第十一話:悪役令嬢と朝食を(美味しければなんでもいいです!)
翌朝――
モーニングをいただこうと食堂へ入ったところで、もはや毎度のご令嬢の壁に取り囲まれた。わたしはあんまり人の顔を憶えるのが得意じゃないんだけど、どうも、つねに入れ替わってるような気がする……。全部で何人いるのかな、悪役令嬢さまの取り巻きって。
マルガレーテ嬢の登場をおとなしく待っていたら、やってきたのはディルフィナ嬢だった。
「おはようございます、エルゼヴィカ嬢。マルガレーテさまより、朝食をご一緒にいかがかでしょうか、とお言づけを預かり、おうかがいしました」
「お誘いありがとうございます」
食べものならどんな状況でもしっかり味がわかるから平気です。飯さえ食えるならどこにでも行きますよ、もと欠食児童は。実際についていこうとして、シスターに全力で止められたことが二度ほどありました。あのオジサンに最後までくっついていったら、どうなってたかなあ。
ディルフィナ嬢に先導されるままに歩くと、調理員さん用だとばかり思っていた食堂奥の扉が開いた。階段を昇ると、見晴らしのいい二階のテラス席につながっている。こんなところあったんだ。王子さまとか公爵嫡子とか、とくに偉い人のためテーブルかな?
「ごきげんよう、エルゼヴィカ嬢。どうぞ、こちらへ」
大貴族のご令嬢、優雅な朝のひととき――という安直な連想そのまま、メイドを従えたマルガレーテ嬢が、声をかけてきた。
従者ありなんだ、と思ったら、メイドさんがわたしのために椅子を引いてくれた。ディルフィナ嬢も席につかせて、メイドさんは一礼してさがっていく。フェリクヴァーヘン家の使用人ってわけではなく、学園で雇用されている給仕係りなのかな。やっぱりここはVIP専用区画のようで。
思ったとおり、一度引っ込んだ彼女がすぐに銀盆に乗ったお皿を持ってきて、朝食がはじまった。セルフサービスではなく給仕さんが運んできてくれるという点以外は、下の大食堂と同じだ。まあ、わざわざ専用メニューにしなくても、充分美味しいですしね。
好きなものを勝手に選ぶ、ビュッフェ形式のほうが気楽だし、お腹いっぱい食べられるんだけどなあ、と思いつつ、自分で盛りつけたらサラダとかこんなに取らないな、バランスいいわとシェフの心づかいに感じ入っていると、マルガレーテ嬢が手をとめているのが視界の果てにおさまっていた。
目玉をちょっと動かすと、ディルフィナ嬢もわたしのことを見ていた。
「……マルガレーテさま、どうなさいましたか?」
「健啖家ね、エルゼヴィカ嬢」
はいはい。「品のない大食らい」という意味ですね。おっしゃるとおりです、否定できません。昨日はりんごだけですませて食堂に出てこなかったから、間違った印象を与えてしまったかもしれませんが、わたしの素はこっちです。
「ご承知のこととは存じますが、わたしはそもそも庶民の生まれですので。養父母に拾ってもらうまでは、朝晩食べるものにことかく日々をすごしていましたから、目の前にあるものは全部口に入れてしまう性分なんです」
「……たいへんだったのね」
「子供でしたから。自分が恵まれていないだとか、そんなこと考えもしませんでした」
悪役令嬢としては、ここで「まるで野良犬ですわね」とかなんとか、痛烈な嫌味のひとつもいうべきであろう場面で、マルガレーテ嬢はその紫色の眼を揺らめかせていた。わたしの境遇を本当に気の毒に思っているらしい。
どういうことか、と考えかけたところで、食後のフルーツ盛り合わせがきたのでわたしの理知回路は切断された。
おいしそう。りんごは日持ちするから、貧乏暮らしのころでも食べることのできた、わたしの好物だけど、男爵家の養子になってから一番感動したのは、いちごやオレンジの味だ。甘味と酸味のバランスが、たまらない。
……マルガレーテ嬢とディルフィナ嬢があぜんとしているのにわたしが気づくには、数分必要だった。全部食べ終わってようやく、再び周囲をあらためて見る余裕が戻ったので。
「あの、私のぶん、お食べになりますか?」
「果物は美容にいいんですよ、ディルフィナさま。苦手でも、食べたほうがいいです」
ほとんど手をつけていないご自分のお皿を差し出そうとしたディルフィナ嬢へ、わたしはそういって首を振った。むかしなら遠慮なくいただきましたけど。
わたしはフォークで刺してはひと口でひょいひょい食べていたいちごを、器用にペティナイフで切りわけながら召しあがっていたマルガレーテ嬢が、口をきちんとナプキンで拭われてからこういった。
「朝の果物は金、というわね」
「さすがマルガレーテさま。わたしは相棒に教えてもらうまで、そんな言葉知りませんでしたけど」
「そういえば、エルゼヴィカ嬢、あなたはとても高位の精霊を使い魔にしているのですって?」
……おーっと、これは。うかつ検定受けたら、わたし満点取れるんじゃないかしら?
昨日の事件について、探りを入れるためにマルガレーテ嬢がモーニングに誘ってくれたのは明白なのに、自分から誘導尋問待つまでもなく話に入るとかおばかでしょ。
ちょっと用事があるので次回更新は明日の朝ではなく、おそらく夕方以降になります。
…クリスマスだからではありません。ええ、時間ぴったりの予約投稿ではなく、手動ですよ、明日も。お察しください。