第二十二話:開くぞお茶会(とりあえず、第一段階は順調です)
あずま家を借りる申請のために生徒会室へ行ったら、知的な感じのブルネットの上級生のかたが応対してくれた。すごくオトナっぽい雰囲気。三年生でしょうね。
「お茶会を開くのね」
「はい。あさっての、休講日に」
「どこをお使いになる? やっぱり『君といと瞥えし泡沫の夢殿』かしら」
「空いているんですの?」
おどろいた声でそういったのは、クラウディア嬢だ。人気があってなかなか借りられないって話だったから、わたしも無理だと思ってた。
「仮押さえの申請はきてるわよ、何件も。でも、あなたはもうお茶会を開く日時も、招待するお相手まで決めているのでしょう、レキュアーズ男爵ご令嬢?」
「はい」
答えてから、中一日でお茶会を開こうとするのは、準備不足なのだろうか、と不安になってきた。いままでやったことがないから、わからない。
「それなら、仮押さえより優先されるわ。ユフード殿下をお呼びするのよね?」
「……はい。あと、ダグラス殿下も」
どうしてわかるんですか? と思いながら返事をしたら、生徒会のお姉さまの左眉がつりあがった。「ダグラス殿下も」ってわたしがいった瞬間に。
……あ、このかた、マルガレーテ嬢の取り巻きのおひとりか!
「マルガレーテさまにもお越しいただけるよう、ディルフィナさまに、もう招待状をお渡ししてあります」
「あら、そうなの」
書類に記入をしながら、生徒会のお姉さまは表情を平静なものへと戻した。
「仮押さえは全部キャンセルしたわ。明日の最後のお茶会が終わったあと、七時限目終了以降は自由に使っていただいてけっこうよ。貸与時間は丸一日」
「ありがとうございます」
貸出証を受け取ってお礼をいったところで、ドアが開いた。やはり生徒会の委員か役員であろうかたが、男女おひとりずつ入ってくる。こちらも三年生かな。
「早番ご苦労、替わるよ」
「あとよろしく。お腹ペコペコだわ」
席を立ったブルネットのお姉さまが、ローファイブでタッチしてブロンドのお姉さまと受付係りを交代した。お兄さまへ一礼して、そのまま生徒会室を出る。食堂へ行ってちょっと遅いモーニングをすますのだろう。
お兄さまのほうは、ブルネットのお姉さまの礼に会釈を返してから、一番奥のデスクに陣取った。
あ、こちらはお見かけしたことある。冶金学の講義でダグラス王子と一緒にいらしたかただ。シュミット助教は、この人をなんて呼んでたっけ……そうそう、フレデリック。ゼフィクルーツ公爵家のご令息だ。
「フレデリック殿下、生徒会長さまだったんですね」
「エルゼヴィカ嬢か。おはよう。今日は冶金学の講義があるから、あとでまた顔合わすね」
ダグラス王子の従兄弟だから、フレデリック殿下の眼もきれいな紺碧だ。どうしようかな、ってちょっと考えたけど、せっかく開催場所も決まったことだしと、フレデリック殿下の名前が書いてある招待状をかばんから掘り出して、その場で空欄を埋めて差し出す。
「ダグラス殿下とユフード殿下、マルガレーテさまとシモーヌさまたちにもお越しいただきたいなって思ってるんです。もしよろしければ」
「ひょっとして、おれはダグより早く招待状もらえたかな?」
「冶金学の講義のときにお渡しするつもりだったんですけど、まさか殿下が生徒会長さまだとは存じませんで」
「きみのそういうところ、面白い。絶対行くよ、むしろダグやユフード殿下がこないでくれるといいんだけどな」
「ありがとうございます、お待ちしております」
フレデリック殿下のセリフがちょっと引っかかったけど、そろそろ一時限目はじまりそうだし、招待を快諾してくれたことへとおりいっぺんのお礼をいうだけで生徒会室を出た。
なぜか、クラウディア嬢とカザリーン嬢が、信じられないといった目でわたしを見ている。
「……どうしたの、クララ、キャス?」
「ヴィカ、あなたすごい度胸してらっしゃるわね」
「フレデリック殿下に堂々と話しかけるなんて……」
「この前、冶金学の講義でご一緒したから、初対面じゃなかったけど」
首をかしげると、カザリーン嬢がわざとらしく身を震わせるジェスチャーをした。
「フレデリック殿下は厳しいかたなのよ。しつけがなっていない、って叱責されて泣くことになった新入生は、去年もかなりいたんですって。入学式の日に、パレディア伯爵ご令嬢のナタリエさまが、殿下のお怒りに触れて泣かされていたじゃない」
「知らなかったんですけど……」
見てないですね。もしかしたら、マルガレーテ嬢に「淫乱ピンク」といわれてたときかも。わたしは気がついてなかったけど、ご令嬢ウォールが形成されてただろうし、フレデリック殿下がナタリエ嬢を叱りつけていた場面はブロックされてたのかな。
クラウディア嬢は、実際にひたいに汗をひとしずく浮かべていた。ハンカチでぬぐいつつ、口を開く。
「ヴィカが生徒会長の机の上で招待状を書きはじめたときは、ひやひやしましたわ」
「もう宛名は書いてあったから。開催場所が『君といと瞥えし泡沫の夢殿』に決まったから、それだけ書き足して。宛名から書いてたら怒られたかも」
「やっぱり、サラマンダーのご加護ですの?」
「どうかなあ。フレデリック殿下が厳しいのは、王族のかたには下心を持って接近してくる人が多いから、ダグラス殿下のガードのために、一年前から仕込みをしてたってだけじゃないかしら」
三ヶ月前に、もうダグラス殿下が、わたしがサラを呼び出したって知っていたのだとしたら、王家の傍系であるフレデリック殿下も、最初からご存じだったのではあろうけど。
予鈴が聞こえてきた。そろそろ一時限目がはじまる。
「わたしたちは文法の講義を受けることにしているけど、ヴィカは?」
と訊いてきたカザリーン嬢へ、わたしは自分の予定を答えた。
「単位として取るかはまだ決めてないけど、算術受講するわ」
「算術を?」
「代数以前に、ふつうの計算しっかり憶えないと。――もし二時限目空いてたら、繊維工学に出席しない? みなさんけっこう楽しそうだったよ、刺繍したり、編み物したり」
「ヴィカはテクスタイン教授につきっきりで、ずっと質問してるんでしょ?」
「国一番の権威を独占って、贅沢だよ。キャスも教授のお話に興味ある?」
「いや、そっちはちょっと……。でも、編み物や刺繍で一単位もらえるのはいいかも」
わたしの勧誘に、カザリーン嬢は半分ゆらいだ。クラウディア嬢が、うなずく。
「二時限目は、ほかにどうしても受けなければならない講義があるわけでもないし、ご一緒しますわ。刺繍や編み物なら、きっとセティもくると思いますし」
「じゃあ、またあとで」
王立高等学院生活四日目。なんか、はじめて平穏な、これぞ学園生活って感じになってきた。
……これまでのところは。
ローファイブって言葉は20世紀以降に成立した単語のようですが、バトンタッチとしての手を打ちつけ合う行為は人間ずっとやってたと思うので文としての簡略さを優先します。
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