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第二話:お茶会に誘われはしたけれど(社交めんどうだなあ……)


「……わかってたのに失敗しちゃった」


 寮の割りあてられている自室に戻って、ベッドへあおむけにぽふんと身を投げ出し、わたしはぼやいた。入学初日は、式のあとに、学園内の施設の案内や講師陣の紹介を聞くオリエンテーションだけで終わりだ。


 それにしても、取り立てて贅を尽くしているわけではないだろうに、マットレスがふわっふわだなあ。男爵邸のわたしの自室のものは、これと比べたら板切れにひとしい。大貴族専用学院は、寮の備えつけ家財ひとつとっても、男爵レベルとは格が違った。


「なにがあったのさ、エル。悪役令嬢が話しかけてきたのは予想どおりだったんだろ?」


 すっかりベッドとマットレスの相乗効果に夢中になって、上下にゆらゆらしていたわたしへ話しかけてきたのは、サイドボードの上においてあった、ぬいぐるみのトカゲのようなものだ。厳密には、ボディのマテリアルは実際にぬいぐるみであり、中に籠められている霊質(スピリット)によって、動いたりしゃべったりする。


「いきなり『淫乱ピンク』って呼ばれて、意味がわからないうちに向こうへ行っちゃったの」

「インランピンク……? どこの方言だそれ」

「わからないわよ」

「事前情報にはなかったな。ちょっと調べておくか」

「おねがいしていい、サラ」


 相棒(ファミリア)に仕事を振って、わたしはベッドから起きあがった。制服を脱いで、アフタヌーンドレスに着替える。


「エル、どこいくんだ?」

「お茶会にご招待いただいたの。初日からぼっちじゃ、さすがに浮くと思うし」

「まさか悪役令嬢からじゃないだろうな」

「サンローム男爵ご令嬢、クラウディアさまから。フェリクヴァーヘン閥とのつながりはないから、だいじょうぶ」

「取り込まれるなよ。向こうの本心は、自分より格下がいてくれたか、子分にしてやろう、ってえところだぞ」

「辛辣ね」


 でもまあ、サラのいうことは事実の一端ではあろうとわたしも思う。クラウディア嬢が、入学初日早々に、わたしをわざわざ選んでお茶会の招待状を渡してくる動機というのは、ほかに考えにくい。


 ……とりあえず可能な限りのおめかしをしてみたものの、自宅から持ってきた一番上等なドレスだというのに、困ったことに制服よりも高級感がなかった。着替えないほうがよかったかもしれない。もし夜のパーティに呼ばれるようなことがあったら、あたらしいドレスを仕立てる必要があるのは明白だ。その出費を考えると、軽く頭が痛い。この国ではオトナの催しに出席する資格年齢は最低十六歳だから、あとまる一年は猶予があるが。


 鏡の前でわたしがため息をついたのを聞いて、サラがこっちを見た。制服姿のときよりくすんでいるわたしを一瞥し、しっぽでくいくいとさし招く。


「エル、ちょっとこっちおいで」

「なに?」

再活性(リヴァイタライズ)


 サラの背びれが波うつと、光の粒子がわたしにまといついた。長らくしまい込まれていたドレスのシワが伸び、少々ほつれかけていた細かいレースの模様が鮮明に、褪せかけていた生地は鮮やかな若草色に戻る。


「ありがと。だいぶマシになったわ」

「新品状態に戻しただけだけどな」

「最後に着たの、誕生会のときだったもんね。そっか、このドレス、こんなきれいだったっけ」

「ふつうは、成長期の人間って、五年も同じドレス入らないんだぞ」

「……成長しなくてすみませんね」


 正確には、くるぶしまであったスカートが、いまはひざ下だけど。袖は最初あまってたから、現在ぴったり。変わってないのは胴回りです。男爵令嬢になってからは、ちゃんと食べるものは食べてるんですけどね。


「まあ行ってきな。余計な敵を増やすなよ」

「心がけるわ」


    +++++


 相棒(ファミリア)を十代のうちに持つ人間はめずらしい。わたしがサラを創ったのは、実学を専攻するつもりだったからだ。


 大貴族の跡取りたちが、上流階級社会での立ち振る舞いや礼儀作法を修得するために通う、王立高等学院に入る予定なんてなかったのである。魔術工科学院の入学試験には受かっていて、養父の手伝いをしたり、恩義のある、生まれ故郷の教会や孤児院の助けになれる勉強をするつもりだったのだけど。


 サラというのはサラマンダーの略。わたしがいまいち器用でなかったせいで、トカゲともイモリともつかない外見になってしまったが、あれで四大精霊の代表格の一員なのだ。ただし真の力を発揮すると、ぬいぐるみにすぎない身体は燃え尽きる。

 ……だめじゃん。なんでそういう肝心なことに、いままで気がついてなかったかなわたしは。


 とりあえずは自習として、サラのボディを不燃性素材に換装しよう――と脳内にメモ書きをしたところで、あずま家が点々と建っている庭園にたどり着いた。


 アフタヌーンティーのパーティも、礼儀作法修得を要する貴族社会のたしなみのひとつであるから、学園生は自習のために、あずま家を借りてお茶会を主催できるということらしい。社交を学び、人脈も自力で作れ、というわけだ。

 実際に、高等学院時代に結ばれた友誼というのは、長期、場合によっては生涯に渡ってつづくものなのだそうな。親の世代で敵対していた派閥が子世代になって融和することもあれば、その逆もしかり。

 高等学院内では、生徒たち自身による自治がかなり高度に保証されていて、オトナの介入は厳しく制限されている。どうしても必要な場合は、王室のみならず、国内の有力貴族全員が出席する調停委員会を開いて、問題の所在と介入の必要性、改革要項を上程して議論し、承認の決を採らなければいけないのだとか。国家体制の硬直化を防ぐために、次世代を担う若人を実家のしがらみから解放して、自身の判断で友人関係を築かせる三年間というのは、けっこう有効なのだという。


 ――そんな、王立高等学院に関するなにくれをつらつら脳内でおさらいしていたら、庭園の中ほどまでやってきていた。

 招待状に書かれている「蜻蛉(せいれい)のいとつどいし穹窿(ヴォールト)」というのはどれだろうと、あたりを見まわす。まったく、複数建っているあずま家なのだから、番号で振ってくれればいいものを、風流の利かせすぎで意味不明だ。蜻蛉ということは、たぶん池かなにか、水辺に近いのだろうけど。


「あの……エルゼヴィカ嬢ですよね?」




短編で終わるはずだった予定を破壊したサラマンダーの登場です。しゃべるしゃべる…。

まあお話書いてると、こういうことってけっこうあるんですよね。

エルとサラのコンビはすぐにお気に入りになりました。読者のみなさまにも好かれるといいなあ…。


作業も順調、今夜も放出分は書けたので貯金は減ってません!

面白そうだと思っていただけましたら、まずはブックマークをしていただけますと嬉しいです。評価は最終話を読んでからで充分ですよ。このペースなら50話かかりませんから。

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