第十四話:前門の侯爵令嬢、後門の辺境伯令嬢(こっちは最下級の男爵令嬢なんですけど……)
なんかいろいろあって長く感じるけど、まだ入学三日目。午前中の講義は、木質工学と商科を選んでみた。
木質工学では、とりあえず笛を一本作ってみろという課題が出された。素材を選んで、乾かして、くり貫き、縦笛でも横笛でもいいから、とにかく音が出るものにしてみなさいという。これはなかなか楽しそうだ。わたしこういうの大好き。
当然ながら、どの材木を使うかで音質は変わる。穴を開ける手間も考え、柔らかいカエデ材を選んで、数週間乾燥させるべく風とおしのよい日陰に立てて安置。
簡単な演奏ができる笛が一本作れれば、講義は聞いても聞かなくてもいいといわれたけど、材木から水分抜けるまではどうせ作業に入れないから、次回からしばらく講義も受けることにした。
しかしまあ、物を作る系の科目は投げっぱなしな講師多いな! ここの学院の性質を考えるとやむをえないんだろうけど。
商科は完全に実用本位。わがレキュアーズ男爵家は、端的にいって貧乏貴族、さほど先祖代々の資産というものがない。両親は慈善活動に熱心だけど、財産を取り崩しながら施しをしていたのでは、すぐにお金が尽きてしまう。
とはいえ腐っても貴族だから、庶民の年間の稼ぎくらいの余剰は常にあるのだ。庶民であれば、日当としてもらった先から生活のたつきで消えていくお金が、一年ぶんまるまるである。それを、交易キャラヴァンや船乗りに出資し、彼らが帰ってきたときに配当をもらってチャリティーの原資にしているのだ。
キャラヴァンが山賊の餌食になったり、船が海の藻屑と消えたりと、かなりリスクの高い事業だと聞くが、養父は見る目があるらしく、出資先の帰還率は平均より良いのだとか。いまは契約書類を専門家に作ってもらっているから、自力でやれるようになれば、利益率がもうちょっとあがるのだ。
しっかり自分で憶えようと真面目にノートを取っているうちに、法規の部分はともかく、帳面をつけたり契約内容の検算をするには数学の知識もそうとう必要だなとわかってきた。サラにつき合ってもらって、昨日やりそこなった代数の復習をしよう。
……昨日はたまたまちょっと早く行ってみただけなんだけど、席が空いているうちにランチをすませるのが賢いのではないかと思ったので、今日も午前最後のコマは受けずに食堂へ向かってみた。
知っている顔は見あたらなかった。正確には、どこかでご令嬢ウォールに混ざっていたかたがいる気もするんだけど。
マルガレーテ嬢から見て、わたしは敵なのだろうか? それとも矢よけの壁なのだろうか? ――そんなことを考えながらひとりで食べる。ぼっち飯でもしっかり美味しくいただけます。
はちみつを表面に塗って焼きあげてある、ローストチキンレッグがとくにすばらしかったです。これがディナーじゃなくてランチに出てきちゃうなんて、王立の学院ってすごいわ。
試験のときに行った魔術工科学院でも食堂は利用したけど、ご飯の面では王立高等学院の圧勝だなあ。あとテクスタイン教授。繊維工学の講義の二回目に早く参加したい。
すっかり満足して、朝がたにマルガレーテ嬢からいわれたことについてサラと相談しようと、寮へ一度戻ろうとしていたわたしの前に、どうやらこちらを待ちかまえていたらしい人影が立ちふさがった。
「ごきげんよう。良い日和ね、エルゼヴィカ嬢」
「シモーヌさま……?」
ゾーゲンヴェクト辺境伯ご令嬢がここで登場ですか。フェリクヴァーヘン閥との確執がらみってみるのが、自然、でしょうねえ……。
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午後の代数の講義にはシモーヌ嬢も出るというから、それまでならつき合ってもいいかとおとなしくついていくと、彼女のお部屋があるべつの寮棟だった。
シモーヌ嬢の部屋も基本的にはわたしのところと同じ構造だけど、応接室兼ダイニングの奥に、ベッドルームだけじゃなく書斎と居間がついている。こっちはとくに位が高い人専用かな。もしかすると、マルガレーテ嬢の部屋もこの棟にあるかもしれない。
わたしは奥の居間にとおされ、どこからともなく現れたゲオルグさまが、ブランマンジェの乗ったお皿と、お茶を出してくれた。テーブルを挟んでソファに座っているシモーヌ嬢とわたしを残し、彼自身はダイニングのほうへ戻っていく。
……おや、もしかして閉じ込められましたか、わたし?
まったく乱れもほつれもない黒絹のような髪と、黒曜石のような瞳――成人しているオトナの女性と見まがう優美さで、シモーヌ嬢が口を開いた。
「どうぞ、お楽になさって」
「いただきます」
食べものがあれば、わたしはほかのことを気にしません。ランチのデザートにちょうどいいし。……おいしー! なめらかな舌ざわりと、やさしい甘み、そしてほんのり酸味。ソースに果汁が入ってるかな?
ブランマンジェを堪能してから顔をあげると、シモーヌ嬢は微苦笑していた。こいつはえさ与えると本当に意識飛ぶなって表情してますね。そのとおりなんですけど。
「キャスとセティに聞いたわ、あなた食べるの大好きなんですってね」
「とっても美味しかったです。これ、シモーヌさまがお作りになったんですか?」
「じつはゲオルグが得意なの」
「……騎士さまなのに?」
「この学院に従者を引き連れてくるのは厳禁ですからね。あくまで同級生、という体裁で、ひとりだけは黙認されているけれど。だから、身辺警護から料理掃除まで、ひととおりこなせる人材でなければならないの。彼は十歳になる前から、高等学院へわたくしが進んだときに備えていろいろと仕込みをされていた」
ほへー。そういえば、昨日カップを洗ってくれてたときのゲオルグさまの手ぎわ、すごいよかったっけ。
ということは、ディルフィナ嬢も女主人であるマルガレーテさまのために、幼いころから特訓を重ねてきたんだろうなあ。
お茶も、わたしが淹れるやつよりはるかにおいしい。茶葉も三ランクくらいは上なんだろうけど、それ以上に腕前が違う。
「ところで、わたしにご用って、なんでしょうか?」
カップをソーサーに戻して、おうかがいしてみる。ただおやつをおごってくれただけ……なわけないですよね。
「今朝、マルガレーテさまからはなんと?」
「えーとですね……昨日、ユフード殿下たちと、わたしの部屋でなにをしていたのか、どんな話をしたのか、ということについて、です」
「そういえば、わたくしたちが帰ったあとも、ユフード殿下はお残りになっていらしたわね。……聞かせてくれる?」
やっぱりこうなりますよねー。でも、マルガレーテ嬢に話したことをシモーヌ嬢には伏せておくっていうのも、なんか変だしなあ。どっちに肩入れするってつもりもないし。
――というわけで、マルガレーテ嬢にじつは術師としての資質がまったくないということと、ダグラス殿下を王位に押しあげようとする一派に彼女がうとまれている、という点をのぞいて、だいたい話してしまいましたとさ。
さて、このわたしの態度は冷静な中立主義者でしょうか、それとも日和見コウモリでしょうか……?
淫乱ピンクの難局はつづきます。
本人は美味しいもの食べてりゃあとは気にしてないようですが。
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