第十三話:悪役令嬢が同盟締結を提案してきました!(わたしにユフード殿下をたらしこめとおっしゃいますか……)
わたしの自白を聞いて、ディルフィナ嬢が息を呑んだ。
「継承順六十八位とはいえ、ペルガモン帝国の皇子が求婚を……!?」
「わたしが一番おどろきました」
「た、たしかに。そうですよね」
落ち着くためか、ディルフィナ嬢はフルーツに手を戻した。全部食べられそう。多少苦手でも、これだけ美味しければいけますよね。
こちらは全部お召しあがりになった、マルガレーテ嬢が話をつづける。
「ユフード殿下のお申し出、お受けになったの?」
「即答なんて無理ですよ! それに、サラ――相棒もいい顔をしませんでした。サラマンダーの権威が目あてなんだろう、って」
「そうよね。焔帝の直系継嗣をうしろ盾に帰国すれば、次期どころか、その場で現皇帝から禅譲させることすらできる」
「え……」
そ、そこまでなんですか……!?
わたしはなんてバケモノを気軽に呼び出して、お手製のぬいぐるみに宿らせたのだろうか。いや、こっちからは指名したわけじゃないんですけど……。
絶句したわたしの顔はそんなに面白かったか、マルガレーテ嬢はちょっと柔らかい表情になって語を接いだ。
ただし、内容はとんでもない。
「もし、あなたがユフード殿下から求婚をされ、それをお断りになったのだと噂が広まれば、ダグラス殿下のみならず、未婚の男性王族は全員、さらに国内の有力貴族も、こぞってあなたとの結婚を望むでしょうね。周辺諸国からも押し寄せてくるかも」
「……え、ふぇっ……?!」
すみません、舌が動かなくって意味のある言葉が口から出せなくなりました。
火の四大精霊目あてで求婚者が行列を作ったりしたら、わたしはともかく、サラが今度こそキレそう。某国王子が消し炭にされたとかなったら、いよいよ国際問題だ。
フルーツ盛り合わせを食べ終えたディルフィナ嬢が、理知的な眼でわたしを見すえた。短髪と同じ、鏡のようなシルバーグレイの瞳。自分のあわてふためく心が映っているような気がして、少しだけ落ち着く。
ディルフィナ嬢は声も冷静さを取り戻していた。
「そのこと、知っているかたは何名いらっしゃいますか?」
「わたしとユフード殿下とおつきのハサンさま、それとマルガレーテさまとディルフィナさまだけです。相棒は人間と顔を合わすのがあまり好きじゃないみたいですから、絶対しゃべりません」
「ユフード殿下たちは、お話しになったりはなさらないでしょうね」
「わたしだって、いいふらすつもりなんかないですよ」
まあさっそく白状してるんだから、説得力ないでしょうけど。ていうか、なんでこのふたりに話してしまったのか。
一番隠しておかなきゃいけない相手じゃないの、常識で考えなさいよわたし?
「エル」
「はいっ?」
マルガレーテ嬢にいきなり愛称で呼ばれて、わたしは間抜けな声とともに反射的に正面へいずまいを正した。
ついつい見とれてしまうほど美しく、気品のあるお貌だ。さすが本物の大貴族さま。どこぞの馬の骨とは違う。
「あなたが、ユフード殿下と正式に婚約とまではいかずとも、関係を発展させていくことを前提としたおつき合いをしてくれれば、当面の混乱は避けられるわ。ペルガモン帝国との友好関係維持はレッセデリアにとって生命線、あなたにちょっかいをかけようとする男は全員阻止される」
「な、なるほど……」
「わたくしにとっても、望ましい。ダグラス王子を担いで、次期王位を狙っている人たちにとって、わたくしの存在は邪魔なの。……あさましいことですけれど、ユフード殿下があなたの第一の婚約者候補でいてくれれば、ダグたちは動きようがない」
う、うーん……。これはたぶん、かけ値なしにマルガレーテ嬢の本音だろう。とはいえ、そのためにわたしがユフード殿下に気のあるそぶりをするというのは、どうなのか。
あ、べつにユフード殿下に悪印象はないです。ないんですけど……。
「ダグラス殿下の御入来です」
そこで、メイドさん――もとい給仕係りの女の子の声が響いた。第二王子がいらっしゃるとなれば、座って出迎えるわけにはいかない。わたしたちは三人とも席を立って、入り口のほうへ正対する。
扉が開き、ダグラス殿下と、冶金学の講義のときにご一緒だった四人のご学友がいらっしゃる。さらに、ユフード皇子とケマルさまも。
『おはようございます』
マルガレーテ嬢とディルフィナ嬢は、さすが完璧なカーテシー。わたしは……どうかなあ。たぶん及第点ギリギリ。
「おはよう。……エルゼヴィカ嬢もいたのか」
「マルガレーテさまから、ご朝食にお誘いいただきました」
「いじわるされなかったか?」
「とんでもない!」
これは冗談だろう、と判断して、わたしはダグラス殿下へぱたぱたと手を振った。たしかに周囲の目が届かないところへ連れ出してねちねち嫌味をいったり、ひとりだけ粗末な食事を配膳させたりすると、いかにも〈悪役令嬢〉っていう感じは出るけど。
「わたくしたちはちょうど食事がすみましたの。一時限目の講義もそろそろはじまりますし、失礼いたしますわ」
マルガレーテ嬢の言葉に、ダグラス殿下は肩をすくめた。
「残念だな。もう少し早くくればよかったね、ユフード殿下」
「少々話が盛りあがりすぎましたね」
どうやら、朝食前に殿下たちはなにやらご歓談をしていたらしい。……まさか、サラの話じゃないですよねえ?
殿下たちと入れ替わりに、わたしたちはテラス席をあとにする。
「わたくしの話、真剣に検討してちょうだい、エル」
「まずは相棒と相談します。……わたし、演技が下手で。考えなしにやったら、逆にボロを出してまずいことになると思うんです」
「ふふ、そうね。あなた、隠しごとがぜんぜんできてないわ」
別れぎわに、マルガレーテ嬢はそういって笑った。
……あー、弱点完全にバレてる。
元旦まではこの時間帯で更新になると思います。
三が日はどこかで1,2日お休みをいただくかも…。
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