第二十話:女騎士ディルフィナの忠誠(そしてわたしのノープラン・ノーポリシー)
2日お休みいただきまして再開です。お待たせしました。
今回はちょっと重要なターニングポイントになります。
自室に戻って制服から部屋着に替え、お茶の準備をしていたら、ディルフィナ嬢は二十分でやってきた。……はや。
「そんなにお急ぎにならなくても、ゆっくりなさればよかったのに。それとも、長いお話なんでしょうか?」
「早飯は騎士の基本ですよ。主人より遅く食べはじめ、主人より早くすませる」
すました顔でそういったディルフィナ嬢へお茶を出し、とりあえず、今日のお昼どきにシモーヌ嬢に捕まったことを伝えた。
シモーヌ嬢はフェリクヴァーヘン閥とゾーゲンヴェクト閥の対立を意識していて、わたしにユフード皇子ではなくダグラス殿下と結婚すべきといってきたことなんかも。今朝「いいふらすつもりなんかない」といった先から、わたしは口をまったくロックできていない。できていないので、せめてそのことだけは白状しておこう。
「――もちろん、マルガレーテさまに術師の資質がないだとか、そういう話はしてません。……わたしがなにか秘密を知ってる、っていうのはバレちゃいましたけど」
「想定内です。シモーヌ嬢から、彼女の秘密も聴かされたようですね、エルゼヴィカさま」
あー、わかっちゃいますか……。わたしはどんだけ顔に「これ以上はノーコメントで」って書いてあるのだろう。
お茶で口を湿して、ディルフィナ嬢はつづける。
「マルガレーテさまと私は、王立学院へ入学するにあたり『予見を捨てよ』と聞かされていました。シモーヌ嬢は、門閥間の力学をそのまま持ち込んでいるようですね」
「派閥や家どうしの対立としてよりも、シモーヌさま自身の個人的な資質や、意気込みのほうが大きいように感じました。彼女はたぶん、自ら次期辺境伯となるつもりです、ご兄弟が何人いらっしゃるのかは存じませんけど」
「そこまで……」
落ち着いていたディルフィナ嬢の声のトーンがあがり、眉根も少しひそめられた。どちらかというと、わたしがここまでしゃべった、つまり、シモーヌ嬢の本当の秘密はもっと重大なのだ、という点が気がかりになったのかもしれない。
当然ですが、わたしは、フェリクヴァーヘン閥とゾーゲンヴェクト閥の対立の観点からのお話しはしたけど、シモーヌ嬢の「野望」については触れてません。
それはそうと、ディルフィナ嬢はふだん低く抑えてるだけで、地声はかなり女の子だなあ。そっちの可愛い声で話してくれると耳がしあわせになるんですが。
「わたしの個人的な感覚ですけど、シモーヌさまのおっしゃることは、道義にはかなっていないと思います。ダグラス殿下をマルガレーテさまから奪えだなんて。ですが、今朝マルガレーテさまがおっしゃったとおりに、ユフード殿下だけを第一の婚約者候補として考えるのは、なんというか……自信がないんです」
「その件は、私からマルガレーテさまにお伝えしておきます。本音をもうしあげれば、ユフード殿下を好きになれるか自信がないとおっしゃることはわかりますが、だからといってダグラス殿下に近づいて欲しくはありませんが。……こちらには、なにもカードがありませんからね。現に四大を使い魔にしているわけでもなければ、祖先が四大を従えていたという実績もない」
ディルフィナ嬢はため息混じりにそういって、かぶりを振った。差し出せるものがなにもない、持たざる者であるかのように。彼女は国内有数の大貴族である、フェリクヴァーヘン侯爵ご令嬢の腹心なのだが。客観的に見れば、男爵家の小娘にすぎないわたしより、ずっと持てる者のがわに近いはずなのだけど。
「相棒の有無や格って、そんなに重要でしょうか? わたしには、マルガレーテさまの知性や語学力は、実行するのは呼び出した精霊に頼るだけにすぎない術師の資質と比べて、劣るものだと思えないのですけど」
「エルゼヴィカさまのお考えは先進的です。私も、マルガレーテさまの教養と魅力は、これまでの歴代フェリクヴァーヘン侯家の有力者たちと比べて、総合的にひけを取るものではないと思っています。フェリクヴァーヘンの血筋の、術師としての資質は中の上というところで、使い魔の力に頼って地位を維持してきたわけではありませんからね」
政治的に積極的な役目を、あるいは嫌われ者の立場を買って出ることで王家に忠誠を認められてきたということでしょうか。救国の英雄であるゾーゲンヴェクト辺境伯へ向けて「正論」を唱えたりして。
――と、ディルフィナ嬢がふいに目を伏した。
「ですが使い魔の力が術師の器量と同一視される――その風潮があるのは厳然たる事実です。そして、マルガレーテさまは、ダグラス殿下が、周囲の廷臣たちに担がれてではなく、自らの意志で王位をお望みになるのであれば、身を引かなければならないとお考えでいらっしゃる」
「殿下は、兄上であるハインリヒさまや、弟君の……ルセトさまと、王位を争うおつもりがあるのでしょうか?」
「私には、わかりかねます」
これたぶん、ディルフィナ嬢はかなり確信あるな。どっちにだろう、そこまではわからないけど。
でも、もしダグラス殿下が「マルガレーテは捨てるから結婚してくれ」なんていってきたら、ぶっちゃけめっちゃ冷めますよわたしは。サラが「バカ王子燃やす」っていい出してもあえて止めない。ただ――「わたくしは側室でかまわないから、ダグのためにあなたが正妃になって」とか、マルガレーテさまに頼まれたら、かなりグラつく気がする。
うーん、わたし自分の意志ってやつがないなあ。レキュアーズ男爵家に拾われてこのかた、腹ペコで泣くことなしに毎日すごせたらそれでいい、って以上のことを、なにも考えた試しがないんだわ。
「――エルゼヴィカさま?」
「あ、ごめんなさい。勝手に自省はじめてました」
「は……はあ」
不思議そうな顔だったディルフィナ嬢は、わたしの意味不明な応えのせいで完全に不可解そうな表情になってしまった。
「ディルフィナさまは、物心ついたころから、ずっとマルガレーテさまのために、いろいろと訓練を積んだりされてきたんですよね」
「ええ、まあ。ヴァグラシオン家のものとして、それが義務でしたから」
「わたし、そういうのが抜けてるんです。両親が死んでしまったときの記憶はないし、養父母が引き取ってくれるまでは、毎日毎日、お腹が空いたな食べるものないかな、って以外になにを考えていたか思い出せない。騎士や貴族の義務っていうのを、真剣に考えたことがないんだって、ディルフィナさまのお話を聞いていて、はじめて気がついた。マルガレーテさまやシモーヌさま、ユフード殿下から、立場の重要性の話を繰り返し聞いていたのに」
「エルゼヴィカさま……」
人間には、立場に応じた役目というものがある。わたしはそんなことなにも意識しないまま、ただなんとなく生きてきて、本で読んだ適当な魔法陣を描き、サラを呼び出してしまった。サラが四大精霊であり火界の帝子であるということをろくに調べもしないまま、なんとなく相棒にしていた。
それがもたらす結果について、なにも考えないままで。
ならば――
「ディルフィナさま、ちょっとだけお待ちいただいていいですか。招待状書いてきます」
「……招待状、ですか?」
「お茶会しましょう。マルガレーテさまも、シモーヌさまも、ダグラス殿下もユフード殿下もお呼びして」
他人に流されたり振り回されてきたピンクが、自分から動き出しました。
さてどうなるでしょうか…。
お楽しみいただけていましたら、まずはブックマーク登録をお願いいたします。




