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第二十四話:準備しよう、楽しいお茶会(君に糸まみれしうかつなる……違った。会場の名前なんだっけ?)


 テクスタイン教授は、風の精霊であるガストが納まっている筒の下部を開いて、金属製の桶を取り出した。フラスコに入っていた液剤を二種類桶に入れると、ぽこぽこと泡立ちはじめる。


「ガスト、仕事だぞ」

「アイアイ」


 教授が泡立つ液剤に満たされた桶を筒の下部に戻す。手招きされたので筒に近寄って中をのぞくと、桶は煙突のようなものにつながるようになっていて、羽がつけられていた。

 教授が真ん中に穴の空いている金網をかぶせると、底のほうに納まっているガストが翼をぱたぱたさせた。風が起きて煙突部分が回転をはじめる。煙突の側面には細かい穴があいているようで、桶からわきあがった泡が白い綿状に変わって吹き出し、だんだんと筒の内部、金網の上側に溜まっていった。


「これで集めてみるといい」


 と、教授が差し出してきた棒を受け取って筒の中に差し込むと、すぐに雲みたいに広がっていた白いものが絡みついてきた。棒を回すと、どんどん毛玉ができていく。


「おー……!」

「すごーい」

「やってみるかね?」

「……はい!」


 セティ嬢も、教授から棒をもらって毛玉を作りはじめた。棒の先にまとまった白い塊をさわってみると、ふわふわもこもこと、いい手触りだ。


「これを紡げば、糸になるんですね」

「そういうことだよ。発泡剤と風力を調整すれば、繊維の太さは変えることができる」


 人生を賭した発明品を語るテクスタイン教授は、さすがにちょっと得意そうだった。この毛玉を生み出せたか否かが、稀代の詐欺師の汚名を着るか、巨万の富を得た上に教授として王立高等学院に招聘されるか、その別れ道になったんだなあ。


 ひと玉ずつ毛玉をもらって、セティ嬢とわたしはテクスタイン教授のラボをあとにした。


 ……あのもこもこ製造装置、違うことにも使えるような気がする。


    +++++


 夕方、早めのディナーをいただきがてら、お茶会の準備に助力を頼んだ、ディルフィナ嬢、ケマルさま、ゲオルグさまと合流した。お三かたには招待状のすみっこに追伸を、そして、マルガレーテ嬢とシモーヌ嬢、ユフード殿下には、招待状と別紙で、従者のかたをお借りしたいとおねがいの手紙を同封しておいたのだ。

 わたしだって、この程度の根回しと最低限の礼儀は気がつきますとも。


 午後イチの冶金学の第二回のときに、ダグラス王子と、フレデリック殿下以外の王子のご学友のみなさまにも招待状をお渡しし、マルガレーテ嬢とディルフィナ嬢のぶんには、会場が「君といと(まみ)えし泡沫(うたかた)夢殿ベルヴェデール」に決まったことを書き加えさせてもらっている。

 よしよし、ここまでは万事順調。わたしにしては手ぎわがいいぞ。


 食べ終わったところで、お三かたへ、簡単に集まってもらった目的を説明する。


「明日のお茶会にあたって、ディルフィナさまには、いつものお茶会の定番を、ゲオルグさまとケマルさまには、それぞれの地元のお菓子や軽食を作っていただきたいと思って、お手伝いのおねがいをいたしました」

「だいたいのご用向きは、昨日(さくじつ)にエルゼヴィカさまから、お茶会の計画をお聞きした時点で予想できていましたので、ある程度の手配はすでにすませてあります」


 すずしい顔でそうおっしゃるディルフィナ嬢へ、


「……最初からアテにしててすみません」


 と、主催のくせに他力本願の極みなわたしはちいさくなったが、ケマルさまが、褐色のお肌に引き立てられてさらに輝く白い歯を見せつつ追い打ちをくれた。


「じつは、自分たちも、昨日のうちにダグラス殿下を通して、マルガレーテさまから聞いておりました」

「そ、そうだったんですか……」


 これじゃわたし、完全にフェリクヴァーヘン侯家やペルガモン帝室にたかってるだけじゃないですか……!


 ――まさか。


「ゲオルグさま、そちらは?」


 おそるおそる訊いてみると、ゲオルグさまはにっこりとうなずいた。


「ダグラス殿下の使いのかたから、うかがっております」


 ……おふっ。これじゃあ暴食(グラトニイ)を背負いし悪食令嬢じゃなくて、怠惰(スロース)を司りし悪徳令嬢だわ。完全にタダ乗りする気でお茶会の計画ぶちあげたも同然じゃないの!?


「シモーヌさまは、なんと?」

「面白がっていましたよ。ゾーゲンヴェクトの誇りにかけて最高のお茶とお菓子を準備してこいと、発破をかけられました」

「私は、主人マルガレーテから『あなたの作ったものは、わたくしが作ったも同然だということを、肝に銘じて行ってきなさい』ともうしつけられております」


 ディルフィナ嬢まで……。

 なんか、フェリクヴァーヘン閥とゾーゲンヴェクト閥が対決する場を準備してしまったような気がしてきた。融和、融和とはいったい……。


 わたしはけっきょく今回も間違っていたのだろうかと、視界が暗くなりかかってきたところで、


「まずは現地へ向かいましょう。材料も届いているでしょうから」


 と、食べ終わったお皿をまとめて、ケマルさまが立ちあがった。そういえば、そろそろ午後のお茶会も終わって、「君といと(まみ)えし泡沫(うたかた)夢殿ベルヴェデール」が使えるようになっているはずだ。


 相変わらずみなさんよりふた皿多いわたしが、ディルフィナ嬢とゲオルグさまより席を立つのが遅れていると、ケマルさまがさりげなく近寄ってきて耳元でささやいた。


「マルガレーテさまは、あなたが実際にシモーヌさまたちへ招待状を届けるまで黙っていれば、準備時間で優位に立てたのにそうはしなかった。これはいがみ合いではなく健全な競争です。だいじょうぶですよ」


 なるほど。少なくともマルガレーテ嬢のほうには、シモーヌ嬢へ陰湿な悪意がないというのははっきりしたわけだ。もし、わたしがこのお茶会の話を、さきにシモーヌ嬢やゲオルグさまに話していたら、どうだったかな?

 シモーヌ嬢の()()性格からすると、お茶会の準備時間を半日遅らせるなんて、みみっちい嫌がらせはしないとは思うんだけど。


    +++++


「君といと(まみ)えし泡沫(うたかた)夢殿ベルヴェデール」とかいう、もったいぶったご大層なネーミングは、あながち、いきすぎたロマン主義者の、過大な想像力を要求する表現ではなかった。


 白亜の六本柱に支えられた、釣り鐘型の屋根のあずま家が、庭園の西の端、小高い丘の上に建っている。沈みゆく夕陽に照らされるその情景は、まさに夢の中の一場面のようだ。

 淡い想いを寄せている人とこの丘で語らい、にぎり合わずじまいの手をただ振ってわかれる――泡沫のそのひとときが、甘く、いずれは一抹の苦みとともに思い返される日がくるだろうか。

 ……なんてね。


 実際に、眺望台(ベルヴェデール)でもあった。丘の上からの景色はすばらしい。「蜻蛉(せいれい)のいとつどいし穹窿ヴォールト」をはじめとする、青や黄色、緑のあずま家が並ぶ池。優美な曲線を描きながらつづく石畳の道。少し遠くに見える学び舎や寮棟も、夕陽に照らされていると、まるで異郷の楼塔のようだ。昼間なら昼間で、また違った情景が見られるだろう。


 ――それはそうとして、なんか、荷車が六台も停められてるんですけど?

 一番最後に到着したらしい荷車から、ちょうど牽引してきたラバがはずされているところだった。お茶会を終えたところなのだろう、二学年とおぼしきご令嬢、ご令息たちが、丘を降りることを忘れてぽかんとした顔で眺めている。

 いや、わたしもぽかーんとなってるんですけど。


「ご苦労さまです」


 といって、人足のかたたちのほうへ近寄っていったのはディルフィナ嬢だ。声を受けたほうは、振り返るとかしこまった。


「これはディルフィナさま。ご用命のもの、すべて準備できております」

「では、あのあずま家へ運んでください」

「承知いたしました」


 ……え、これ全部、お茶会の準備の品なんですか?

 そういえば、荷車の幌にフェリクヴァーヘン侯爵の紋章がついてる。二台ぶん。となりの二台にはゾーゲンヴェクト辺境伯の紋章、さらに二台にはペルガモンの紋章――


 しめて荷車六台ぶん!?


 ゾーゲンヴェクトやペルガモンの荷車の影からも、人足のかたたちが出てきた。そりゃそうだ、引き渡し前に荷物だけおいて帰っちゃうわけないですよね。帰ったのは、ラバと馬丁の人だけかな。六台目の荷車引っ張ってきてくれたラバ、お尻をぽんぽんたたかれながら、のんびり丘を降りはじめてるし。


「こっちの荷物も、あずま家へ運んでくれ」

「合点!」

「かまどは表で組もう。ほかのものは中へ」

「了解しました」


 ゲオルグさまとケマルさまも、人足のみなさんにてきぱきと指示を発していた。

 

 ……かまど?




教授の代用絹糸はファンタジーならではの架空のものです。「もこもこ製造装置」を使ってやりたいことありきでの設定になっています。

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