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第十八話:めざせ!淫ピな悪女!(たぶん悪女の才能ないですけど)


「……おまえ、バカだろ」

「知ってたでしょ」


 朝にマルガレーテ嬢に捕まり、お昼にシモーヌ嬢に捕まり、ダグラス王子とユフード皇子をわたしのほうから選択はできないから、おふたりに決めてもらえるよう仕向ける、という話になったことをサラへ伝えると、シンプル極まりなく、かつ適切至上な評が返ってきた。


「黒髪ロングのいうことが正しい。おまえはだれの命令を聞く必要もなければ、だれの味方になる必要もない。黒髪ロングが、本当にベヒーモスの野郎を連れてきてから考えりゃいいんだ。まして自分から無能を白状した悪役令嬢に、どうして遠慮する?」

「マルガレーテさまに遠慮するなら、ダグラス殿下に近寄るべきじゃないのよ、わたしは」


 だが実際には、シモーヌ嬢の使嗾に半分乗って、ダグラス殿下にも気のあるそぶりをするのだ。代数の講義のあと、ユフード殿下とクラウディア嬢たちが勉強会に誘ってくれたけど、わたしはサラから教わるといってひとりで帰ってきた。

 ダグラス王子がわたしに対して気を持つまで、ユフード殿下とはこれ以上接近しない、という計画を承知しているのはシモーヌ嬢だけ。彼女はうまいことユフード殿下とクラウディア嬢をとりなして、ウインクとともにわたしを講堂から送り出してくれた。


 サラはしっぽをふりふりしながら、少し頭を動かした。たぶん、首をかしげたのだろう。


「ダグ公はそんなにいい男か? おいらには、ユフードの坊主となにが違うのかわからんな」

「わたしにもわからないから、あちらに選択してもらおうってことよ。わたしは、いまのところサラのおまけだもの」

「一個の人間としてエルを見ることができるか、試すのか。なるほど、バカ王子どもには、なかなか難しい試験だな」

「そんなことより、代数教えて。ぜんっぜんわからないの」


 悪そうな声でくつくつとふくみ笑いをするサラへ、わたしはノートを広げてみせた。ガラス玉の目で式の列を一瞥し、サラはつまらなそうにいう。


「こんなもん、憶えてどうするんだ?」

「使うのよ。契約書作ったり、帳簿書いたりするときに」

「代数より、ふつうの算術勉強したほうがいいんじゃないのか?」

「単位取るかはともかく、算術の講義も受けるわ。でも、代数って便利なの。キャラヴァンや貿易船に出資する人って、複数いるから。精算時点での総資産を、出資比率や契約した利率に応じて分配することになる。精算しないで再投資するなら、配当金をもらう場合の計算もしやすい」

「ほう」


 このへんはね、脳みそピンクなりに考えたんだよ。もっと感心してもいいんだからね。


 サラはさっそく初歩的なところからはじめてくれた。フォンテーヌ講師が最初に板書をした段階より、さらに基本のところらしい。


「いいか、謎の数Δ(デルタ)をn倍し、それに任意の実数を加えるか引いたかした答えがゼロになるとき、Δがなにかを求める。こいつが一次方程式だ」


 2Δm6=0


「Δは3、かな」

「正解。じゃあつぎは二次方程式」


 Δ^2m16=0


「4だよね?」


 最初の問題より簡単になってない? と思ったのはここまでで、Δの肩についてる指数は増えていくし、式の中に何個もΔが出てくるようになるし、あっという間にわたしのピンクの脳みそはパンクしてしまった。


「え……ええ……?」

「まあ式の意味はわかるようになっただろ。方程式ってのは関数表に書き表すことができる。エルがさっきいってた出資比率に応じた分配の問題や利息の計算なんかは、関数表上で面積として考えるほうが求めやすい。代数的に考えるよりは、微分や積分を使ったほうがいいだろう。出資者全員が精算に同意した場合は、総和が決まってるから代数で計算したほうがたしかにやりやすいがな」

「……はあ」


 もうさっぱりわかりません。……と思いながらノートの一行目の式を解いてみたら、答えが出た。

 おー、サラ天才。この頭ピンクに十五分で代数方程式の計算法授けるとか、さっすが四大精霊さま。


「合ってる?」

「正解。そうだな、八問目までは解けるはずだぞ。やってみな」

「わかった」


 ……一時間かけて、七問目以外は解けました。どうしても七問目がわからなかったからサラに訊いてみたら、


「これ答え整数にならねえから」


 はい無理ー。


 デスクからベッドに飛び込んだところで、お腹が鳴いた。窓の外も、すっかりあかね色に染まっていた。サラを持ちあげて、思いっきり抱きしめる。


「今日はここまで。ありがと、一歩前進」

「こんなペースじゃ、おいらが契約書作ったり、精算書出したほうが早いぞ」

「いつまでもサラには頼らないよ。最初のうちはおねがいするけど、そのうち自分でできるようにするから。……よし、ご飯食べてくるね」

「おう、いってきな。おいらにもなんかくれ」


 勉強を教えてもらったんだから、お礼をするは当然だ。机の上の小箱をあさって――孔雀石(マラカイト)があった。銅の抽出実験するのに使うんだけど、シュミット助教に頼めばもらえるだろう。


「これでいい?」

「ありがとよ。いただくぞ」


 今日はカリカリいわない。サラのほっぺが動いてるから、たぶん飴玉のように舐めているのだろう。


「これも嫌いじゃないが、おいらはもっと歯ごたえがあるやつが好きなんだ」

「硬度の高い石って、紅玉(ルビー)とか緑玉(エメラルド)でしょ。宝石は持ってないわ」


 昨日サラにあげた緑簾石(エピドート)も、孔雀石(マラカイト)よりは硬いけど宝石クラスではない。精霊であっても王族は王族、お好みはやっぱり高級品らしい。


「べつに見た目にはこだわらないぞ。宝玉にはならないクズ石でいいんだ」

「それなら、シュミット助教が持ってるかも。訊いてみる」

「あー、ダグ公やユフード坊主にはいうなよ。モノが介在しちゃ不純になる」

「そうだね」


 ちゃんとそういうとこは気にするんだ。わたしよりよっぽど高貴な考えが板についてるなあ。当然だろうけど。


 なにはともあれ、ご飯ですご飯。人間、美味しいものをお腹いっぱい食べていられれば、それでしあわせになれる。




現代でこそ中学校で習う二次方程式ですが、かつては数秘術として魔法のようなものでした。ぶっちゃけ数学は、古代ギリシャから近世までは進歩と後退を繰り返していて、爆発的に高度になったのは19世紀以降、つい最近のことです。

サラの知識は、作中想定年代の水準を大幅に超過したチートの域にあります。

指数は正しく表記できないのでX^nのかたちで代用しました。


年内最後の更新です。お読みいただきありがとうございます。来年もよろしくお願いいたします。

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