第十二話:うかつ流正統伝承者とは、どうやらわたしのことのようです(自分からすべてゲロっていくスタイル……!)
自分から向こうが待ちかまえていた陣地へ飛び込んでしまった以上、もう開き直るしかない。
「わたしの相棒はサラマンダーで、冶金にはとても詳しいのですけど、マルガレーテさまが非常に博識でいらっしゃることにおどろいていました。マルガレーテさまにも相棒がついているのではないか、といっていたのですが」
「わたくしには才能がないのよ。フェリクヴァーヘン家の者として、祭事や領内運営を司る資格がない。せめて知識だけでも得なければと、手に入るかぎりの書物を読みあさったわ」
マルガレーテ嬢はさらりと、しかしとんでもなく重たいセリフを口にした。
まさか女主人が自分の秘密をしゃべるとは思っていなかったのだろう、ディルフィナ嬢の手がすべる。フォークを深々と突き刺されたオレンジから、皿をはみ出してテーブルの上へ汁が飛び散った。わたしは食べる要領だけはやたらといいので、きれいなままだったナプキンでさっと拭き取る。
それにしても、カルチェに切られているのにこんなに果汁が出るとは、特上のオレンジなのだろうけど、シェフの腕もさすがだ。わたしが切ったらお汁は全部流れてしまって、シワッシワの断片しか残らないだろう。
「……すみません」
「いえいえ」
そういいながらも、わたしは困惑してた。フェリクヴァーヘン侯爵ご令嬢には、大貴族の義務を果たす資質がない――そんな重大な話を、どうして貴族の中では下から数えてすぐの、無名男爵家の娘に聞かせるのか。
マルガレーテ嬢が、自嘲気味に薄いほほえみを浮かべた。
「できそこないが、どうして第二王子の婚約者になれたのか、という顔をなさっているわね」
「えっ、そんなこと考えてませんよ?! むしろ、王になられることはなく、大公として外交の顔となり、諸国との折衝を務めることになるだろうダグラス殿下の妃としては、術師としての力量よりも、幅広い知識のほうが重視されるから、マルガレーテさまが選ばれたのではありませんか?」
大あわてで両手を振りながらのわたしの早口に、マルガレーテ嬢は真顔に戻った。
「とても頭の回転が速いわね、エルゼヴィカ嬢。そう、ダグラス殿下を国外で飛び回らせるには、わたくしが妃となれば都合が良い。大使の妻としてはこの上ない適任であり、国内統治の補佐をするにはあまりにも力不足――」
……あー、聞いちゃったらあとあとめんどうになる話だこれ。あきらかに「きゅーてーせーじ」ってやつの臭いがする。
ダグラス殿下を次期王位レースから確実に脱落させるために、だれかが手を回したんだ。いや……場合によっては、フェリクヴァーヘン侯爵閣下が、そういう意図を持って娘のマルガレーテ嬢を送り込んだ、まであるんじゃ。ほかの王子の派閥からの見返りしだいで。
「もしかして、マルガレーテさまは、ダグラス殿下を意図的に避けておいでなのでしょうか……?」
「愛しているわ、ダグのこと。でも、第二王子としての彼が、本当に無能のわたくしを伴侶とすることへ一切ためらいがないのか、それはわからない」
泥沼の中心部の方向がわかっていながら進んでいくわたしもわたしだが、マルガレーテ嬢も少々心のガードが低いのでは? ……それとも、これこそが悪役令嬢の本領、包み隠しなしと見せかけての壮大なブラフなのだろうか。
「率直にもうしあげますと、ダグラス殿下が市中でお見かけした某ご令嬢のため、王立高等学院の入学許可証を準備された、と耳にしたとき、われわれは婚約破棄の可能性を覚悟していました」
はす向かいから飛んできたディルフィナ嬢の言葉の意味をわたしが理解するには、三十秒ほど必要だった。
えーと、つまり、ダグラス殿下は、婚約者であるマルガレーテ嬢を捨てて、あたらしいお妃候補を迎えようとしているのではないかと、懸念していたというわけですか。
……ん?
「わたしが呼び出したのがサラマンダーで、それがものすごく上級の精霊だってことを、王国の有力者のみなさまはとっくにご存知だったというわけですか?」
噂の「殿下が市中で見かけた某令嬢」が、レキュアーズ男爵家の養女、つまりわたしだってことは、調べればすぐにわかったはずだ。そして、わたしをダグラス王子が選ぶ可能性なんてありえないということも。
なんてこった。わたしはパーフェクト・ボーン・オヴ・ホースなのに。相棒に価値がありすぎる。
ペルガモン帝国の皇子がひれ伏すんだから、この国、レッセデリアの王族でも大して変わらないだろう。ペルガモンではとくにサラマンダーを守護神としているって話からすると、無条件な服従ではないかもしれないけど、よくて同等というところか。国としての格はペルガモンのほうがレッセデリアより上だもんね、正直。
とすると、三ヶ月前にダグラス殿下と街中で出くわしたのも、偶然ではなかった……?
わたしのあまり大容量ではない頭はそろそろパンクしそうになっているのだけど、ディルフィナ嬢はつづける。
「われわれにつかむことができたのは、エルゼヴィカさま、あなたに特別な資質がある、ということだけでした。まさか、焔帝の嫡子を使い魔として従えていらっしゃるとは」
「従えてるわけじゃないんです。サラはあくまでもお客であり、それ以上に、わたしのたいせつな友だちです」
面白がられていたというのは昨日聞かされたけど。それでも、やっぱりサラは楽しい同居人だ。まだ相棒になってもらってから半年たっていないのに、もうサラなしの毎日は考えられない。
マルガレーテ嬢が再び口を開いた。
「ユフード殿下、あなたのお部屋に少し遅くまでいらしたのよね。サラマンダーを見て、なんとおっしゃったの?」
「火界の支配者であり、ペルガモンの国家と民族の守護神だそうです」
「神を擁するあなたに対しては?」
「……婚約を申し込んでこられました」
オイオイわたしよ。なぜ正直に全部話す?
じつは自白魔法のフィールドになってるのかなこのテラス席……? でも、その場合は、マルガレーテ嬢も嘘つけないってことになるんだよなあ。
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