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第十七話:わかりました。淫乱ピンク、ビッチも兼任します(……どうしてこうなった)


 シモーヌ嬢が、エキゾチックのみならずエキセントリックなお人だとは、正直思ってませんでした。


 マルガレーテ嬢はあくまで「前向きに協力を検討して」という体で話をしてきたけど、シモーヌ嬢は……。


「ヴィカ、いまのあなたに命令することは、この地上の何者にもできないわ。現時点では、間違いなくあなたが、最も強大で、かつ最も高貴な権威を手にしている。でもよく考えて、わたくしは近いうちにベヒーモスを得る。……四大とはいかなくとも、そのつぎに高位の地霊は確実に。いまのうちにわたくしと協調しておくのが、あなたにとっても正しい選択になるのよ」


 これははったりだ。シモーヌ嬢自身、わかっているだろう。わたしとしては、自分にどうしてサラがついてくれたのかさっぱりなのだから、シモーヌ嬢の自信について断言できるはずもないのだけど、なぜだか確信があった。


 ただし、わたしはマルガレーテ嬢から、彼女にまったく術師の資質がないことを聞いてしまっている。


「わたしは、ダグラス王子にせよ、ユフード皇子にせよ、嫌いではありませんが、一生をともに歩んでいけると、断言することはできません」

「貴族、王侯の結婚というのはそうしたものよ。まず格式の釣り合いと、政治的思惑があり、個人の感情は二の次。それでも、愛情は育めるものよ。愛に真と偽の差など存在しないの」

「政治面に話を限定するなら、第二王子であるダグラス殿下を次期王位へ押しあげるであろう、サラマンダーを擁する無名貴族の娘よりも、語学と教養にすぐれたフェリクヴァーヘン侯爵令嬢がそのまま結婚されるほうが、レッセデリアの国家体制の安定には資するのではありませんか?」


 ……なんでまた、地雷へ向けてピンヒールはいた上で全力ジャンピング着地するような発言をしちゃうかなあ、わたしは。マルガレーテ嬢の肩を持つ理由ってべつにないんだけど。


 でも、シモーヌ嬢は笑った。本当に楽しそうに。


「いいわ、ヴィカ。愚かなふりをしない娘は、賢ぶるバカ女よりはるかに好ましい。たしかにわたくしは、レッセデリアの安寧より、ゾーゲンヴェクト一門の隆盛を重要視している。でも、わがゾーゲンヴェクト家が本来の実力を発揮できる地位を確立すれば、結果としてレッセデリアもより繁栄することになるでしょう」

「第一王子のハインリヒ殿下も、婚約者はいらっしゃるにせよご成婚はまだですよね。なぜダグラス殿下なのですか?」

「半分私怨よ、認めるわ。けれど、それを差し引いてもダグラス殿下のほうが優秀だし、あなたと歳も近い。もちろん、ハインリヒ殿下に抜きん出た資質があったなら、わたくしはあなたにそちらを勧めていたわ」


 うーん……私怨も野心も否定しようとしないのが、却って清々しい。クラウディア嬢たちは、この、シモーヌ嬢の語る「大ゾーゲンヴェクト構想」を聞かされているのだろうか。


「シモーヌさま、どうしてわたしを信用してくださるのですか? ご心配にはなりませんか、ダグラス殿下やマルガレーテさまに、わたしが告げ口をする可能性とか……」

「あなたは他人の秘密を漏らさないわ。マルガレーテ嬢には、なにか急所があるのよね? でも、あなたはなにも嘘はつかなかったけれど、彼女の最大の弱みは口にしなかった。四大を呼び出せたのも、あなたが裏表のない、しかし他人がほかには知られたくないと思っていることを明かさない、清らかな心の持ち主だからだわ」


 マルガレーテ嬢に関して伏せていることがあるってバレてる……!? わたし、そこまで隠しごと下手なの?


「ええ、とてもわかりやすいわよ。だいじょうぶ、マルガレーテ嬢の弱点がなにか、具体的にはさすがにわからないから」


 ……まーじでーすかー。


「だからあえて訊かせてもらうわ、ヴィカ。あなた、わたくしと敵対するつもりはないけれど、協力する気もない。――どうして?」

「……ダグラス殿下とユフード殿下、どちらをより好きになれるか、わからないからです」

「そして、わたくしの話に、ゾーゲンヴェクトの権勢拡大を正当化するだけの政治的妥当性を見いだせない」


 ……はい。


 シモーヌ嬢は怒らなかった。肩をすくめて、ため息をつく。


「まあいいわ。わたくしが気に入らない、マルガレーテ嬢のがわにつく、というわけではなさそうだし。誠意を見せるべきはこちらのほうね。近いうちに、あなたの信頼を勝ち取れるだけの証を示しましょう」


 むしろ、シモーヌ嬢もマルガレーテ嬢も、気に入らないどころか好きなんですけど。どちらとも仲良くなりたいし、三人でお友だちになる方法って、ないんですか?


「……生意気な態度ですみません」

「そんなことないわよ。四大を従えているのに、信じられないくらい遠慮深いわ、あなた。二級どころの使い魔(ファミリア)しか持っていないくせに、傲岸な態度の若造はよく見かけるもの」

「学院内にもいるんですか、そんな人?」

「わたくしも入学したばかりよ?」

「そうでした……」


 すみません、シモーヌ嬢オトナっぽすぎて、同学年とはどうにも思えなくって。


「中の上程度の使い魔(ファミリア)を連れている生徒は、いくらかいるようだけれどね。いまごろ、使い魔のほうが震えあがっているでしょう。あなたのサラの霊圧(プレッシャー)に負けて、学院の敷地から逃げ出してしまうかもしれないわよ」

「うちのサラ、昨日ご覧になったとおり大きいんで、ずっとわたしの部屋にいますけど」

「調べごとのために言霊を捕まえさせているのでしょう? おそらく、サラは言霊を伝令(メッセンジャー)に使って、周囲の使い魔(ファミリア)が知っていることを洗いざらい吐き出させているはずだわ」

「そうだったんですか……」


 ヤクザすぎる。知らなかったとはいえ、わたしはなんて指示を出していたのだろう。カンニングやスパイ防止のために小型や透明になれる相棒(ファミリア)は禁止されているといっても、これじゃほぼ空文だ。講師の人たちはけっこうな割合で相棒を持っているはずだから、サラに頼めば、試験の問題なんか簡単に手に入ってしまうことになるだろう。


 わーお悪用の余地ありすぎ。どうしよう。


「でもあなたは、サラの力を不正のためには使わない。わたくしにはわかるわ、同じ、四大に選ばれる存在ですもの」

「買いかぶりです」


 シモーヌ嬢、もしかしたらわたしの弱い心をあおって、術師が堕落したら四大がどう振る舞うのか、命令を聞かなくなったり、契約を打ち切ってもとの世界に帰ったりするのか、確認したいんじゃあ……?


「――そろそろ時間ね。代数の講義がはじまるわ、いきましょうか」


 わたしはさっぱり時間感覚がなかったけど、シモーヌ嬢はそういって卓上のベルを鳴らした。流れるように現れたゲオルグさまが、お皿とカップをさげる。

 わたしは部屋に帰る前にシモーヌ嬢に捕まったので、ノートや筆記用具を持ちっぱなし。彼女がご自分の仕度をしているあいだに、ぱっと、わたしの頭にひとつ思いつきが降ってきた。


「シモーヌさま、決めました」

「なにをかしら?」


 振り返ってきたシモーヌ嬢の顔に、そこまでの期待の色は浮かんでいない。この場でわたしが、全面協力を申し出てくることはないとわかっているようだ。


「やっぱりわたしには選択できないので、殿がたに選んでいただきます」

「と、いうと?」

「ダグラス殿下にも、ユフード殿下にも、親しくアピールをします。さきにわたしへ愛の告白をしてきたかたを選びます」

「それ、条件が対等とはいえないわ。ユフード殿下はすでにあなたに婚約を申し込んでいるし、ダグラス殿下には婚約者がいる」


 シモーヌ嬢は渋い顔をなさった。ユフード殿下は、もうわたしを選んだも同然だろうというわけだ。


「婚約とか、結婚の申し込みではありません。()の告白です」

「それでも、ユフード殿下は最初からあなたを見ている。ダグラス殿下は、あなたのことが少し気になっている程度で、マルガレーテ嬢を捨てて乗り換えようだとか、そういう発想にはまだ遠い」

「……わかりました。じゃあ、しばらくダグラス殿下にだけアプローチします」

「それならけっこうよ。ダグラス殿下がユフード殿下と同じくらいあなたに惹きつけられているかどうかは、判定方法を考えましょう。思いつけば、あなたのサラを使えば測定可能になるはず」


 うなずいて、シモーヌ嬢はかばんを手にドアを開けた。玄関口で、ゲオルグさまがかしこまって控えている。


 ……わたしはどうやら、これまでで最大のうかつ発言をしてしまったようだ。




淫乱ピンクの本領が発揮されつつあります。


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