第十九話:ご飯の美味しさと貴族社会の現実(ご飯美味しいだけで終わっちゃだめなんですかね?)
今日のディナーメニューのメインは魚だった。白身のムニエル。タラかな? わたしはこれまで、タラって干してあるの以外食べたことがなかった。生のタラの身って、こんなに柔らかかったのか。
干しタラは貧乏時代も、男爵令嬢になってからも食べてきた、おなじみの味だけど、なんというか、生タラと同じものって感じしませんね。
わたしは決して干しタラも嫌いじゃない、味は。ハンマーで分解してから一日以上水で戻さないと食べられない、チャンバラごっこに使えるレベルの硬い代物で、そういう意味では欠食児童時代は嫌いだったけど。絶対につまみ食いできなかったから。
――それにしてもいけますね、干しタラに比べるとちょっと淡泊だけど。干してあるとやっぱり味が濃縮されるのか。でも、このふわっと感は生じゃないと出ないでしょうね。カリっと仕あげずに、ちょっと蒸し焼きにしてあるところがわたしは好きだな。つけ合わせのキノコがすごく合う。たぶんこれ、最後の工程でタラと一緒に蒸し焼きにしてるね。いいお味が出てます。
「ヴィカはなんでも美味しそうに食べるわね」
「美味しそう、じゃなくて、実際に美味しいもの」
「いっぱい食べてるのに、どうしてそんなに細いの?」
セティ嬢はうらやましそうな顔をしているけど、むしろ縦にしか成長しないわたしより、ふっくら柔らかそうな彼女のほうがいいと思う。まあ隣家の芝は青いんでしょうけど。
空にしたお皿をさげるために重ねながら、軽口をたたく。
「わたしはたぶんね、三歳くらいのときにお腹の空きすぎで死んじゃったんだよ。それからは入り込んできた餓鬼の魂で動いてるんだけど、食べても食べても栄養が全部幽昏界にいっちゃうから、物質界のこの身体は育たないの」
「え……」
「冗談だってば」
ちょっと、セティさん、いま一瞬本気で信じたでしょ。おぞましいものを見る目になってた。サラマンダー召喚できるのは、やっぱりバケモノだからか、って思いましたね?
「もう、こんなに可愛いのに中身が餓鬼とか、そんなわけないよねえ」
そういって、セティ嬢はわたしに横から抱きついてくる。あー、柔らかいなあ。お肉三割わけて? 犬猫やおっきなぬいぐるみもいいけど、人間の女の子の抱き心地はまた格別だよね。
うへへ、とスケベオヤジよろしくセティ嬢の脇肉をつまむ。わたしはリブにまったく肉がついてないのだ。餓鬼どころかほぼ骸骨。
「――ひゃん!? もう、ヴィカってば」
「おぬしのほうから誘ってきたのではないかー」
つぎはお尻でも揉むか、と手をわきわきさせたところで、こほん、とクラウディア嬢がわざとらしく咳払いをした。わたしの肩にあごを乗せていたセティ嬢も、ひょいと身を起こす。セティ嬢はちょうど食堂の入り口のほうを向いていた。だれかきましたね。悪役令嬢さまかな?
食器さげがてら、席を立って後方確認をする。やっぱりマルガレーテ嬢だった。めずらしくご令嬢ウォールがないなと思ったら、ダグラス殿下もいらっしゃる。ご夕食をともにお召しになさるようで。まあ、婚約者ですもんね。
「ダグラス殿下、マルガレーテさま、ご機嫌うるわしゅう。手がふさがっていますので、失礼をご寛恕ください」
「ごきげんようエルゼヴィカ嬢。あなた、ほんとうによく食べるのね」
わたしがお盆に六枚も空の皿を重ねているのを見て、マルガレーテ嬢は目を丸くする。ダグラス王子もわたしが大食らいなのは聞いたようで、表面上はおどろきを見せない。不用意に人のことを笑ったりしないのは、さすが王族ってことなんでしょうか。
「もうすませてしまったか。まだだったら、きみも一緒にどうかなと思っていたが」
「お心だけで恐悦至極に存じます。どうぞ、ごゆっくり」
おふたりににっこり笑顔で会釈してから、わたしはお盆に満載の食器を返却台に戻した。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」
「ありがとうねえ」
うん、殿下たちに向けてより、食堂のみなさんへのお礼のほうが、はるかにいい笑顔になってるなと自分でわかる。仕方ないよね。みなさんからも「よく食うピンク」と完全に顔憶えられてるし。
ダグラス王子とマルガレーテ嬢へ、わたしが自分から寄っていくとは思っていなかったようで、クラウディア嬢とセティ嬢はテーブルについたままこちらの様子をうかがっていた。
シモーヌ嬢とカザリーン嬢があとからいらっしゃるといっていたけど、わたしはさっさといただいてしまった上、食器も片づけてしまった。料理をたっぷり取ってお盆を満載にしていたわたしに、おふたりが気づいて呼んでくれたから同じテーブルに座ったけど、一緒に食べると前もって約束していたわけでもなかったので。
さきに帰るね、とふたりへ手を振る。セティ嬢はにっこりと、クラウディア嬢はやや苦笑気味に振り返してきた。こういうところはわれながら育ちが悪い。さすがに料理取る前に声かけてくれれば自重できるんですけどね。
さあて、部屋で代数の復習のつづきをやるか、と食堂の出口のほうへ向かっていたら、ディルフィナ嬢がビュッフェ台から料理を自分のお皿に取っているのが目にとまった。マルガレーテ嬢はダグラス殿下と上のテラス席で食べるけど、従者の彼女は大食堂ですませるようだ。これが階級社会の現実というやつですかね。
「おつかれさまです、ディルフィナさま」
「エルゼヴィカさま。……十分ですませます、少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
ディルフィナ嬢は声をひそめてそういった。なにかお話があるのかな?
「マルガレーテさまがお戻りになるまでにすませればいいんですよね? 急がなくてもだいじょうぶですよ、わたしの部屋にきてください。お茶淹れておきますから」
「すみません……のちほど、おうかがいします」
ディナーだから、一時間はかかるはずだ。ディルフィナ嬢がご自分の夕食に三十分かけても、食堂からわたしの部屋がある寮棟までは五分もかからない。
お茶を一杯、のんびり飲んで話す時間はある。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
次回更新は4日です。明日明後日は更新お休みいただきます。
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