第二十六話:これが悪役令嬢の本領……?(でもかっこいいですよね、矜持のある悪って)
これから夕食にするというシュミット助教に、遅くまでつき合わせてしまったことをお詫びしたところ、
「いやいや、こちらこそ楽しかったよ。霊格の高い火精はすごいものだねえ。溶接も精密加工もお手のものか」
といってくれた。本心からみたいだし、よかったよかった。
「エルゼヴィカ嬢、つぎの冶金学の講義には、サラマンダーどのも連れてきてもらえないかな?」
つづいてのシュミット助教のこの言葉には、
「あん? おいらが講師をやったら、失業だぞ、オッサン」
と、サラが、冗談二割の本気が八割な声で応じる。サラマンダーの能力を前提に精錬や加工の技術について論じられても、知識を実践する手段がないだろうけど。
サラの身も蓋もない返しに頭をかいてから、シュミット助教がわたしのほうを見た。
「……エルゼヴィカ嬢は、サラマンダーを召喚したのに、どうして冶金学を講義として受けようと思ったのかね?」
「サラのいってることは、高度すぎて理解できないからです」
あと、どうせ単位は取らなきゃいけないんだから、できるだけ興味のある科目がいいので。
「なるほど。人間は身の丈にあった知識を学び、深めよということかな」
「おいらは代金も高いしな。本来なら今日の工賃は綱玉八カラットぶんだ」
「孔雀石なら部屋に帰ったらあげるわ」
わたしがそういうと、シュミット助教がポケットから四つ折りになっている濾紙を取り出した。広げると、包まれていたのは石の粉末だ。
「一カラットぶんくらいしかないが、これでよければ」
「ヤスリ用の綱玉粉か。かたまりのほうがいいんだが、これはこれで悪くはない」
とサラがいうなり、綱玉の粉はふっと消えてしまう。サラの口がゆっくり動いているのが、抱えているわたしの腕に伝わってくる。砂糖を舐めているような感じだろうか。
「……すみません」
「あれだけの妙技を見せてもらった代金としては、たしかに些少だよ。さすがに八カラット出す余裕はないがね」
「まあ、そのうちまた遊びに行ってやるよ。じゃあなオッサン、飯ちゃんと食ってしっかり寝るんだぞ」
「お心遣い痛み入るよ。では、これで失礼。またつぎの講義でお会いしよう、エルゼヴィカ嬢」
「おやすみなさい、シュミット助教」
食堂へ向かう助教とわかれ、わたしは寮へと足を向けた。サラがだれに対しても態度が大きいのは馴れてきたけど、そういえばシュミット助教はそんなにへりくだった感じじゃなかったな。
「もしかして、サラってそんなに丁寧に話しかけなくても怒らない?」
「なにいってんだ。契約主であるおまえはともかく、人間が無礼な口きいたら燃やすぞ」
「シュミット助教は敬語は使ってなかったじゃない」
「手仕事を自ら担う技術屋には敬意を払う、それがサラマンダーの哲学だ。自らの手を動かさない寄生虫が舐めたこと吐かせば、必ず報いを与える」
うーん、やっぱりヤクザの一種かな、サラマンダーって。
――わたしの部屋のある寮棟までもうちょっとのところで、建物の影から二、三の人影が現れた。いちおう石畳の敷かれている道のわきには灯柱が立ってるんだけど、薄暗い。……と思ったら、空中に光球が出現して先方を照らし出した。
四人いらっしゃいましたね。知らない顔ですけど。
周囲を一定軌道で巡る、浮遊魂にしては明るい光球を、四名さまはとまどった様子で見回していた。やっぱりというか、これを出したのはサラみたいだ。
「なにか、ご用でしょうか?」
こっちから声をかけると、右から二番目のご令嬢が、気を取り直したようにまなじりを吊りあげて詰め寄ってきた。
「レキュアーズ男爵令嬢、あなた、わたくしたちが押さえていたベルヴェデールを、横取りしたでしょう?!」
「まだ仮予約だけだから、開催日時と招待客が確定していれば、優先して貸し出せるってうかがったので、規定どおりに申請を出しただけですが」
「そんな建前、一年以上適応されてないわ!」
「つまり、手続きとしては、申請書が全部埋まっているほうが優先、っていうのはたしかなんですね」
「あなた、ちょっとダグラスさまやユフード殿下から顔を憶えていただいた程度で……!」
こういう勝手にいきり立つ人って、どう対処したらいいのかよくわからない。わたしはむかしっから、このタイプの人が怒りはじめてはぽけーっとしていて、よけい怒らせちゃうんだけど、それでも間抜け面のままでいるから、たいてい向こうがエネルギーを使い果たして、どこかにいってしまう。
手をあげるところまでいく人は滅多にいないのだ。ちなみに、手を出してくる人は、ひっぱいておきながらこっちが無反応だと、つぎの瞬間びっくりしたような目をする。「この私にこんなことまでさせるなんて、おまえはなんて悪いやつだ」といいたげに。
名前のわからないご令嬢がまくし立てはじめたところで、
「燃やしていいか?」
と、サラがぼそりとつぶやいた。ご令嬢は不可解そうな目で、わたしが抱えているサラを見る。
……いや、めちゃくちゃ目立ってますよね? まさかタダのぬいぐるみだと思ってたんですか? この歳にもなって、こんなバカでかいぬいぐるみ抱えて外をほっつき歩いてるって、それじゃわたしがいろいろとかわいそうな子じゃないですか。
「なに……それ」
「これがわたしの相棒です。サラマンダー」
「こいつが、ユフード殿下にお怪我をさせた……!」
「おまえはウェルダンにでもしてやろうか?」
サラがそういうと同時に、ご令嬢の前髪が一本焦げて、特徴的な臭いが立ちのぼった。
「……ひっ!?」
「こら、人間を攻撃しちゃだめ、サラ」
「いっておくが、おいらはエルのいうことを無条件では守らないぞ。おまえに危害を加えようとするやつに容赦する気はない。殺るときは塵ひとつ残さん、証拠なんざあるもんか」
サラはわたしに対してではなく、彼女たちに聞かせるためにいっている。九割ブラフだというのはわかるけど、いざとなったらほんとうに実行できてしまうから困ったものだ。
ご令嬢が青ざめたところで、石段をヒールがたたく規則的な音が聞こえてきた。だれかが、階段を降りてくる。ここはたしか、身分が高い人が入居してる寮棟でしたね。
「こんな時間に、騒々しいですわね。明日が早いかたは、そろそろお就寝になりますのよ?」
「マルガレーテさま」
「あら、エルゼヴィカ嬢?」
共同玄関から出てきたマルガレーテ嬢は、ふだんとは違う格好だった。たぶん、寝間着に上着を羽織っているのだろう。部屋着だけどわたしのよそ行きよりゴージャスですが。
名前不明のご令嬢は、マルガレーテ嬢の出現に眉を動かしたものの、気押された感じはない。
「あなたには関係ありませんわ、マルガレーテ嬢」
「なにをされているの、トゥリーシェ嬢? さっきまで響いていたのは、あなたのお声でしたわよね?」
トゥリーシェ? ……てことは、このひと、アヴァディーン公爵令嬢!? ダグラス王子やフレデリック殿下の従姉妹じゃない。
「……まさか、レキュアーズ男爵令嬢にベルヴェデールの横入りを指示したのは、あなた?」
「なんのお話ですの?」
「明日ベルヴェデールを使うのは、わたくしたちだったのよ!」
憤慨するトゥリーシェ嬢に対し、マルガレーテ嬢は鼻で笑った。
「招待客のリストアップが終わっていなかったのでしょう? 明日の話なのに、どうしてそんなにぐずぐずしていらしたの? まあ、あなたがどなたを招待したところで、ダグラス殿下とユフード皇子がご利用になるとなれば、優先順位は明白でしたけれど。……もしかして、特例があるって、ご存じなかったのかしら?」
「やっぱりあなたが手を回したのね……!」
「あ、いえ、ちが――」
「あなたは黙っていてけっこうよ、エルゼヴィカ嬢」
事実を申告しようと口を挟みかけたら、ぴしゃりとマルガレーテ嬢に出端を潰されてしまった。まあ、そうおっしゃるなら、まかせちゃいますけど。
悪役令嬢対公爵令嬢。どっちに賭けます?
お楽しみいただけていましたら、ブックマーク登録をしてくださると嬉しいです。




