第十五話:どっちにつく?っていわれても……(わたしというか、サラがついた側が勝ち確なんじゃないですか?)
口を挟むことなくわたしの話を聞きながら、シモーヌ嬢は考え深げに卓上で指を組んでいた。その上に細くて形の良いあごを乗せ、わずかに首をかしいでいる。マルガレーテ嬢が思わず見とれる美しさなら、シモーヌ嬢は気がついたら吸い込まれている美しさだ。
「――なので、これから相棒と、ユフード殿下に今後どう対応するべきか相談しようと思っていたところだったんです」
「あなた、とても正直ね。あの悪役令嬢が毒気を抜かれるのもわかるわ」
指をといて口もとをおさえ、シモーヌ嬢はそうおっしゃった。やっぱりわたし、危ないところだったんですかね? ……あまりに間抜けそうだから、潰す価値もないと思われたか。ダグラス殿下がわたしを王立学院に連れてきた理由を探ろうと様子をうかがっていたら、サラがやべーやつだとわかったので方針を懐柔路線に変えてアプローチしてきているとか?
まあ、こっちとしては、サラが最強で無敵でもわたしにあまり関係はないというか、たとえば、いまいただいたお茶とかに一服盛られたらイチコロなわけで、目立つのは避けたいんですよね。わたし、食べもので釣られたら確実に引っかかる自信あるんで。
「わがレキュアーズ家は看板ばかりの貴族、各名門のみなさまと接点はありません。わたしも、どなたかと特別に親しくなりたいだとか、そういうたくらみは持っていないのですが」
「あなたの心がけは立派よ、ヴィカ。でもね、ペルガモン帝国どころか、香海、その先の南東青海沿岸全域までも支配できる神権の根源を擁してしまっている以上、だれの味方もしないというなら、あなた自身ですべてを平らげなければならないわ」
なんか、マルガレーテ嬢のいってた話より、さらにスケールが大きくなってるんですけど……。ユフード皇子を選んでペルガモンか、ダグラス王子を選んでレッセデリアか、って時点でもう実感がないのに。
ていうかシモーヌ嬢、「ヴィカ」ってなんかいきなりすごい親しげですね。
「つまり、相棒の威を借りて世界を征しろとおっしゃるので?」
魔王にでもなれっていうんですか。
冗談のつもりだったのに、
「全世界とはいわないけれど、文句をつけてくる相手が出ない程度に、国を二、三個獲ってしまうのがいいでしょうね」
と、シモーヌ嬢はしれっとのたまわれる。ひとごとだからって適当なこといってません……?
「相棒がいるうちはともかく、もとの世界に帰ってしまったらどうするんですか」
「……ヴィカ、あなた、いったいどんな条件でサラマンダーを呼び出して、使い魔にしたの?」
シモーヌ嬢の顔は「解せぬ」と語っていた。いくら相棒が強かろうが偉かろうが、呼び出したにすぎない術師が調子に乗るのは無謀だろうと思うのは、わたしだけなのだろうか?
「とりあえず十年間、わたしの助手をしてくれる。延長するかどうかは、初期契約満了時の双方の合意しだい。そのくらいです。あと、わたしはサラの主人になったわけではないし、サラもわたしの下僕ではありません。あくまでも友だちです」
「精霊や妖精にとって、人間の一生は短いものよ。べつに、生涯つき合わせても、彼らが時間の損失を感じることはない。それなのに、そんなに短い期限しか契約をしなかっただなんて、面白いわね」
「相棒にもいわれました。もしかすると、変な人間だから、面白がって出てきたのかもしれません」
「たしかに、ふつうの発想なら、四大の召喚に成功したなら、生涯隷属を要求する以外の選択はありえないわね。……呼び出される側は、招請者がなにを考えているのかわかっている、なるほど、心の清さだの徳の高さだの、そんな抽象的な見かたではなくて、もっとはっきり思考が漏れている、そうなのかも」
途中からはひとり言だった。わたしより確実にいろいろ知ってる感じがする。
「シモーヌさまは、術式にお詳しそうですね」
「わがゾーゲンヴェクト家は、代々地霊を従える力を受け継いでいるの」
「歴史の勉強で聞いた記憶はあります。二百何十年か前に、一夜にして大城壁を築きあげ、東の果てから襲来してきたカガンの騎馬軍団を退けて、東方国境守護に任じられた、と」
「そう、初代辺境伯となったヴァーツラフは、地の四大ベヒーモスを使い魔として迎えた。四大レベルの力がなければ、五十万の鉄騎を防ぐ長城を一夜で作り出す、なんてことはできなかったでしょうね」
へえ、初代ゾーゲンヴェクト辺境伯は四大精霊を呼び出したんだ。地の四大がベヒーモスだってのもいま知りました。……われながら無知だな!
「シモーヌさまご自身は……?」
「わたくしは、まだ使い魔を呼び出していないわ。儀式を急がなくてよかった。あなたから学べば、わたくしは八代ぶりに四大を従えることができるかもしれない」
「あの、失礼な質問ですみませんが、どうしてヴァーツラフさまは、四大の力を持っていたのに、辺境伯に封じられ、東方国境守護の任を得ただけで満足したのでしょうか?」
同じ四大のサラマンダーを呼び出したわたしには、国の二、三を支配しろとあおっておきながら、ご自分のご先祖はずいぶん謙虚じゃないですかと思ったら、シモーヌ嬢は黒い瞳を爛々と輝かせた。
「とてもよい質問よ、ヴィカ。わたくしがもっとも不可解に思っているのは、まさにその点。たしかにカガンの騎馬軍団は、ベヒーモスの力を借りてもなお手強い相手だったし、もちろん、向こうにだって、四大には遠くおよばないまでも使い魔を連れた術師がいた。でも、それは、辺境伯の位にとどまり、自ら治める邦国をあきらめる理由にはならなかったはず。ヴァーツラフは、カガンの軍勢に滅ぼされてしまった、ポリニタなり、ルースまで進んで、復興を宣言して国を建てればよかったのよ。レッセデリア王に止めることなどできなかったのに」
このひと、覇気がすごいなあ。
シモーヌ嬢には、お兄さまなり、弟君なり、いらっしゃるのだろうか。最低でもご自分が次期辺境伯になるんだって志ざしがあるみたい。四大とまではいかずとも、ほかの継承候補者より上位の地霊を呼び出して、実力で認めさせてやろうと考えているのかな。
わたしが無責任に感心していられるのは、ここまでだった。シモーヌ嬢が、野望にきらめく眼をこちらに向けてきたのだ。
「ヴィカ、もしあなたに、手にしている力を積極的に振るう意志がないのなら、ユフード皇子ではなく、ダグラス王子を選ぶべきよ」
「友好国とはいえ、四大の力をペルガモンに渡すべきではない、という意味でしょうか?」
「まあ、少しはそれも関係あるけれど。はっきりいえば、マルガレーテ嬢とわたくし、どちらの味方になりたいか、ということよ、あなたが」
……いいにくいことを、あっさりと口に出しましたね、このご令嬢は!
わたしを派閥争いに巻き込む気満々じゃないですか!!
シモーヌさん絶好調。
私はこういう竹割った性格の女傑キャラが好きです。