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第二十五話:これは……お茶会の準備?(お祭りの屋台の仕度にしか見えません。いや、おまえが言うななんですけど)


 かまどとはいったい……と思っていたら、ケマルさまの指示でほんとうにレンガが積まれはじめた。しかも、なんかふつうとは違う。みょうに背が高いかまどなのだ。

 レンガを積んで、鉄製の、炭火を入れるんだろうなと予想できる、網のついた箱を、なぜか網を横向きにして組み込む。網が横向いた鉄の箱を、縦に四つ、それを支えるように、レンガの壁がそびえるあんばい。

 ……この変なかまどで、なにを焼くの?


 人足のみなさんがかまどを組んでいる横で、ケマルさまが取り出したのは、長い鉄串だった。腕ほどの長さがあって、剣の鍔のようなものがついている。


 ――あ、これって!


「ケバブですね!」

「ご存じでしたか。おどろいていただこうと思っていたのですが」


 ケマルさまは、びっくりと苦笑が半々の表情でこちらを振り返った。


「食べたことはないです。美味しいって話だけ、父の出資先の、船乗りの人から聞いたことがあります」


 わたしは「美味しい」という話はちゃんと憶えているのです。いつか自分で食べたいなと思いながら。

 ケバブが食べられるんだ。楽しみだなあ。ペルガモン名物を頼んで正解だったわ。


 よーし、わたしも自分の出し物の準備に取りかかろう。……え、お茶会ってそういうもんじゃないだろって? ディルフィナ嬢とゲオルグさまにおまかせしてれば、ふつうのお茶会としては十二分の準備ができますから。

 ていうか、すでに想像をはるかに超えた規模になっちゃってるし。次期元首クラスをふたりもお招きしたら、こうなるのが自明だってことを想定できてなかったわたしが悪いんだけど。


 ここはまかせますとお三かたへいいおいて、わたしは一度丘を降りて寮へと戻る。


 自分の部屋へ帰って、キッチンで材料を――といっても一種類だけなんだけど――準備しつつ、サラへ思いつきを話すと、すぐにわたしのやらんとしていることを理解してくれた。


「まあ、その程度なら、金物いじるの馴れてるやつならそんなに手間取らずに作れるだろう。桶から液体漏らさずにつながってる細長い筒は必要ないしな」

「よし、じゃあシュミット助教に頼みにいこう」

「おいらも連れてけ」

「なに、シュミット助教が鉱石持ってるから、食べたいの?」


 わたしがそういうと、サラは短い前肢をバンザイした。あきれたときのジェスチャーだ。


「食い意地を基準に考えるな、悪食令嬢。動力と熱源が必要だろ?」

「火力はそんなになくても平気だよ。それに、回転部分はろくろを応用すれば、足漕ぎでいけるでしょ?」

「おまえがやろうとしてる回転数を人力で達成するには、変速機が必要だ。構造が複雑になりすぎる、シュミットってやつを、夜通しどころかお茶会開始直前まで働かせる気か? おまえが見てきた『もこもこ製造装置』ほぼそのままでいい。羽は溶接する」

「風をどうやって起こすの?」

「空気の対流や膨張は、温度の変化で起きるんだ。筒一個回す程度なら朝飯前だな」


 得意そうにしっぽをふりふりするサラを抱きあげて、全力でハグする。


「サラってほんとうにすごいんだって、はじめて心から思えたわ」

「……あのな、サラマンダーをコンロやろくろの代わりに使おうなんて人間、いまだかつて存在したことないからな?」

「わたしは最初から、アイデア提供以外頼まなかったじゃない。回転させることさえできれば、火力はロウソクでも足りるんだから」

「発想の方向は合ってるが、実現するための手法に関する見込みが甘いんだよ、おまえは。回転数の高い金属製の穴あきの筒なんて、機械的な構造で作るにはひと晩じゃ時間が足りなすぎる」

「……ごめん、無理いって」

「べつに、量産してだれにでも使えるようにしようってわけじゃないだろ? おいらの存在が前提でも、動けばいいんだ。ほら、反省してるヒマがあったら行動。シュミットのおっさんが寝る前に捕まえるぞ」

「さすがにまだお(やす)みにはなってないでしょ。ご飯食べてるかもしれないけど」

「いや、研究室にいる。使える部品も転がってるだろう、急げ」


 ……なんでわかるの。たぶん、いまの一瞬で言霊を伝令(メッセンジャー)に飛ばして、シュミット助教の相棒(ファミリア)に問い合わせたんだろうけど。


    +++++


 シュミット助教は、快くわたしのおねがいを聞いてくれた。むしろ、サラと直接話ができたことにいたく感激の様子だった。偉そうに指示を出すサラのいうとおりに部品をそろえてくれて、外が真っ暗になってしばらくしたら()()ができあがっていた。所要は二時間少々。こんなに早くできるとは思わなかった。


 サラが目に見えない熱線を射ち出して金属の筒に細かい穴を空けたり、鉄の棒に薄い金属板を溶接して羽つきにするのには、もちろんシュミット助教だけじゃなくわたしもおどろいたけど。


 助教が出してきてくれた鉄の棒とパイプを熱線で削って組み合わせ、回転軸と軸受けを作る。棒の下のほうには羽がつけられていて、パイプに通したら、さきっぽに細かい穴を空けた金属筒を溶接。


「ボールベアリングを仕込めば完璧だが、明日限りの一発芸ならこれで充分だろ。シュミットのオッサン、油を多めに注しといてくれ」

「心得た。……いや、しかしすごい精度だ」

「ま、人間がこの真似をするには、あと五百年は必要だな」


 さらに、テクスタイン教授の「もこもこ製造装置」と同じような、外枠になる大きな筒に回転機構を納め、上には雲状になったものを受けるための半円形のボウルを、下にはサラが入る房をつけて、完成。


 なお、シュミット助教の相棒(ファミリア)は地霊の一種で、金属の精だそうなんだけど、ずっと隠れていて出てこなかった。

 ……たぶん、サラに食べられると思ったんだと思う。


 なにはともあれ、必要なものはできました。台車を借りて運ぼうとしたら、シュミット助教がそれも手伝ってくれた。ありがとうございます。


「君といとまみえし泡沫(うたかた)夢殿(ベルヴェデール)」へ、装置を運び込む。さすがにお三かたは、時間が遅くなったので帰っていた。

 ごあいさつしそこなってしまったけど、ネタバレ回避ができたと前向きに考えよう。さっそくサラに頼んで試運転をしてみたところ……やったー、大成功!


 試作品第一号は、シュミット助教とわたしで美味しくいただきました。

 お菓子ひとつでこんな時間までつき合わせてしまって、すみません。




鉄串にお肉を刺して焼くケバブには長い歴史がありますが、串を縦にして焼くケバブの登場は近代に入ってからのようです。フィクションなので、ここは見た目のインパクト重視です。

ピンクが準備してる出し物も、地球では19世紀の最後の最後でようやく登場したシロモノですしね。


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