬢、あなた、これまでもとくに招待状を出すでもなく『君といと(まみ)えし泡沫(うたかた)夢殿(ベルヴェデール)』を休講日のたびに占拠して、ご自分と取り巻きのみなさんだけでお使いになっていましたわよね」


 マルガレーテ嬢が口火を切った。事実かどうかは、まだ学院にやってきて一週間たっていないわたしにはわからないけど、なかなかの横暴っぷりですね。あの一等地を、お休みの日はずっと独占してたなんて。


「わたくしはルールのとおりに利用申請を出していただけですわ」

「それでしたら、どうしてエルゼヴィカ嬢をお責めになるの? 彼女は申請手順を守っただけ」

「慣例もルールのうちでしょう!」

「どなたが勝手にお作りになった慣例なのかしら。ハインリヒ殿下がご卒業されて以降、弟君のダグラス殿下がご入学されるまで、五年ほど位階一等のご身分のかたは王立高等学院にいらっしゃらなかった。そしてダグラス殿下は、これまでお茶会に参加されたことがない。位階一等のかたをご招待するお茶会であれば、もっとも格式が高い会場が優先して割りあてられるというのは、十年以上前に定められた規則だとのことですけれど」


 圧倒的正論の暴虐。マルガレーテ嬢弁が立つなあ。というか、トゥリーシェ嬢がちょっと子供じみてる。公爵家のひとなのに弁論学の講義受けてないんですか?

 顔をひきつらせていたトゥリーシェ嬢が、憎々しげに目を見開いた。


「ダグラスさまの重荷になっているくせに」


 ……あ、空気の重さがまずい。トゥリーシェ嬢、もしかしてマルガレーテ嬢に術師の資質がないこと知ってる?

 王家傍流の一員だから、知ってること自体はありえなくもないだろうけど、まさか、取り巻きのみなさんに吹聴したりしてないですよね……?


「火の四大サラマンダーを前にすれば、同格でない限りどんな高位の使い魔(ファミリア)も石ころ同然ですわ。まして召還の儀式をすませているかたはめったにいない。わたくしに使い魔があろうとなかろうと、エルゼヴィカ嬢の足もとにもおよばないのは同じことですわ」


 開き直りといえば開き直りだけど、マルガレーテ嬢は一片の虚偽も口にすることなく切り抜けた。四大と比べれば、微力と無力に差はないも同然。ものはいいようですね。


 トゥリーシェ嬢が口の端をゆがめた。……うわー、この女ぜったい性格悪いわ。ただ性格悪いだけじゃ、悪役令嬢の称号は冠せられないけど。


「自分の力不足を棚にあげて、ずいぶんと面の皮がお厚いこと。それとも明日のお茶会で、あなたのほうからダグラスさまに、婚約解消を願い出るのかしら? そちらのレキュアーズ男爵令嬢を、あらたな婚約者として推薦なさるというわけ?」

「サラマンダーはペルガモン帝国の守護神。すでにユフード殿下が、エルゼヴィカ嬢にご執心でいらっしゃるわ。明日のお茶会は、ダグラス殿下におふたりの仲をお見せするのが目的なのですわ。――ね、エルゼヴィカ嬢?」


 え、えーっと……。

 まさかの言葉の薙ぎ払いに、対応しかねたわたしがひきつった曖昧な微笑を浮かべていると、トゥリーシェ嬢は忌々しげに吐き捨てた。


「それで首をつなげるつもり、この雌狐」

「わたくしは、つねにダグラス殿下の御意に従うまでですわ」

「憶えてらっしゃいフェリクヴァーヘン侯爵令嬢、かならずその化けの皮をはぎ取ってさしあげるわ」


 そういうと同時にきびすを返し、トゥリーシェ嬢は音高く石畳を蹴りつけながら歩き去っていった。取り巻き三人は、おろおろとしながらもそのあとについていく。


 残されたのは、マルガレーテ嬢とわたし。


 トゥリーシェ嬢の敵意を引きつけてくれたことにお礼をいうべきか、お茶会の開催目的をわたしの意図とは違う方向で説明したと抗議するべきか、口を開きかねていると、マルガレーテ嬢は軽くため息をついた。


「あなたの意志決定に干渉するつもりはないわ」

「それでしたら、わたしがどうしてお茶会を開こうと思ったか、ご説明します」


 マルガレーテ嬢が、さきほどのご自分の発言を事実として信じているとなると、明日になってご不快な思いをさせるだろうから、いまのうちにいってしまおう。


「おうかがいするわ」

「わたしは、マルガレーテさまと、シモーヌさま、どちらとも仲良くなりたい。マルガレーテさまとシモーヌさまにも、お友達どうしになってほしいんです」

「ダグラス殿下と、ユフード殿下は?」

「お呼びしないと角が立つので、ついでです」


 あと、ケマルさまをお手伝いに貸してほしかったから。


 マルガレーテ嬢は、大きな眼を二、三回しばたたかせた。長いまつげが音を立てているんじゃないかと錯覚するほど。


「エル、あなたほんとうに、不思議な子ね」

「いいですよ、はっきり変な子で。ディルフィナさまからお話はうかがったと思いますけど、わたし、殿がたと親しくなりたいとか、よくわからないんです」

「でも、わたくしとシモーヌ嬢のことは引き合わせたい?」

「わたしがみんなと仲良くなるんじゃなくて、みんなが仲良くしているところを見たいんです」

「――善い子ね、あなた。だいじょうぶ、わたくしはシモーヌ嬢に隔意を持っていないわ。あなたのことは好きよ、エル」


 マルガレーテ嬢はそういって、サラを抱えているわたしの肩に手をおいてくれた。それから、柔らかくあたたかな両手で、わたしのほっぺを包み込む。

 ……ああ、お姉ちゃんのこと思い出す。孤児院にいたころは、ときどきお姉ちゃんが会いにきてくれた。お菓子を持ってきてくれて(けっきょくわたしは食べることから思い出す)、いっしょに遊んでくれた。とくにまめにきてくれたのが、いちばん歳が近い、ふたつ上の姉だった。

 わたしが男爵家の養子になるまでは。


「……どうしたの、エル?」

「いえ、なんでもありません。シモーヌさまも、わたしのことは好きだっておっしゃってくれました。マルガレーテさまとシモーヌさまも、仲良くなってくれると、うれしいです」

「わたくしから拒むことはないわ。あとはシモーヌ嬢しだい」

「そうですね。それでは、明日『君といと(まみ)えし泡沫(うたかた)夢殿(ベルヴェデール)』にてお待ちしております」

「楽しみにしているわ。おやすみ、エル」

「おやすみなさい、マルガレーテさま」


 お部屋に戻るマルガレーテ嬢を見送り、今度こそ自分の寮棟へ向けて歩きだしたところで、めずらしく口を挟まず、ずっと黙り込んでいたサラが声をあげた。


「――直接見たのははじめてだが、なんなんだ()()は」

「はじめて見たっていうからには、わかってるでしょ? 〈悪役令嬢〉のマルガレーテさまよ」

「あいつは、人間じゃない」


 ……は?




そろそろ起承転結の転に差しかかっていきます。


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